2章・山を下りてー7
翌日、宗絃は昨日と同じダンジョンの前で立ち止まった。
露店に興味を惹かれた訳でも、勿論待ち合わせのためでもない。
ただ偶然、視界に入ったウィルと目が合ったからである。
ウィルはそれまで少し困った表情で女性五人のパーティーの相手をしていたが宗絃に気づくと彼女達に別れを告げ、手を振りながら走ってきた。
彼の後方では女性パーティーがこちらを睨みつけている。
二日連続でのとばっちり。
(性別関係なく恨みを買ってる。ロクなもんじゃねぇ。)
宗絃は苦笑いを浮かべるが、ウィルは満面の笑みである。
「よう、ソウシ。いいところに来た。お前には助けられてばかりだな。」
「おはよう。いいのかよ。あの人達、まだ話たそうだったけど。」
途端にウィルは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「いいんだよ。一人だと分かった途端にしつこく纏わりつかれて困ってたんだ。」
「ナルホド。」
ウィルは新進気鋭の冒険者パーティー、暁光の導きの剣士である。
ゲインでは名も知れた実力者であり、彼を欲しがらないパーティーの方が少ないだろう。
そして何より、
(イケメンだもんなぁ。)
光の加減によっては少し赤く見える茶髪に整った顔立ち。
革鎧を着ているからイケメン冒険者と分かるだけで、服装さえ整えれば有力貴族のおぼっちゃまの方が自然に見えるほど気品を感じる。
「ん?一人?ダンジョンに入るんじゃないのか?」
「……一人でダンジョンに入るのが不自然だと思っている奴のセリフだな、それは。お前もそうしようとしてたんじゃないのか?」
宗絃は目を逸らしながら答える。
「俺はほら、その方が自然だから。ウィルはパーティーがいるんだから全員で来る方が自然だろ?」
「言い訳がちょっと苦しい気がするぞ。まぁ、ウチは昨日のことがあったからな。依頼も受けてなかったし、しばらく休みにしたんだ。」
「ウィルも休んだ方がいいんじゃないのか?」
昨日ゴータスから聞いた話から考えると、精神面ではウィルもかなり参っているはずなのだ。
「ありがとよ。けど、前衛は結構大丈夫なんだ。ゴータスもトレーニングするって言ってたしな。精神的な影響がモロに出るのは魔法を使う後衛だ。」
前衛でも魔力は使うが、身体の強化が使い道の半分以上を占める。体外に魔法として放出する後衛とは安定感が全く違うのである。常に矢面に立つ前衛は集中力が多少乱されたからといって崩れるわけには行かない。
そして精神的にも肉体的にも、万全で挑める状況などあり得ないのが前提なのだ。激しい攻撃に晒されても、傷ついても、野営が続いて十分な睡眠が取れなくても戦わなければならないのが前衛職だというのがウィルとゴータスの共通認識なのだ。
「それよりソウシは本当に今日も一人で行くつもりなのか?」
「まあ、組む人もいないからなあ。」
「お前ぐらいになると新人集めても足手纏いだろうし、それなりの奴は大抵パーティーを組んでるからな。ま、今日の相手はDランク剣士で我慢してくれ。」
「え?」
「ホレ、行くぞ。よろしくな、相棒。」
強めに宗絃の背中を叩き、ウィルは宗絃をダンジョンへ促した。
中に入ると、ウィルは迷う様子もなく奥へと進む。
途中でゴブリンを見かけたが、
「ソウシ、アレがゴブリンだぞ。」
と笑うと隙を見て早足に通り抜け、途中、声をかけてきた冒険者に軽く挨拶を返しながら最短ルートで四階まで辿り着いた。
「モンスターとか無視してるけど、これでいいのか?」
宗絃はウィルに問いかける。
「俺はDランクだからな。二十階より下を目指すパーティーはこんな感じだ。消耗しないようにな。」
「なるほどな。けど、たまに応援されるのはなんか恥ずかしいな。」
率直な意見にウィルは同意する。
「まぁな。俺も慣れるのに時間かかったなぁ。今でも出来れば人を避けて通りたいぞ。」
「風の魔法で姿消したり出来ないのか?」
宗絃の言葉にウィルは驚く。
「よく知ってるな。確かに風の魔法で姿を消せるらしいけど、出来る奴は見た事ないな。少なくともこの町の冒険者にはいないだろ。そこまで出来る奴ならパーティー組んでもよさそうか?」
ウィルは冗談のつもりだったが、宗絃からの答えは真面目なものだった。
「いや、それだけしかできないって言われても困るし、探し方も分からないだろ。神官かなとか剣士かなってのは分かるけど魔法の属性までは見た目じゃ判断できないし。」
その答えにウィルは声を上げて笑う。
「協会に登録しただろ。パーティー探す時にも協会で探してもらうだろ。昨日、アイラ嬢が怒ってたぞ。流石だよ。『鉄壁のアイラ』を怒らせるとは。」
「鉄壁?」
「真面目だし、いつも愛想がいいからな。美人だし、冒険者からよく声もかけられるみたいだけど全員断られたらしい。」
二つの意味で鉄壁らしい。
納得しながら、宗絃はもっと気になった事がある。
「ちなみに、風の魔法で姿を消せる冒険者は本当にいないのか?隠してるわけでもなく?」
真剣な宗絃の問いに、ウィルからも笑顔が消えた。
「普通の奴が冒険者をやるなら隠す意味があまりないからな。お前みたいな奴が他にいたのか?」
「え?バカにされてる?」
「してねぇよ。普通じゃないだろ。」
宗絃はわざとらしく咳払いを一つして話を戻した。
「風の魔法で姿を隠してる奴は見た、いや見えてないんだけど、感じた。」
「モンスターじゃないんだよな?人を襲った訳でもないし。」
「違う。柵の内側に入るチェックをすり抜けてそのままダンジョンに入って行った。悪さはしてないし、ダンジョンの中でも気をつけてたけど何かされた冒険者は見なかったし。ただチェックが面倒だから無視するためにやってるのかと思ったんだ。」
ちなみに宗絃も出来るのだが、それには触れない。心の中で水魔法でも似たような事ができないだろうかと思いついただけだ。
「ソウシはなんで気づけたんだ?」
「魔力で探知できるんだよ。ダンジョンの中でしか使うつもりがなかったけど試しに外でやってみたら引っかかったんだ。」
「うーん、今考えても仕方ない。とりあえず中はしながら進むとするか。」
宗絃の魔法に興味を持ったウィルに根掘り葉掘り聞かれながら、さしたる苦労もなく二十一階へと辿り着いた。
「さて、ここから先は冒険者も少ないし、戦闘もあまり避けずに行きたいな。」
肩を回して気合いを入れるウィルに宗絃は疑問を投げかけた。
「不思議だったんだけど、何で俺を誘ったんだ?ダンジョンまでは一人で来たんだろ?」
ピクリとウィルの眉が動いた。
宗絃の言う通り、一人でダンジョンに入るつもりで来た。
冒険者になったばかりの誰かが単独で二十一階のオーガを倒したと言う話を聞いて「自分なら出来るのか?」と思い始め、試さずにはいられなかったからだ。
パーティーで挑んでもオーガ一体なら剣士の自分が前に出て倒してしまう事の方が多いのだから倒せて当たり前と思いつつも「パーティーメンバーがいるから安心して戦えているだけではないのか?」という不安を払拭できなかったのだ。
そして、なぜ彼を誘ったのかという宗絃の問いへの答。
「お前の戦うところが見たかったんだ。協会の登録は剣士にしたんだろ?」
昨日アイラと話した時に聞いたことだった。
彼女は宗絃の言葉通り、パーティーの勧誘が面倒だから魔法使いであることを隠して剣士と登録したのだと思っている。
それも本当だろうが、ウィンドホークとの一戦をみたウィルは彼女の言うように「面倒だから嘘を登録した」のではなく、「どちらでもいいから面倒が少なそうな方を選択した」のではないかと考えたのだ。
広範囲の攻撃でウィンドホークを一掃した魔法はカミラを上回るだろう。一刀のもとにあの強敵を切り捨てた剣術を自分は上回っているだろうか?
あの日見た力は、全力なのだろうか?
見極めるためにも側で彼の戦いを見てみたかったのだ。
宗絃の答えは、
「まあ、機会があれば。」
という愛想のないものだった。




