3章・目立つらしくてー9
「本日はお時間をいただきありがとうございました。」
監査結果の発表後、シャミは応接室で宗絃に報酬を渡しながら礼を言った。
「いえ、あれだけで役に立てたなら良かったです。それにしても、よくあんなに細かく分かりましたね。」
感心する宗絃の言葉にシャミは笑みを浮かべながら答えた。
「買取の際の書類が素晴らしかったので。会話の内容も予備スペースまで使って明確に記載されていました。本部長にまで名前を覚えられている方は流石ですね。」
「ほんぶちょう?」
「えぇ。昔は協会本部で働いていらっしゃったのですが、ご家族が体調を崩されて地元に戻られたと伺いました。本部長は今でも新人の育成係をして欲しいそうです。」
何となく他の職員と雰囲気が違うと感じさせるのは、そういった過去があるからかもしれないと宗絃は思った。
「それからバーツ支部長ですが、近いうちにお辞めになると思います。」
「今回のことで?命令ってそんなに重いんですか?」
被害を受けた本人から出た軽い言い方にシャミは笑みを浮かべながら答えた。
「この町でご自身のクランを立ち上げる計画がおありのようです。既に声のかかっている冒険者や職員もいるようですね。」
「立ち上げたら何かあるんですか?この町に冒険者協会みたいなのは二つもいらないと思いますけど?」
「おっしゃる通りです。ゲインの規模なら依頼も多くありませんし、その場合の収入源となるダンジョンも二つあるとはいえ高価な魔石が出るレベルではありません。独占している場合なら利益が出る、という状態ですから、いずれどちらかが立ち行かなくなる。」
「長期戦なら組織全体が大きい冒険者協会のほうが有利に見えますが……。」
口元に手を当て、何かを考えて言い淀んだ宗絃を見てシャミはため息をついた。
「お察しの通りです。バーツ支部長はゲインの冒険者間では人気がありますからね。有力な冒険者達が彼のクランに加入すれば協会支部の仕事はなくなるでしょうし、そうなれば支部も畳む事になるでしょう。」
彼女の口調は残念そうだったが、それと同時に言外に「それでも言わねばならない」という信念を語っていた。
「町の人にとっては何も変わらないんですかね?」
宗絃はふと何度か歩いた夕暮れの町中を思い出す。
「変わるでしょうね。良いか悪いかは別として。そもそもこの町はダンジョンが現れてから大きく変わっています。農業を営む方は共倒れを望まれるかもしれません。」
「共倒れ?両方無くなるのは困りませんか?」
「元々この町に協会はありませんでしたからね。冒険者相手の店は潰れるかもしれませんが、近年始まった果樹園の評判が良いので商人も盛んに来るでしょうから途端に不便になることはありません。基本的には協会への依頼も隣町の支部で事足りるはずです。知っていましたか?ゲインの町で昔から農家をされている方々は現状をよく思っておられません。農地を広げようとしていた場所に人が集まり町ができてしまったのだから当然でしょう。」
所属する冒険者協会は好きだが、誰にとっても喜ばれる組織でないのは仕方がないとシャミは思っているのだ。
「それよりソウシさん。ランクアップの試験はどうされます?」
「今まであまり考える余裕がなかったので予定とかは決めてなかったんですよね。話を聞いてると帝都に行くのもいいかな、と。まぁ、もう少し金銭的に余裕ができてからになると思います。長旅になりますし。」
そう聞いてシャミが浮かべた笑みは宗絃がこれまで見た中で最も『可愛い』という表現が似合うものだった。
「それは素晴らしいですね。ちなみに、我々と一緒に帝都に行かれるのはどうです?出発は三日後ですし旅費は自己負担になりますが、お一人で行かれるよりはかなり楽になるかと。」
「え?いいんですか?」
「本来は護衛依頼の形で旅費まで負担して差し上げたいのですが、ミナもいますからね。経費を使う理由が立たないのです。」
少し困った笑顔のシャミに少し見惚れそうになった宗絃だったが、ふと考え直す。
「あの、仮に依頼までしてもらったとして、協会のメリットは?」
その問いにシャミの笑顔が明らかに崩れた。
鋭いとは思っていたが、彼女自身、迂闊に話しすぎたと後悔したのだ。
「力のある冒険者は大抵クランに所属してしまいますし、実力がほとんど分からない者もいますからね。それが悪いことではありませんが、協会としては何か依頼をする時に少しでも確実性の高い情報を掴んでおきたかったのです。帝都での受験についても同じ理由です。ミナよりも強いとなれば簡単に測る術はなさそうですが。」
今度の笑みは苦笑いだった。
宗絃としても本気の自分がどこまでやれるのかは測りたいところだが、同時に手の内を晒したくないと思っている。
今のところ、純粋な戦闘能力で言えば人間の中ではかなり上の方であることが判明していることで満足するつもりだ。
「まぁ、誤魔化してやり過ごす能力なら武闘大会で優勝できるレベルですね。」
と視線を逸らしながらはぐらかす。
「優勝候補二人に勝ち抜いておきながらそのはぐらかしは無理がありますよ。」
頑なな宗絃の態度に首を振りながらシャミはわざとらしくため息をついた。
「まぁ、将来有望な冒険者に強引な事はしませんよ。嫌われては元も子もありませんからね。旅程を共にするのはお互いにメリットがあるのでは、という提案程度に考えてください。」
最後まで丁寧だったシャミに礼を言って階下に降りると食堂が騒がしい。
ウィルが仲間の冒険者に慰労会を開いてもらっている最中らしい。
準決勝進出という十分な成果にも関わらず「残念だったな」と弄られていた。
その見た目からも注目を集めたミナも呼ばれ、こちらは素直に祝われている。
盛り上がる食堂に静かに背を向け協会を出ていく背中に気付いたのは、扉が閉まる瞬間にそれを見たアイラだけだった。




