2章・山を下りてー11
宗絃が協会に姿を見せたのはクレアとの戦闘から三日後だった。
その一戦で思うところは多くあったが、宿で基礎トレーニングをして美味しい店を探すだけの生活が続かない事はわかっていた。
そういえば協会が斡旋する依頼を見た事がないと思いつき、初めて他の冒険者と同じ時間帯に顔を出したのだった。
初めて見る協会の混雑具合はテレビで見た通勤ラッシュの満員電車並みである。生活のかかっているはずの冒険者が暴力沙汰を起こさない方が不思議な空間に思えた。
(こうやって依頼を取り合うんだなぁ。)
呑気に喧騒を眺める宗絃をチラチラと見ながら依頼を受けた冒険者達が通り過ぎていく。
一人は目立つかと思ったが依頼を取りに行くメンバーが決まっているところもあるらしく、一人でそこに立っている者は他にもいるのに宗絃だけが目を引く。
人数は多くても混雑時に顔を合わせる事の多い冒険者達が新人にも気づきやすいことを宗絃は知らなかった。
普通はどんな依頼を受けるのか見てみようと思ったが、残念ながら五日以上依頼者が見つからない、悪い言い方をすれば不人気な依頼の掲示板にしか残りはなかった。
人もまばらになって来た辺りで掲示板に近づこうとすると五人パーティーの一人に声をかけられた。
年齢的にはウィル達と同じぐらいだろうか。装備は悪いようには見えないし、そこそこ稼げているように見えるが、人相が悪い。何度も喧嘩を売られた不良と同じ雰囲気があり、宗絃としてはお近づきになりたくないタイプだった。
「よう。お前新人か?依頼が取れなかったなら、俺らとダンジョンに行かないか?近い方の十階は軽く行けるんだ。結構稼げるぜ?」
浮かべている笑顔は人が良さそうだが、近づく時だけ優しく、油断すると人目に付かないところで追及しづらい違反をするタイプだと宗絃は判断した。
「いえ、今日は依頼が取れなければトレーニングにしようと決めていたので。」
悪い印象を持たれないよう笑顔を心がけたが、その男は食い下がった。
「トレーニングするより経験積んだ方がいいぜ?新人で組んでも十階超えられるのなんかいつになるか分からねぇだろ。」
周りのパーティーメンバーも薄ら笑いを浮かべながら彼に賛同する。
面倒なのに絡まれたな、と思っていたところに割って入る声があった。
「悪いがそいつには協会から話がある。他を当たってくれ。」
テッカンだった。
男は舌打ちし、挨拶もせずにパーティーを引き連れて出て行った。
「ありがとうございます。」
「構わねぇよ。話はあるんだ。」
テッカンに連れられて面談室に入る。
「ちょっと待ってな。アイラを呼んでくる。」
「え⁉︎今日は来ただけなのに?」
ゲイン近くのダンジョンは難易度が高くないと言われるものの、単独でその下層へと立ち入り、到達最高記録を更新した上に魔人を退けたにも関わらず、アイラと聞いただけで怯える宗絃を見たテッカンは大声で笑った。
「まぁ、話ぐらい聞いてやれ。それとお前、よくさっき奴らについて行かなかったな。」
「何となくですけど荷物持ちさせて『役に立ってないからお前の取り分はナシ』とか言い出しそうなタイプだな、と。」
「よく分かってるじゃねぇか。新人はついて行っちまう奴が多いんだがな。自分で行くから協会も取り締まれねぇんだ。よく人を見てやがる。人生二回目って言われても信じちまうな。」
苦笑いを浮かべる宗絃を残してドアを開けると、そこには人影が。
アイラではなく副支部長のキュウイだった。
「何ですか?」
テッカンの声は急激に温度を失った。
「支部長から話があっただろ。魔人について再報告とダンジョン再調査の依頼だ。」
バーツは出張してしまったため、宗絃が来た時にはキュウイが代わりに話をする事になっていた。
それは勿論テッカンも承知の上だが、宗絃を先に確保したのはテッカンである。
そこに支部長の代理という立場で割り込もうというキュウイの態度が気に食わなかったのだ。
自分の都合であったならそんな事はしない。今回は「支部長の代わり」という建前があったからなのだ。責務を重んじたのではなく偉ぶる機会があったからそうしたのだと、キュウイというのはそういう人物なのだとテッカンは理解していた。
「今捕まえたのは俺なんでね。後にしてもらえますか?」
目を合わせず、テッカンは目のあったアイラに向かって手招きをした。
その態度にキュウイは苛立ちを募らせる。
「お前達の話は後でもいいだろう。」
互いに苛立ちが募る時間だったが、テッカンはふと思いつき宗絃に話を振った。
「こちらの副支部長も話があるらしいが、アイラと俺の話、どっちから聞く?」
「テッカンさんとアイラ」
即座に帰ってきた宗絃の答えにキュウイは、
「私の話は支部長の……。」
と言いかけたが、宗絃が放った魔力による圧で言葉を続けられなかった。
間にいたテッカンも当然それを感じた。
(コ、コイツは確かに凄い……。)
背後からの圧は振り返ることすら許さない程の重さだったが、こちらに向かうアイラがテッカンの表情に気づいて不思議そうな顔をしているところを見るとキュウイまでしか感じない程度にコントロールしていることが分かる。
アイラの姿が見えた途端にその圧は消え去り、二人は突然体が動くようになった感覚になった。
「あの、副支部長のお話は?」
アイラは呼ばれたから来たもののキュウイの話が先なのではないかと思っていた。
「いや、ソウシがこっちの話が先だと言ったからな。入ってくれ。」
アイラは言われるがままに面談室へ入り、扉が閉められたがキュウイはまだ動けないままだった。
三人で着座するとテッカンは失笑した。
「どうしたんですか?」
アイラの問いにテッカンは咳払いをして答えた。
「いや、すまん。さっきの顔を思い出してな。ソウシ、やるじゃねえか。」
先ほどパーティーの勧誘を断った時と同様、宗絃は感覚で味方してくれるのではないかと気付いたテッカンは正しかった。
彼の思いを汲んだのもあるが、好きにしただけの宗絃には懸念もあった。
「ホントによかったんですか?後で面倒なこと言われません?」
「大丈夫だ。協会職員は話があるなら自分で冒険者を捕まえるのがルールだ。早い者勝ちでな。ちなみに冒険者が断ってもいいって規約に書いてあるぞ。大体アイツはお前が絡まれてるのを遠くから見てただけだからな。」
定期的に似たような問題で名前の上がるパーティーなのでキュウイも当然知っているし、知らない方が問題である。
彼らを恐れて遠巻きに見ていただけにも関わらず、面談の順番だけは先を譲れと言って来た態度がテッカンの怒らせ、頑なにしたのだった。
ついでに断る権利がある事を伝えたのは、後に回したキュウイの面談をそうしてもいいと言いたかったのだ。
口元に手を当てて、「ナルホド……。」と呟く宗絃を見る限りそれは伝わったようだった。
二人の会話が止まったのを見はからってアイラが、
「あの、申し訳ありませんでした。」
と宗絃に向かって頭を下げた。
頭を下げられた宗絃が理由も分からずキョトンとしていると頭を上げたアイラがそれに気付いた。
「この前、やっと帰って来れたところだったのに……。」
と言われてようやくマントを投げつけられた事に思い当たった。
「あ〜いや、こちらこそ、ゴメン。一番頼れるのがアイラだったんだ。テッカンさんは買取担当だからなんか違うし。」
無理なお願いだと思っていたのだが、やっぱり叱られた、というのが宗絃の感想だった。
「アイラはあの日の夜からずっと落ち込んでたんだ。お前にもっと優しくするべきだったってな。」
「優しく?」
「死にかけて帰って来たところだったんだろ?」
「死にかけ?あ〜、まぁ、それなりにキツい相手だったしなぁ。心配してくれてたのか。ありがとう、アイラ。」
加えて誰にでも愛想がよく優しいが、起伏が乏しいとも言える彼女にとって感情の波を出してしまった事はどこか恥ずかしい事で、今も頬を染めて下を向き黙ってしまっていたのだ。
ましてダンジョン内の危険な相手と戦って帰って来たばかりの宗絃に向かって冷たい態度を見せてしまった事は非常に申し訳なく感じていた。
会って数日の相手にすべき行為ではなかったと激しく自分を責めていたのだが、宗絃から聞こえた感謝の言葉にゆっくりと顔を上げた。
「怒らないんですか?」
「怒るような事でもないだろ。何で敬語なんだよ。」
笑ってそう言う宗絃につられてアイラからも笑みが溢れた。
「じゃあ、俺の話は終わりだ。」
「ありがとうございます、テッカンさん。」
数日ぶりのアイラの笑みは今までテッカンが見た中で最も明るく見えた。
二人は部屋から出ようと立ち上がったが、宗絃は座ったままだった。
「テッカンさん。俺はこのまま待ってればいいですか?」
「何をだ?」
その表情は本気で心当たりがないようだった。
「さっきの人の話なんですけど?」
テッカンは宗絃がキュウイの面談を断るものだと思い込んでいたのだ。
「あぁ。ダンジョンで見た魔人の話をもう一回話せってのと、調査のためにまたダンジョンに行ってこいって言われるだけだぞ。ちなみにウィルは報告だけして調査は断ったらしい。」
「行くだけならいいけど、誰かと行けとか、何かして報告しろとか言われると面倒ですね。」
「普通なら協会が組んだ冒険者パーティーでもう一回現場を確認して報告するはずだぞ。報告書の作成は協会が選んだ冒険者がやると思うがな。聞くならこのまま待っててくれればいいが?」
それでもキュウイの話を聞くのか、とテッカンは疑問に思った。これまで見せた協会からの評価を気にしていない態度とは真逆だったからだ。
「分かりました。ではお願いします。」
何かを考えているらしいが何かは分からないままテッカンは宗絃の願いを了承し、アイラとテッカンは面談室を出た。
窓口部門長に愚痴をこぼしていたキュウイはテッカンに呼ばれ面談室の前に立った。
少しの時間だったが部下に不満を吐露した事と、直前に漏れ聞こえた笑い声とで彼の心に少し余裕を取り戻していた彼はノックもなく、
「失礼する。」
と胸を張って面談室へと入り着座した。




