3章・目立つらしくてー3
一回戦で予選から上がって来た選手の半分が脱落し、二回戦からはウィルやミナといったシード権を持った注目選手が参戦する。
「順当に上がればウィルがミナって選手と当たるのは決勝ね。」
カミラの言う通り、正式に提示されたトーナメント表においてその二人は反対のブロックに配置されている。
「あぁ。順当に上がればソウシがミナって選手と当たるのは決勝だな。」
そしてテッカンの言う通り、宗絃とウィルがそれぞれ次の試合を勝ち上がれば準決勝で対戦する配置になっている。
相変わらず期待をされないままの宗絃は初戦と同様に密着しての一本背負で勝負を決めて、控え室へと帰っていく。
そして次の試合、ウィルがコールされただけで大歓声が上がり、本人が姿を現した。
「流石の人気ですね。」
アイラは改めて実感していた。
彼女が働き始めてからCランクに上がった冒険者はなく、ゲインの町規模であれば大抵は最高クラスがそこになるのだから当然の期待でもある。
予選から上がって来た後輩冒険者とは流石に役者が違ったらしく、一方的に攻め立てて相手の剣を飛ばしての貫禄勝ちを収めた。
「前よりも凄みは増してるな。」
テッカンが言う。
「二ヶ月みっちり領主の騎士団に頼み込んでトレーニングして来たって言ってたからね。」
ゲインの町を含む一帯を治めるベリオルズ伯爵が抱える騎士団は国内でも指折りの実力者集団である。強者を集めるのではなく育てる方針をとり、二年間での成長率と脱落者の少なさで知られている。
二ヶ月とはいえ、そこで実力者のウィルが「みっちり鍛えた」と言うならばかなりハードな訓練を受けたのは確実であり、それだけの結果が出ているように見えた。
そして次戦、今大会で最注目のエルフ、ミナがコールされると再び大歓声が起きる。
姿を現したミナは確かにウィル以上の存在感だった。
伝え聞く通りの見た目とその美しさによるアイドル的な人気はウィル以上のものがある。
そしてそれ以上に、強い者が持つ者独特の空気を纏っている。
テッカンは、
「コイツは確かに、凄いな。」
と呟き、その隣では謎の美人が、
「ええのぅ。ええのぅ。我も出れば良かったのう。じゃが予選の小物まで相手にするのはやはり面倒だしのう。」
と大きめの独り言を漏らしている。
開始が合図され、対戦相手が迫ってもミナは動かなかった。
そして殴られてように弾き飛ばされたのは攻め込んだはずの男だった。
明らかにパワーファイターの大柄が突然吹き飛ばされる光景は不自然だったが、理由は全ての観客が理解した。
「あの近距離で結構な威力の魔法使ったわね。」
魔法使いのカミラにはその凄さが特によく分かった。魔法も使える剣士はたまに見るが、この距離で目眩し以上の効果を発揮する魔力を放つのは難しい。
「風か?」
テッカンの問いには隣の美人が答えた。
「そのようじゃのう。しっかり加減もしておるようじゃ。」
全力で放つよりも出力を抑える方が難しい。
そこまでは見抜けなかったらしく、その言葉にカミラも驚いた。
「あれで?ていうか今ので距離取られたからもう決まったようなもんでしょ?」
カミラの言う通り、一撃目の魔法に対抗する術を持たなければ更に距離を取られた今、勝利の可能性はほぼ無くなった。
男は諦めなかったが結局ミナに近づく術はなく、無情にも審判から試合終了が宣言された。
観客からはブーイングも上がったが、ダメージは蓄積していたらしく立ち尽くしていた男は数秒後に膝から崩れ落ち、自力で帰れずに肩を支えられながら退場して行った。
今大会で最大のダメージを目の当たりにした観客が静まり返る中、ついに宗絃とウィルがコールされて会場に姿を現した。
「意外だな。ソウシは結構やる気みたいじゃないか。」
テッカンの言葉通り、宗絃の目は彼が今まで見た事がないほど鋭かった。新人によくある入れ込み過ぎの状態でもない。
「集中力は上がっておるのう。個人的にはもっと戦意を持ってくれても良いと思うのじゃが。あれほど強いのに戦いを避けるとは勿体ない……。」
心底残念そうな女性の言葉にテッカンは思い当たる事があり、快適なはずの空気の中で背中を冷たい汗が一筋流れた。
アイラをチラリと見ると彼女も思い当たる事があったらしく表情が固い。
変わらないのはウィルに声援を送るカミラのみである。
どうすべきか迷い、動けない二人を差し置いて試合の開始が宣言される。
再び大きな歓声が上がるが、宗絃とウィルはどちらも動かない。
だが、その体勢は真逆である。
短剣を持った手をダラリと下げて脱力している宗絃に対し、大剣をどっしりと構えるウィルは少し固いように見えた。
二ヶ月前のイメージが払拭できていないのかとテッカンが思ったのと、ウィルが踏み込んだのは同時だった。
一つ前の試合でウィルの剣を受けた相手が剣を離してしまったところを見ると、かなり重い一撃である事が想像された。
それでも宗絃がそれを避けることはない。
以前と同様に見事な受けの技術で力を逃し、ウィルの猛攻をいなしていく。
最初こそウィルの迫力に興奮して歓声を上げた観客達だったが、攻めが通らないどころか左足を軸とした宗絃をその場から一歩も動かせない事に異変を察して静まり返っていく。
そして遂にはウィルが渾身の一撃を見事に流されて体が泳いだ。
完全に静まり返った会場で誰かのこぼした、
「マジか?」
という怯えに近い言葉が響く。
二ヶ月前よりもレベルが高い攻防に言葉を失ったままのテッカン達の横から聞こえた、
「あの妙な形の短剣でなくてもここまで出来るとはのう。」
というつぶやきからは簡単を通り越して呆れているのが伺える。
あの鉤を使いこなす宗絃ならばもっと簡単にあの攻撃を止められるし、その先にある水鏡も含めた魔法を使っていないのだから、まだまだ力を隠したまま戦うつもりであることは明白なのだ。
そこまで縛りを加えてもなお、柔で剛を制すことでウィルを出玉にとっている。
「やっぱりこのままじゃ、ダメだな。」
宗絃にしか聞こえない声がウィルから漏れた。
少し距離を置くと剣を構え直して力を込め、魔力による身体強化を可能な限り引き上げる。
騎士団での訓練で、基本の身体作りを徹底した事が可能にした出力の上昇である。
魔力による身体強化は前衛ならば誰もが出来る基礎であるが、固定のパーティーを組めば、特にチャロのように優秀な強化魔法の使い手が身近にいれば頼らなくなる技術でもある。
自前の魔法による身体強化は体への負荷があり、出力を誤れば大きなダメージを負うリスクもあるため使うメリットがないからだ。
しかし宗絃に敗北したあの日、一人で冒険者に登録した時の気持ちを、暁光の導きを結成した時の約束を思い出したウィルは騎士団員ですら苦い顔をするほどの訓練を耐え抜いたのだ。
そうして手に入れた膂力だけでも相当なものだったが、それを凌がれたウィルに残された手はこれしかなかった。
一度目とは比べ物にならない踏み込みで剣を振るう。
その一撃は簡単に受け流せるものではない。両手持ちで流したにも関わらず金属同士を擦り合わせる独特音が響き渡り、両手ごと大きく跳ね上げられた宗絃は数歩後退した。
手応えを感じたウィルは更に攻め立てる。
宗絃は体ごと下がりながら受けに徹し、舞台の端に到達すれば下がる方向を転換して回りながら致命的な一撃と不利な鍔迫り合いを避ける。
踊るように攻防を続ける二人は舞台を半周しアイラ達の近くに来た。
最前列の客達は間近で見られたことに喜びの声を上げているがアイラは胸の前で手を組んで宗絃が怪我をしないことだけを必死に願っていた。
ウィルも無駄に追うようなマネはしない。
ステップでフェイントを織り交ぜながら、徐々に逃げ場を塞いでいく。
逃げ場が狭まるのに気づいた観客達から、特にウィルに賭けたもの達からは怒声に近い声援が送られる。
(こういう時こそ……っ。)
冷静さを失っていないウィルはさらに追い詰めるため、よりコンパクトで隙のない打ち込みで宗絃に迫る。
だが、今回はそれが仇となった。
コンパクトな分、重さが失われて宗絃に反撃の余裕を生んでしまったのだ。
剣同士が触れ合い、特に軽いと感じた瞬間に宗絃が選択したのは受け流しではなく巻き技。
突然、剣が吸い込まれるような感覚に襲われたウィルは手放しこそしなかったが大きく体勢を崩した。
(マズイ!)
と思った時には組み付かれ、本日これのみで勝ち上がってきた一本背負いに入っていた。
……のだが、
「舐めるな!」
この二ヶ月、宗絃を仮想敵としていたウィルがそのまま地面に叩きつけられる訳はなく、宙空で体を捻ると着地し、同時に反撃の態勢をとった。
そして自身の甘さを知る。
顔を上げたそこには全身を一回転しながら放たれた蹴りが迫っていたのだ。
(この技、投げが通じないの前提だったのか……。)
咄嗟に腕で防いだウィルだったが、宗絃の身体強化と遠心力が乗った回し蹴りは身体ごと飛ばすのに十二分の威力だった。
更にウィルが観客席との間に設置された壁に叩きつけられた音が響き、この大会では珍しい場外負けが宣告された。
チャロを含め舞台裏で控えていた神官が数人、慌ただしく姿を現してウィルを取り囲むと治癒魔法をかけ始める。
宗絃は礼をして控え室へと消えていったが、観客の視線はウィルに注がれている。
「ウィルさん、大丈夫でしょうか?」
アイラは心配したが、テッカンとカミラは落ち着いていた。
「ちょっと骨が折れたぐらいならすぐに治るだろ。」
「そうね。チャロだけでもいいぐらいだわ。それよりあの子、ここまで凄いとは思ってなかったわ。」
ウィンドホークとの戦闘を目の当たりにしたとはいえ、ウィルが負けるとは本気で思っていなかった。
驚きでざわつく会場でウィルが立ち上がり、事態をようやく飲み込んだ観客が歓声を上げる中、テッカンの横にいた女だけは静かに宗絃の背中が消えていった控え室を見つめていた。




