3章・目立つらしくてー2
「アイラ、こっちよ。」
武闘大会の本戦当日、露天が並ぶものの、まだ本格的に人で動けなくなる前の大通りを抜けてたどり着いた闘技場の観覧席で、大きな声で呼ぶ声に反応したアイラは周囲を見渡し、声の主であるカミラを見つけると、手を振って彼女の元へ向かった。
「おはようございます。早いですね。」
カミラは一般観覧で見られる最も良い位置に陣取っている。
「今来たところよ。前の方の席はこれぐらいじゃないと取れないしね。それに、早いのはアンタもじゃない。」
「いえ、なんだか目が覚めてしまいまして……。」
二日前の夜、本戦出場者の中に宗絃の名前がある事を確認して胸を撫で下ろしたのだが奥底ではまだまだ心配していたらしい。
ため息をついたアイラに、
「分かる。分かるぞぅ、アイラ!アイツは第一試合からだからな。寝坊するんじゃないかと俺も心配してるんだ。」
と背後から会話に乱入してくる声があった。
「テ、テッカンさん?ひょっとして、もうお酒飲んでるんですか?」
酔っているかは分かりづらいがいつもより少しテンションが高い。
「祭りだからな。」
ニヤリと笑うテッカンにカミラも、
「私も買ってこようかな。いい席は取れたし。」
と悩み始めた。
そんな会話をしているうちに彼女達が懸念していた通り、会場が見やすい席が一気に埋まり始めた。
「もうゴータスは合流できないわね。地方の大会だけどここまで人が入るとは思ってなかったわ。」
「ウチのガキどももダチと行くって言ってたが、もう後ろで立ち見しかないだろうなぁ。」
会場は僅かに中心部が下がった円錐形で、非常に薄くしたコロッセオのような作りになっている。前方には座席が設けられているが後方は完全に立ち見となるのだ。一定距離を離れると平地になってしまうため一気に舞台が見づらくなる作りになっていた。
座席が全て埋まり、立ち見客の場所取りが始まった頃にあちこちで売り子が商売を始める。酒やつまみ、欲しいものがなければお遣いも頼めるサービスだが、売っているのは食品だけではない。
寄ってきたのは地元の商人で暁光の導きの面々も知っている顔だった。
「ようカミラ、チケットはいらねぇか?」
座席などではなく、優勝者予想の賭けへの参加チケットである。
「当然もうベット済み!ウィルの倍率、低いんじゃないの?」
酒とつまみを買いながらカミラが言う。
ここで買えるチケットはチケット代金分しか賭けられないが、前日までに正規の販売所に行けば好きな金額を賭けられる。チケットによる賭けは当日で少額にしかならないため、当然カミラ達の眼中にはない。
カミラの疑問にアイラとテッカンもそれはそうだろうと思っていたが、答えは意外なものだった。
「あれ?知らないのか?ウィルは二番人気だぞ?」
三人が驚きの声を上げると商人は意外そうな顔をして、
「冒険者協会の本部の方々について来たエルフの姉ちゃんが一番人気だ。ミナとか言ってたな。どこかのクラン所属で一気にランクを上げてるが実力は折り紙つきらしい。Bまでは確実とか言ってる奴もいたな。チケットは限りがあるからな。欲しくなったなら買うのは今のうちだぜ。じゃあな。」
と答えると、商売に戻り、アイラ達の隣にいた女性に大量の酒とつまみを売り始めた。
いくつものパーティーが合わさって結成されるのがクランである。認定は冒険者協会が行うのだが独自に依頼を受けられるなど数々の特権を持ち、冒険者協会と同等以上の力を持っている。
所属するにもそれなりの実力を求められるため、ランクの高いパーティーで依頼に参加してランクを上げたとしても、ミナの力はそれなりのものということになる。
噂とはいえBが確実と言われるなら評価がウィルより高いのは頷けた。
「それはキツいかもね。でも、ウィルも二ヶ月きっちり鍛えてたし負けないはずよ。ね?」
同意を求められたアイラとテッカンだったが、
「え、えぇ。そうですね。」
「お、おぅ。そうだな。ミナとか言う奴には勝てるんじゃないか?」
と視線を逸らして答えた。
「え?アンタ達まさか……。」
カミラの目が細くなる。
「テッカンさん、賭けたんですか?」
「当たり前だろ。小遣いを増やせるチャンスだからな。アイラが博打に手を出した方が驚きだ。」
「確かに、アイラは真面目そうだもんね。」
カミラは表情ほど怒っていたわけではないらしく、素直にアイラが金を賭けたという情報に驚いた。
「ま、まぁ頑張って欲しいという気持ちを込めまして……。」
「本人は知ってるの?」
「いえ。二ヶ月前から会ってもいませんから。」
カミラの表情が少し曇る。
「一昨日には帰って来てたはずでしょ?会いに来なかったの?」
「協会は休みでしたからね。」
大会の期間中、協会は大会運営の本部として使われるため通常業務は休みになっていた。
「家には来なかったの?」
「知ってるはずないじゃないですか。」
「聞いとくべきでしょ?何してんのよ、アイツ。減点だわ。」
話が逸れて雑談ばかりしているうちに日差しが強さを増し始めると、会場のあちこちで観客が頭からすっぽりと日除けの布を被り、顔が分からなくなった。
異様に見えるがカミラ曰くこの大会では普通らしい。地方では土属性の魔法使いが作る仮設会場となるためこれが普通なのだ。
そしてついに初戦の開始と出場者がアナウンスされる。
「アイツ、いきなりなの?寝坊してたりしないでしょうね?」
半笑いで言うカミラの言葉にアイラは不安を煽られた。
「可能性は高いかと。」
表情に不安は混じっているが、テッカンは否定した。
「一昨日の予選は通ったんだから、ここにきて寝坊はないだろ。」
二人の不安をよそに、入場口からはコールを受けた二人が姿を現すと会場中から歓声が上がる。
それと同時に胸を撫で下ろす二人。
個人に向けた声援はほとんどなく、大声をあげているのは特定の誰かを応援するためではなく大会を楽しむためである。
これは無名な予選上り同士の初戦。ほとんどの観客にとってはどちらも優勝には程遠い泡沫候補でしかないのだ。
右手に剣、左手にはバックラーを持った宗絃の相手は協会でもよく見かける新人剣士である。パーティーそのものを固定するのではなく、仲の良い大人数の中で活動に応じ編成を変えているらしい。柔軟さで堅実に依頼をこなすが、突出した実力者はいないと評価されている一団の一人だ
「目立ちはしないが、真面目な奴だ。解体も勉強してるし、あの年代じゃ綺麗な素材を持ってくる。」
言葉は褒めているが重苦しい口調に、カミラは言いたいことを汲み取った。
「けど、今回は単純な戦闘能力が問われるから、それじゃあ勝てないのよね。」
闘技場の上では二人が向かい合い、構えた相手に宗絃が礼をする。
「ウィルの時ほど懐に飛び込むメリットはないな。」
テッカンがボソリと呟いた。
片手でも扱いやすい武器ならば至近距離まで飛び込まれても、両手持ちの大剣ほど対応に苦慮することはない。
焦ることはないのだからまずは様子見から、と心の内で考えたアイラとテッカンだが、開始の合図とともに前進したのは宗絃が先だった。
眼前に構えられたバックラーを蹴り飛ばし、反撃のために振りかぶられた腕を取って背負い投げ。
「またそれかよ!」
二ヶ月前と同じ技だが、叫んだテッカンは寧ろその技に入るためのバリエーションに驚嘆していた。
ウィルと同じく、なす術なく地面に叩きつけられて動けないその首に短剣が当てられ、試合の決着が宣言された。
見たことのない、一瞬で決められた技で会場が静まり返った僅かな間にカミラが、
「ソウシ!」
と声を上げた。
立ち上がって一礼を終えた宗絃が呼びかけに反応して視線を向けた時、アイラ達三人は日除けの布を外して手を振った。
宗絃は少し驚いた顔の後に以前と変わらない笑顔を浮かべて手を振った。
アイラ達のところへ来ようとしたのだが、審判に何かを言われたらしく足を止めると、もう一度手を振って控え室に帰っていった。
退場していく二人に向かって拍手が送られる。
「ちゃんと反応したのは、まぁ許しましょう。」
「カミラさんはさっきから何の採点をひてるんですか?」
「決まってるでしょ。アイラを任せられるかどうかの査定よ。」
「任せるって何ですか……。」
「あの『鉄壁のアイラ』に春を呼んだのはいいけど、任せられるかは別だからね。」
「ちょっ、ぼ、冒険者と職員ですし、年下ですよ⁉︎」
「両方どうでもいいことでしょ!二ヶ月も前に会った新人冒険者を気にして武闘大会まで観に来といて何言ってんの?」
顔を赤くするアイラと真剣なカミラの会話に入れず、いたたまれなくなって視線をあさっての方向に向けたテッカンに声がかけられた。
「ソウシと知り合いなのかの?」
先程商人から大量に酒とつまみを買い込んでいた隣の観客だ。
話しかけられた声にアイラ達も自分達の他に宗絃を知っていた者がいる驚きから会話を止めて視線を向けるが、既に日除けの布をかぶっているため顔は分からない。
「ええ、冒険者関係で少しね。」
テッカンは若そうな声と、独特な口調に少し混乱しながら答えた。
隣にいたが注視はしていなかったため覚えてもいないが「ソウシと知り合いの可能性がある女」と言うだけで特にカミラの興味を強く引いた。
「お嬢さん?もですか?」
「あぁ、顔も見せぬままですまぬ。」
布をとったその顔は間違いなく美人だった。年齢的には暁光の導きの面々よりも少し上だろうか。
「二ヶ月ほど前に知りあっての。まさかこんなところで見るとはのう。」
嬉しそうに笑いながら酒を口に運ぶ姿にもどこか色っぽさがある。
「二ヶ月ですか……。」
「ちょっとアイラ。何残念そうな顔してるの?」
カミラが言いたかったのは弱気になるなと言うことだが、アイラは別のことを考えていた。
「もっと前ならソウシの手がかりになったかと思いまして。」
アイラが気にしていたのは過去の記憶が曖昧だという宗絃の事だったらしい。
「どんだけアイツのことばっかりなの?おアツイわね。」
「なんじゃ、熱いのか?そう言われれば確かに気温も上がって来たのう。」
そういう意味ではなかったが、カミラも初対面でツッコミを入れられる程ではなく、どう伝えるべきか迷っていると、
「ホレ、これでどうじゃ?」
と布を被り直した女性が言った。
その途端、周囲の温度が快適な温度まで下がった。
「これは、風の魔法?」
カミラが問うと、
「そうじゃ。便利であろう?」
と褒められて満足そうな答えが返ってきた。
その恩恵を受けた三人が彼女に礼を言ったのと、次の試合を行う出場者が現れたのは同時だった。




