2章・山を下りてー6
再び階下に戻ると、テッカンは増え始めた買取希望に対応するため仕事に戻った。
今は面談室にアイラとゴータス、宗絃の三人である。
「悪かったな、ソウシ。また迷惑をかけた。」
「と言われても、何のことか分かってないんだよな〜。あ、すいません。」
思わずウィルを相手に話すのと同じように砕けた口調になってしまった。
「気にするな。お前に敬語を使われる方が怖い。」
ゴータスは本当に気にしていなかった。
冒険者は実力社会だと思っていたし、歳などわからない者の方が多く、宗絃の強さであれば自分が敬語を使うべきだと思っているほどだ。
「さっきの話だが、何から話せばいいものか。」
暁光の導きでこういった話をするのが一番苦手な自覚がある。
最も向いているのはウィル、続いてチャロだろうか。
それでもウィルがゴータスに行かせたのは、最も彼女達の面倒を見ていたのがゴータスだからである。
彼女達、黄金の夜明けは結成当初から暁光の導きが面倒を見ているパーティーの一つだった。
盾使いと剣士の前衛に魔法使いと神官という構成が同じであったこともあり、パーティー全体でも個人でも良好な関係を築いていた。
ゴータスも多くの後輩を指導する面倒見のいい性格をしているが、同じく盾使いのタルトも彼をとても慕っており、二人で訓練をしていることも多かったし、パーティーの連携練習の相手も買って出ていた。
そんな彼が、あの部屋の中に居続けるのは心理的な負担が重いと考えたウィルの配慮である。
「じゃあ、『擦りつけ』?とかいうのは何?」
「そうか。そこからか。まあ、意味はそのままだな。自分たちを狙っているモンスターを他人に押し付ける行為だ。競い合う面もあるが、冒険者は助け合いが基本だ。今回のことで言えば、タルト達はソウシにオーガが来ていることを伝えないといけなかった。」
「でも、俺があの子らを置いて逃げたら死ぬじゃん。」
「それはソウシの問題だ。それに、最初に戦いを避けられなかった責任はタルト達のものだ。もっと言えばあの階層に踏み込んだのは自分達だろ。その責任を取るのも自分達だ。当たり前の話だ。それが冒険者だ。」
目をかけていた後輩が命を落とした経験はまだないゴータスだが、そうなる覚悟はしているつもりだ。
それが声からも伝わってくる言葉だった。
「タルト達、黄金の夜明けは俺達がよく面倒を見てたパーティーでな。構成も同じだったから、ポジションが同じ奴同士は特に仲良くしてた。だから、特に厳しく、そんなことはしないように教えたつもりでもあった。擦りつけは危ないが、よく聞く話でもある。事故みたいな状況で他のパーティーを戦闘に巻き込むことだってあるからな。故意じゃなくても冒険者としては最低の行為だし、協会が禁止してる行為でもある。」
ゴータスがチラリと見ると、アイラが「はい。」と答えた。
「そうなってしまう可能性があったと思われるだけでもランクダウンや一時的な冒険者としての資格取り消しがあるほど重い禁止行為です。基本的に協会が禁止している行為は何かしらの犯罪に当たることですし、他に同じぐらい厳格に禁じられている行為は見当たりません。対応したことはなくても、全員が知っている違反行為です。私もですけど、実際に見たことがない先輩方も多いと思います。」
「噂程度だが、死んで発覚しないケースがかなり多いって話もある。準備もしていないのにオーガを擦りつけられたらそうなっても全然おかしくない話だよな。」
ゴータスの言葉にアイラの顔から血の気が引いていく。
「多分、タルト達もお前が死んだと思ってたはずだ。」
宗絃を見た時の彼女の第一声を思い出しながらゴータスは言う。
「だから、カミラの態度を俺は、いや、ウィルとチャロも責められないんだ。俺達が教えた冒険者としても信頼する同業者としても、尊敬する後輩としても裏切られた。怒りだけじゃない。落胆というか悲しみというか、そういう色んな感情が腹の底から湧き上がってきて、ちゃんと飲み込めてないんだ。最初に動けたのがカミラだったってだけで、俺達は今、皆同じなんだよ。」
一通り話したところで、ゴータスは大きく息をして自分が少し落ち着いたことを実感した。
そろそろウィル達のところに戻らなければならないだろう。
「俺はそろそろ戻る。多分今日は解散になるだろう。怪我の治療は全員終わってるしな。今日は帰っていいぞ、ソウシ。ウィルはまた怒るかもしれんがな。」
席を立ったゴータスの言葉に宗絃は引っ掛かった。
「ウィルが怒ってる?」
「あぁ。怒ってたというか愚痴ってたというか。この前はウィルを置いて帰ったんだろ?」
ゴータスの言葉をアイラが肯定する。
「そういえば玄関ホールで待っておられましたね。」
宗絃が帰宅したことをウィルに伝えたのはアイラだった。
笑顔で、
「マジかあの野郎、メシぐらい奢らせろ!」
と言っていたので本気の怒りではないだろうが。
そう話すとゴータスは笑い声を上げながら「じゃあな。」と言って扉の向こうへ消えていった。
「で、アイラさんの用件は?」
想定外の事案に巻き込まれながら、ようやく最初にここへ入った目的に辿り着く。
宗絃を呼び止めた理由を思い出したアイラは再び気が重くなるのだった。
しかし、事の顛末を聞いた宗絃は、
「そうですか。分かりました。」
の二言で了承してしまった。
冒険者になった者にとってランクアップは大きな目標の一つだ。
一部の、安定的な収入を得られるようになり満足してしまった冒険者も少なくないが、宗絃は登録してから数日の新人であるり、まだまだランクアップのチャンスがあれば必死で掴み取ろうとする時期のはずだ。
EランクとDランクの壁は高い。
Dランク控えは公式の存在ではなく「Dランクへの挑戦権を持つEランク」なのだ。
Eランクでも貯蓄をしながら生活できる収入を得られるし、ここから先へ進むにはより難易度の高い依頼をこなすか、手強い相手を倒さなければならない。
そうして得られるのはランクアップの挑戦権のみ。
そこまで冒険者として活動すれば自分のレベルも把握しており、高いリスクを冒さず長年Eランクで過ごして引退する者が過半数なのである。
「あなたな絶対Dランクの壁を越えられる。そのチャンスを逃していいの?」
真剣な目をして語るアイラに宗絃は頭をポリポリとかきながら答える。
「本当にDランクの力があるなら冒険者やってる間に、どうやってもDランクになると思います。協会のランク付けのシステムはそうなってますから。」
確かに降格は珍しい事ではないが、それは今回同様に協会側が一度出した評価が変更された事によるケースがほとんどだ。
素行不良や規約違反による罰則は一定期間の資格停止である。
これは「冒険者のランク付けは実力による」という原則に基づいている。
宗絃の言うとおり、実力を示せばランクは上がるのである。
アイラが見てきたどのベテラン冒険者よりも協会が求める冒険者像に近い彼の言葉に、彼女は言葉を失った。
「分かりました。」
顔を少し伏せてそう言ったのは恥ずかしかったからだ。
その態度を見て、自分のせいで彼女が傷ついたのではないかと心配した宗絃の予想は外れている。
フォローせねばと声をかけようとしたがアイラは先ほどよりも晴れやかな表情を浮かべた顔をあげた。
「私も、分かった。」
「え?」
「まずは、私にも敬語使わないで。」
「え?」
「ウィルさんにもゴータスさんにも使ってないでしょ?その方が楽そうに話してるし。」
宗絃はテンションの振れ幅に振り回される。
「は、はい。」
「『はい』?ホントに分かってる?」
「いや、咄嗟に出ただけだろ。分かってるよ。」
力の抜けた宗絃の言葉にアイラは満足したらしい。
「じゃあ今日の面談はここまで。今日は帰るんでしょ?明日からもよろしくね。」
「こちらこそ、よろしく。」
「あぁ、その前に……。」
忠告を聞かずダンジョンに入った事を咎められ、危険性やパーティーの重要性を説明され、少しやつれた宗絃はテッカンから魔石の売却代金を受け取り、宿へと帰るのだった。




