3章・目立つらしくてー8
「お、おはようございます。」
翌朝、協会支部を訪れた宗絃は玄関ホールで彼を迎えた職員の疲れ切った顔に驚きながら挨拶をした。
「おはようございます。大会翌日にも関わらずお呼び立てして申し訳ございません。シャミ査察官は二階でお待ちです。こちらはどうぞ。」
表情こそ疲れていたが、出迎えた男は丁寧に宗絃を案内した。
通された二階の会議室では既に前方でシャミ達が着座しており、それに向かい合う形で並べられた椅子に支部の職員達が座っていた。宗絃の記憶にある光景では学校の授業や記者会見に近い。
監査は支部運営が問題なく行われているかを見るものなので宗絃が見たことがない各部門長や年配職員達である。テッカンはいるが、アイラはいない。
シャミとしては手慣れた手順らしく、進行と淡々と進める。
運営改善に関わると言われた質問も内容は決まっているらしく、感想レベル以上のものは求められなかった。
監査の経験者達はいつも通り「運営は概ね期待通りに進められている」という結論に向かうのだろうと思っていた中、シャミが、
「最後に一点、重大な認識の誤りがございました。こちらにつきましては改善の命令となりますので全職員へ迅速に共有して下さい。」
と切り出した。
全員、監査で指摘を受けたことはあるが、大きくても「今後の対応は気をつけて下さい」止まりで明確に「命令」という言葉を使ってまで改善の指示を受けたことはなかった。
だから、多くの者が動揺はしたものの、その言葉の重さを理解して反応したのは数名だけだった。
その内の一人、バーツが声を上げる。
「『改善命令』?そりゃ重すぎませんか?」
これを出された事例は国内全ての冒険者協会関係組織に通知され、地元どころか全ての冒険者から信頼を失いかねないため、明確な意思で不正を行ったことが明らかである場合にしか出されない。
大抵は既に噂が出回り評判は地に落ちているため問題ないのだが、ゲイン支部はそんな事はなく、その上数日間の監査のみでの命令である。
「残念ながらそれに相当する事案です。正式な命令は本部からの通知となりますので後日となりますので処分そのものが改善命令に当たるかは未定ですが、少なくとも私からの報告は該当する案件とさせていただきます。」
シャミの言葉からは確固たる意志が感じられた。
支部としては本部から正式な決定が下るまでに何処かで誰かが軽減を言い出してくれるのを待つしかない。
「では問題となる案件についてお話しさせていただきます。」
シャミが淡々と話した案件は宗絃が二ヶ月前に持ち込んだウィンドホークの魔石買取から、宗絃のランクダウンまでの仔細を語った。
「これら、一連の流れに相違はありませんね?」
シャミの確認に、
「ありませんが、それが改善命令に当たるかは甚だ疑問ですね。」
とバーツは答えた。
「ご存知ないので?協会への貢献度の取り下げを理由にランクダウンとなった事例が存在します。しかも本部が直々に判断した事例です。」
「十四年前の事例ですね。稀有なランクダウンのケースですが確かにそれは存在します。ですが……。」
「では、」
肯定の言葉を聞いたバーツは意気揚々と発言しようとしたが、シャミの言葉に被ってしまう。
シャミは声を大きくして再び説明を続けた。
「で・す・が!それはランクアップの根拠とされていた『情報提供などの貢献』そのものが協会職員の過大評価によるものであると判断された事例です。今回、ランクアップの根拠とされたのは買取査定です。つまり『素材の買取を希望して持ち込んだ冒険者が対象を討伐したと認め、実力及び経験が持ち込み時点のランクを上回るものであると判断した時に当該冒険者もしくはパーティーのランクアップを検討する』ものという規定を根拠としたものです。そこに貢献度という概念が介入する余地はありません。」
シャミの見た目からしてその頃はまだ子供だったはずだ。自身が働き始めるよりも前の事例まで把握しているのだからしっかりと勉強したのだろう。
記憶力の良さはあるかもしれないが、過去の事例や規定そのものをここまで把握するには時間をかけて記録を読むしかない。
地頭の良さなどの素質だけで調査員に選ばれたわけではないことの証左である。
「貢献度も含めて買取査定でのランクアップをしていたのであれば、寧ろ他の冒険者のランクダウンを検討する案件かと思いますが、いかがです?」
黙ったバーツから矛先が変わる。
「査定部門長はあなたですね?買取査定によるランクアップに貢献度は含まれていましたか?」
「え?」
これまでの話にもついて来れていなかった部門長は裏返った声を上げたが、すぐに気を取り直して答えた。
「い、いえ。規定通りの査定を行なっております。」
「つまり、貢献度は考慮していないのですね?」
答えを明確にする追撃、そして、
「はい。考慮しておりません。」
という答えでバーツの論拠は崩れ去った。
黙り込むしかないバーツに、シャミは言葉を続ける。
「さて、バーツ支部長が問題視されたランクダウンの査定ですが、こちらでしたら改善命令には至らないというのが私見です。見直していただきたいのは魔石が持ち込まれた際のやり取りです。バーツ支部長、覚えておいでですか?」
「魔石の査定額ですか?通例通りに処理したと思いますが?」
「協会の『通例』は、本部でネームド指定された時点で有効。時間差で通知を受けた場合は追加報酬を冒険者に支払います。この支部で行われた買取処理は明らかにこの通例に逆らったものとなります。」
「ひょっとしてその二つで改善命令なんですか?流石に横暴だと思いますがね。」
苛立ち始めたバーツにシャミは変わらず冷静に返した。
「いいえ。こちらも通常の指摘の範囲内です。問題はこの後のやり取りです。覚えておられませんか?」
「いえ……。」
「規約上では有効であるというソウシさんの訴えに対して貴方は、こちらが通例の対応である、と回答されています。」
「は?そ、それだけ?」
バーツのその言葉に、シャミの眉がピクリと揺れた。
「それだけ?では、その場で規約を確認されなかったのはなぜですか?」
何かを言おうとしたバーツの言葉に被せてシャミは言う。
「明文化された規約よりもご自身の思う『通例』が優先されると認識されていたからですか?」
シャミと並んで座る本部の職員達も厳しい視線をバーツに向けている。
「いかなる批判を受けようとも、冒険者協会という名前の元で働く以上は規約に則った行為が原則です。それが我々が冒険者の方々に示せる誠意のあり方だからです。協会の規約が常に正しく、冒険者の益に繋がるとは思いません。ですが、協会規約と異なるご自身の想いがおありなら、それは協会とは別でなさるべきでしょう。」
シャミは一息入れて再び口を開く。
「間違えただけなら有り得ます。ですが、正しい規約を示されてもなお修正が為されなかったその態度は根本的な考え方の問題です。今一度、『規約を守る』という原理原則を支部全体で共有し、実行するよう日々の業務を改善して下さい。」
シャミは会議室を見渡したが、誰一人声を上げなかった。
「他にご質問等が無ければ監査結果の発表は以上とさせていただきます。」




