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クラスで勇者に転生するはずが一人で置いて行かれました。  作者: NayuTa


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2章・山を下りてー8

 当然のように宗絃の剣術を見る機会がないまま、二人は二十九階へと足を踏み入れた。

 宗絃の剣を見るどころか、自身の剣を使う機会すら滅多になかった事にウィルは驚いていた。彼の出番は単独のモンスターがいた時のみである。

 数が増えようと強力になろうと宗絃の氷柱は大抵のモンスターを貫いて見せたのだ。

「水の魔法は便利だから重宝されるが戦闘には向かないというのが常識なんだがな。ここでも常識はずれというわけか。」

 宗絃が出した水で喉を潤しながらウィルは呟く。

 当然、水筒は持参しているが、いくら飲んでも宗絃が補給するため中身はいっぱいのままだ。

 さらに驚いたのはその体力。

 戦闘をこなしながら水を補給し、ほとんど休んでいないのに宗絃に疲れは見えない。

 カミラは複数のモンスターを相手にした後は休みたがるし、最も動かないチャロも激しい戦闘の後には肩で息をしていることが多いというのに、宗絃は先ほど、

「疲れたら休むから言えよ?鎧は重いだろ?」

と言ったほどだ。

 ダンジョンで「移動」に次いで二番目に時間を使う「休憩」がここまで少なかったことはない。

 低階層かと錯覚するほど容易に進み続け、二人の前には次の階への階段が見えてきた。

 一対一ならまだ戦えている、と自信を持とうとするも、余裕で複数を撃破してしまう宗絃を見て自信をなくす事を繰り返すだけで、彼の強さは全く測れていないままだ。

 どうしたものかとウィルが思案していた時、突然宗絃が、

「ウィル」

と呼び止めた。

 どこか余裕のあった今までと違い、何かに警戒した鋭い声。

 条件反射で臨戦態勢に入ったが周囲は静かなもので、危険は微塵も感じられない。

「ソウシ、何があった?」

「アイツだ。」

 短い返答の後、くつくつと女の笑い声が響き始めた。

「そっちの大きい方が強いかと思うたが、鋭いのは小さい方か?」

 声は確かに前から聞こえてくるが、姿は見えない。

 ウィルは宗絃の言葉から、風魔法で姿を消しているのだろうと推察し、それは当たっていた。

 前から不自然に風が吹いてくるとともに、その使い手が姿を現した。

 性別は声の通り女。身長は飛び抜けて高くないがウィルより少し低いぐらいだろうか。ガッチリとした体型ではないが全体的に筋肉質で綺麗な体をしている。

 そして体格の割に大きい剣を帯び、これから対話をするつもりなど微塵も感じさせない圧力を発し始めた。

「アンタ、冒険者じゃないな。俺はゲインの町で冒険者をしているウィルだ。このダンジョンは冒険者協会が冒険者以外の立ち入りを禁じているのは知っているか?」

 それでもウィルは会話を試みたが、彼女はつまらなそうに鼻を鳴らすだけだった。

 冷静に見えて落ち着こうとしている心理を見抜かれているのだ。

 実際に冷静な判断をしたのは宗絃だった。

「ウィル、逃げよう。」

 躊躇なく撤退を選択する。

 ダンジョン内では生存を第一に考えるという原則からすれば大体のケースで正解の選択肢だ。勿論今回もそうだろう。

 だが逃げられる前提もなくてはならない、というウィルの反論を察した宗絃は、

「多分、戦う意思がなければ追っては来ない。襲われてた冒険者はここまでいなかっただろ?」

と続けた。

 確かに昨日から帰還のない冒険者の話は聞いていない。

 宗絃の言う姿を隠してダンジョンに入った者が彼女なら人を襲うのが目的ではないのだろう。

 それが目的なら人がほとんど立ち入っていないこの場所にいるのは不自然だ。

「よいのか?あの階段を下ればゴールの三十階じゃぞ?」

「ご、ゴール?」

 彼女からの意外な情報にウィルは動揺する。

(パーティーできた時は二十五階までが限界だったのに?マッピングとか全部チャロ任せだったから知らない間にそこまで進んでたのか……。しかも、最深階?Cランクでも二十七階止まりじゃなかったか?)

 前人未到の最深階は冒険者として興味をそそられない訳がない。

 揺れるウィルの心を宗絃の声が現実へと戻した。

「じゃあ、後日確かめにきまーす。」

 ハッとして考え直す。

(確かに、本当の話とは言い切れんな。)

「ハッハッハ。確かに信じられんかもしれんのう。ウィルとやらだけなら戦えたかもしれんのに、厄介な奴じゃ。」

 話しながら圧が強くなっていく。

 逃げるための策は宗絃が先に提示した。

「ウィル、先に逃げろ。少しだけなら魔法で時間が稼げる。」

 確かに魔法の方が手段が多いだろう。

 剣戟ではどうしても接近戦になる。

「だが……。」

「走れ。止まるな。」

 有無を言わさない、短い言葉を返し、宗絃は時間稼ぎを始める。

「俺は宗絃だ。アンタ、何で俺達と戦いたがるんだ?姿を隠してここに入ったんだろ?」

「強い者と戦いに来たからじゃ。有象無象では話にならん。ここまで来る者なら相手をしても良かろうと思ってな。わざわざ掃除もしておいたが、昨日から誰も来んでの。暇をしておったのじゃ。面倒じゃが直接町を襲うべきか思案しておった。戦いに満足さえすれば我は帰るぞ。」

 彼女を満足させなければ町を襲うという言外の脅し。

 ウィルすら屈しそうになる圧力に耐えて戦える者は町に何人もいない事実を思えば、ここで何とかするしかない。

 そんな思考が再びウィルの足を止める。

「ウィル。策はある。」

 少し焦り始めた宗絃の声。

「魂に刻め。我が名はクレア。強さを求める魔人の一人である。」

 次の瞬間、クレアはウィルの眼前に瞬間移動した、ように見えた。

 速すぎて目で追いきれなかったのだと理解した瞬間、間合いの外へと遠ざかりながらクレアの剣が振るわれた。

(下がった?いや……。)

 直後に自分が後方へと放り投げられたのだと理解する。

 ウィルが空中で見たのは、彼を放り投げた体勢から流れるように回し蹴りを放つ宗絃の姿だった。

(反応したどころか、反撃してやがる⁉︎)

 腹部に直撃したように見えたが、クレアはしっかりと間に腕を挟んでガードしており、顔には怪しい笑顔が浮かぶ。美味そうな獲物を見つけた獣そのものだ。

 彼女の標的がウィルから宗絃に変わった瞬間だった。

 だがその新しい標的に戦意はなく、彼女に背中を向けて走り始めた。

 宣言通りの撤退である。

 そこまで見て、ようやくウィルは着地に意識を向けた。放り投げられての滞空時間が長すぎたのか、集中状態によって時間の間隔が伸びていたのかは分からないが。

 たたらを踏みながらも倒れず踏みとどまった時、宗絃は目の前に迫っていた。

「走れ!」

 余裕をなくして叫ぶ宗絃の後方でクレアが笑みを浮かべたまま足に力を込める。

 一歩で追いつく算段があるのだと判断したウィルは彼女を止めるために剣を抜いた。

 すぐに走り出すと信じた宗絃の思いとは真逆に。

 クレアが足に溜めた力を解放する。

 その眼中には一人しかいない。

 その目が彼以外は剣の一振りで吹き飛ぶ塵に等しいと心の底から思っていることを物語っている。

 この一振りには及びもつかない威力が籠っている。退かなかったのではなく、退かなかったのだ。恐怖のあまり思考すら放棄して宗絃の示した逃避の道歩む余裕すらなかった。

 己の弱さにようやく気づいたウィルに絶命必至の一撃が迫り、衝突音と共に急停止した。

 ウィルの前で突然クレアの整った顔が押し付けられたように歪み、その突進を止めたのだ。

 呆然とするウィルの前でクレアは透明な何かに拳を叩きつけた。

 途端に彼女を阻んだ何かが砕け散り、光の粒子となって空気中に消えていくのを見てウィルはソレの正体を理解した。

(透明な氷?そうか。これがあるなら数秒だけでも時間を稼げた……。)

 これが宗絃の策だった。

 不意に喰らえば動揺したかもしれないものを、ウィルが戦意を見せたせいでクレアは躊躇いなく力任せの破壊という手段に出たのだ。

「小癪な。じゃが、我に血を流させたことは誉めねばなるまい。」

 流れていた鼻血を親指で拭うと、クレアは再び剣を振るった。

 一瞬とはいえ完全に遅れをとったウィルは剣を振ることすらできなかった。

 だがしかし、ウィルの背後から躍り出た宗絃がその一撃を食い止め、押し返した。

 今までとは真逆に宗絃は距離を詰め、数合打ち合うと一瞬でクレアの剣を兜割の鉤に引っ掛けて動きを抑え込んだ。

 互いの息が掛かるほどの距離で睨み合ったまま状況は膠着した。

「変わった武器じゃな。初めて見る。」

「そうか?じゃあ満足しただろ?帰っていいか?」

「そう急くでない。楽しいのはこれからであろう?」

「こっちは生き死にがかかってるんだ。楽しめるわけないだろが。」

「そうじゃのう。人間は弱い者でも、生き延びようと必死になった時にとんでもない力を見せる。堪らんのう。」

 普通の会話をしているようだが、その間にも絶え間なく交錯した刃が震え続けている。

 良い形で抑え込めたから拮抗しているように見えるがクレアの力は半端ではなく、宗絃が身体ごと押しのけられるのは時間の問題だった。

「ウィル!今のうちに逃げろ!」

「だ、だが……。」

 言い返そうとしたが、先ほどの数合の打ち合いで一人だけ圧倒的に劣っていることを自覚させられてしまったウィルは言葉に詰まる。

 そして続いていた均衡が破れた。

 退いたのは意外にもクレアである。

「お主、消えよ。どうにもソウシが本気にならん。我が望むのは血湧き肉踊る真剣勝負だけじゃ。」

 初めは強そうだったから。次は宗絃に本気を出させる道具として。今、存在価値は無いどころかいない方がいい。名前すら呼ばれなくなった。もはや覚えているのかも怪しい。

 それがゲインの町で人気、実力共にトップクラスと言われる剣士・ウィルの今の扱いだった。

 打ちひしがれるウィルに、宗絃は魔石の入ったリュックと丈を調整したマントを差し出した。どちらもペルーからもらった物である。

「魔石は換金して、マントはアイラに預かってもらっといて。金は今度会った時に半額もらう。マントは今日中に取りに行くって伝えてほしい。」

「……必ず、今日中だな?」

 ウィルはやっと言葉を絞り出した。

「よろしく。」

「ああ……。」

 ウィルは宗絃に顔を向けないまま、来た道を走り出した。

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