3章・目立つらしくてー5
その夜、祭りの出店でお腹を満たしたアイラとテッカン、カミラの三人は大会本部として使われている冒険者協会支部へと向かった。
成績優秀者への正式な表彰はここで行われる。
彼らが大々的に注目と喝采を浴びるのは基本的に翌日から。翌日一日は協会の食堂で入れ替わり立ち替わりに奢ってもらうのが通例で、当日は決着直後の舞台上から観客にアピールするのみだ。早々に舞台裏へ引き上げたりしない限りは。
そんなわけで表彰といえども大した式はなく、冒険者タグに記録されている情報に大会での結果やランクアップを記録する事務手続きの時間となる。
見ていて面白い者ではないし、お祝いを伝えるのは明日以降に会えた時でいいと思っていたアイラだったが、酔ったテッカンとカミラは宗絃とウィルの両方に会えるのに都合がいいとつれてきたのだ。
大会本部への応援として駆り出されていた支部の職員から宗絃達は二階で待機中と聞かされた三人は階段を登る。
ちょうど手続きが始まったらしく、途中、準決勝でミナに負けた男とすれ違った。
ウィル達がいるという応接室は扉が開放されており、中を覗くとウィルが冒険者タグを受け取ったところだった。
ウィルはアイラ達に気付くと口の動きだけで、
「よう。」
と言いながら片手を上げた。
祝いの言葉をかけた三人だったが、ウィルを含めた周囲の、どこか戸惑っている様子に気づいた。
「どうしたの?」
カミラが問うと、ウィルは無言で部屋の隅にあるソファを見た。
視線を辿ったカミラは、
「なるほど。」
と呟いた。
そこにはソファの肘掛けに寄りかかって眠る宗絃がいた。
そしてさらに、その宗絃に寄りかかってミナが眠っている。
順番的に次はミナだろうが、その穏やかな様子に誰も介入出来ないようだった。
「宗絃だけなら起こせるんだがな……。」
そちらを起こせば連鎖的にミナも目を覚ますの未来が見え、ウィルも気安く起こせずいるらしかった。
カミラでさえ、その穏やかな様子に起こすのを躊躇う。隣にいるアイラを気にしつつも。
そんな中、本部の職員らしき男が控えめに、
「ミナ様。次はミナ様です。」
と言ったが反応はない。
次はもう少し大きな声で、と男が思った時、更に入室してきた者がいた。
全員が軽く一礼をした事で、その女性が本部職員達の中でも高い地位にいることが分かった。
きりりとした表情の女性は室内を見渡し、
「次は、ミナですか?」
と問いかけるとミナに声をかけた男が、
「はい。ですが……。」
とミナを見ながら答えに詰まった。
だが彼女は躊躇いなく声をかける。
「ミナ、貴女の番です。起きなさい。」
その声は室内によく通ったがミナは起きない。
「狸寝入り。」
声量は絞られていた。
しかし、それを聞いた瞬間ミナの顔が不機嫌そうに歪み、
「嫌な単語を使うわね、シャミ。」
と言いながら本部の女性を睨みつけた。
シャミと呼ばれた女性は気にした様子もなく笑顔を浮かべて答えた。
「貴女の番ですよ。」
ミナは不機嫌そうに頬を膨らませながら無言で手を突き出した。
どうせ受け取るだけなのだから持って来てほしいようだ。
今度はシャミがため息を吐き、「立って受け取りに来なさい」と言おうとした。
しかし、それより先に、
「離れて下さい。ソウシが起きないように。」
とアイラが口を出した。
テッカンとカミラは同時に、
(ちょっと怒ってるな。)
と思ったがミナは気にした様子もなく、
「もうちょっと。気持ちいいのよね、このコ。」
と答えた。
その動きや声の振動に反応したらしく、宗絃が僅かに目を開ける。
最初は徐々に、途中から一気に目を開けた。
「え?なんかもう始まってる?」
実はここに最初に来たのは宗絃だった。
大会終了後、ここに来るよう言われた宗絃は直行してきたのである。
運営側にタグを預けるとしばらく待つように言われ、ソファでまどろんでいたのが最後の記憶で、目を開けると大人数に囲まれていたのだ。
「なんかというか、一応授賞式だな。俺はもらったから、後はミナとお前だ。」
ウィルは首元につけたタグを示して言った。
「次、俺?」
聞きながらアイラ達に向かってヒラヒラと手を振る。
「次はミナだ。よく寝てたな。」
「うん。なんか、まだ右腕が重い。」
寝ぼけた答えにウィルが笑う。
「眠気のせいじゃないだろ。」
そう言われて初めてミナに気づいた宗絃は「おわ?」と驚きの声を上げた。
「な、何してるんですか?」
「栄養補給かな?で、誰が重いって?」
宗絃を起こしてしまう心配のなくなったミナは完全にもたれかかる。
「い、いでででで。ちょっと、まだウィルのせいで腕が……。」
「そんなワケないでしょ。皆優秀な神官だったんだから。」
「神官?」
「会場にいたでしょ?回復してくれた人達が。……ひょっとして頼んでないの?」
「……大怪我をした人のためにいるのかと。」
その瞬間、ミナの表情が真剣なものに変わり、
「戻ってきてる神官いない?」
と声をかけた。
扉近くにいた職員が部屋の外に向かって神官はしないかと大声を出すと、ちょうど隣の部屋にいた二人が走ってきて、すぐに宗絃の回復を始めた。
「あ〜。気持ちいい〜。」
初めて回復魔法をかけてもらう宗絃はその心地よさに浸り、ウィルはそれを見ながら苦笑いを浮かべている。
「まさか回復してもらわずに初戦から戦い抜いたとはな。凄いよ、お前。」
回復魔法は単純に体の傷だけでなく疲労感も緩和してくれる。
本戦まで進んだ参加者は大した怪我がなくても回復を受けながら、より万全に近い状況で次の戦いに挑むのだ。
凄いという言葉は選んだが、ウィルの内心は呆れに近い。
治療の終わった宗絃は神官達に礼を言いながら、満足気に腕をグルグルと回して調子を確認する。
「ありがとうございます。コレいいな。大会の前より調子いいかも。」
神官達も嬉しそうに見守る中、シャミが宗絃の前に冒険者タグを持って来た。
「ではソウシさん、今回の大会結果をもちまして、」
「え?なんかあるんですか?」
途中で宗絃が上げた疑問の声でシャミも一旦言葉が止まったが、宗絃の疑問も理解ができたらしい。
「ランクに変動がある場合はタグをお渡しする際に口頭で通知するのです。今回はランクアップではありませんが、Dランク冒険者の受験資格取得を通知させていただきます。」
「なるほど。ありがとうございます。」
宗絃は頭を下げてタグを受け取った。
アイラとテッカンがパチパチと拍手を始め、短くはあったが部屋中に祝福の音が満ちた。
「大会史上、稀に見る番狂せでしたね。良いものを見せていただきました。Dランクへの昇格でも問題ないほどですが、この規定は私の一存ではどうにもなりません。既に受験資格をお持ちであれば可能だったかも知れませんが。」
「そんな事出来たんですか?」
「ええ。昇格は権利保持者がそれに相当する結果を示した時にそれ認める、というのが大まかな決まりですから。ミナも今大会でウィルさんに勝てば昇格する予定でしたし。」
協会としても実力のある者が上のランクに上がってくれることは有り難い。ミナの所属するクランがウィルの出場を知り、「タダで往復の護衛をさせるので、彼に勝てば昇格でどうか?」という打診が来た時には即答で同意したのだ。
その事を思い出しながらシャミがミナを見ると申し訳なさを隠すようにペロリと舌を出した。
「何か、依頼を受けないといけないと思ってました。」
「一番多いパターンですね。協会からの依頼であれば完了確認も協会になるので査定が簡単に通せますから。」
表情こそ変わらなかったが、面倒だとは思っていた。
少なくともこの支部の上層部は信頼できないというのが宗絃の協会への評価だからだ。
だが、次に出たシャミの言葉には心が動いた。
「ですが、それはパーティーも含めた場合です。ソロならば協会本部が実施する昇格試験を受ける方法もありますよ。」
規約を読んだ時に見た気がするが、そのためだけに本部へ行くつもりもなかったために読み流して記憶から消えていたのだろう。
まだ数日しか通っていないが、図書館でドラゴン探しに役立ちそうな本を見つけられなかった、というか、図書室レベルの蔵書しかなかった今、ソロでのランクアップ試験を受けやすい本部近くに拠点を移す事を考えてもいいかもしれない。
「なるほど。近くに大きい図書館はありますか?」
「図書館?帝都ですからね。国内最大の図書館がありますよ。冒険者として必要な本は支部にもあるはずですが、不満でしたか?要望を出せば、有益と認められれば支部に置いてもらうこともできますよ?」
冒険者にも知識は必要だが、彼らは経験を重視するイメージのあったシャミにとって宗絃の質問は想定外だった。彼女の質問は職員として彼の手助けをするように見えて、実際は自身の興味から出たものだ。
「いえ。個人的に知りたい事なので冒険者は全く関係ありませんね。」
「興味深いですね。自身が冒険者であるというのに書物からの知識を求めるとは。」
「当てもなく探すわけにはいきませんからね。」
ドラゴンに直接会うのが宗絃の目的の一つである。
これほど近くに住んでいるというのに町の図書館ではドラゴンに関する本は見つけられなかった。
幻の存在どころか存在そのものが認知されているかも分からない今、より情報の集まる場所での情報収集が必要だと宗絃は思っていた。
「なるほど。ますます興味が湧きました。他にも伺いたいお話があるのですが、明日お時間をいただけませんか?普段協会が開く時間帯に来ていただきたいのです。こちらは協会への協力依頼に該当しますので報酬もお支払いいたします。」
「協力依頼?何をすればいいとかあるんですか?」
「特別なことは何も。協会の内部監査で新人の冒険者の方にお話を伺うんですよ。支部運営の改善などが主な目的です。いくつか質問がありますのでお答えいただきたいのです。」
「分かりました。じゃあ明日来ますね。」
「ありがとうございます。では、本日は以上となります。また明日、よろしくお願いします。」
綺麗な礼をしたシャミに宗絃も頭を下げ、
「ありがとうございました。」
と言って退室した。
続いてアイラやウィルがゾロゾロと退室する中、シャミは最後の一人の肩をガッシリと掴んだ。
「ミナ。貴女は違うでしょう?」
「あぁっ。やめて、シャミ。わたしは今からソウシとご飯を……。」
一瞬振り返った宗絃だが、後ろからアイラが両肩を掴んで階段へと向かわせた。
「クランへの報告書があるでしょう。ご飯は私たちと一緒にここで食べます。」
「嫌!私はソウシと!あっ!待ってソウシ!ソウシ〜!」
ミナが助けを呼ぶ中、階下からは正面玄関の閉じる音が聞こえてきた。




