2章・山を下りてー3
「一気にD控えとはな……。」
査定部門で書類を見ながらバーツは独り言をこぼした。
ネームドに指定されるほどの魔物を倒せるのだから戦闘能力は間違いなくD以上だろう。
だがDランクには昇格試験を通らなければならない。
つまり宗絃は一日で限界のランクアップを果たしたことになる。
隣で一緒に書類を見ていた査定部門長も頷き、
「見事な魔石でしたからな。」
と同調した。
その声に反応してバーツは顔を上げる。
「そうだ。あの魔石だ。チラッとしか見えなかったがそれでも見事だった。魔石と金額が気になって仕事が手に付かなかったよ。」
アレが見たくてここに来たのだ。
どれほどの売却益が出るのかを想像するだけでも笑みが溢れる。
報奨金を付けなくていいタイミングだったのは幸運であり、判断力を自賛してもやはり笑みが溢れる。
報奨金を払ったとて魔石の売却額に上乗せされるわけではない。
逆に言えばあの魔石の売却額から報奨金分が丸々利益になるのである。
持ってくるように指示を出してから再び報告書を見てバーツの動きが止まった。
買取総額があまりに安いのだ。
「あれ?テッカン、今日のデカい魔石はいくらで買ったんだ?」
ちょうど帰ろうとしたテッカンを呼び止めたがテッカンは心当たりがない様子で聞き返した。
「デカい?今日の魔石で飛び抜けたやつはありませんでしたよ。」
「あったろ?新人のやつが。」
新人ならば今日は一人しかいない、というか登録早々に買取依頼の新人も珍しいのでテッカンも思い当たらないわけがなかった。
「あれなら、買い取りになりませんでしたよ。じゃあ、お先に失礼します。」
バーツの思考が追いつく前にテッカンは職場を後にした。
扉の閉まる音で意識を取り戻したバーツは慌てて買取の明細書を確認した。
宗絃から買い取ったリストには嘴や爪、魔石が確かに記載してある。
追加報酬欄には一度記載した報奨金を二重線で消し、規定通り修正理由も示されている。
そして最も気になっていた高品質な魔石の買取欄には本人が売却を希望しなかった時に記入される『×』が書かれていた。
珍しい事ではない。
他の商人への売却見積もりと同様に買取を希望して金を受け取り受領サインをするまで確定ではないのだ。
査定と希望額の乖離、交渉による増額、見つかった瑕疵による減額と、買取りに至らない理由など山ほどある。
特に魔石は品質が良ければ販路の多い商人に売った方が高く買い取ってくれることも多い。
利益が減っても協会が報奨金を上乗せするのは、その差分を埋めるためでもある。
バーツの脳裏には「買取が成立するまで確定じゃねぇんだよ!」という自分の声が響いていた。
テッカンが職員用通用口を出ようとした時、ちょうどアイラも帰るところだった。
受付窓口が閉まればすぐに帰れる彼女にしては遅い時間である。
町を歩きながらテッカンから、
「遅いんだな。何かあったのか?」
と声をかけると少し言いにくそうにアイラは答えた。
「はい。今日のことでもう一度規約を読んでみたんです。冒険者からの素材買取時の査定について。」
今日の事といえばすぐに分かる。
バーツに声をかけられた時にはとぼけたが、テッカンも今日の仕事で記憶に残っているのは新人の一件だけなのだ。
口元の緩んだテッカンに気付かずアイラは言葉と続けた。
「確かに、ソウシ君のいう通りに書いてありました。あの文章通りなら報奨金の上乗せはしなければならないんじゃないでしょうか。」
「俺もアイラやソウシが正しいと思う。けど、その話は支部内では言わない方がいい。」
「でも、このままじゃソウシ君が……。」
「金の話なら大丈夫。売却せずに持って帰ったし、商人に売ったらいくらぐらいになるかも伝えたから、騙されない限りは悪くない金額で売れるはず。俺が言ってるのは協会でその話をするとアイラによろしくないってこと。」
「私の?」
「ウチの部門長は他部門から口を出されたって文句を言うし、支部長も自分の決めたことに文句がるのかって怒り出すのが目に見えてるからな。」
「それは……。」
アイラも想像できたのか何も反論できなかったが、不満であることは見てとれた。
「不満はわかるけど、アイラと俺が何を言っても変えられる事じゃない。」
そして、その不満をテッカンは理解できるのだ。
「俺も昔、似たようなことがあった。横暴な冒険者が買取額を上げさせたり、自分がやるべき手続きを職員にやらせたりしてたんだ。みんな彼らの言う通りにしていた。規定や、他の冒険者への対応と違うんだから正すべきじゃないかと言ったが、『じゃあお前がやれ』『一人でやれ』って言われたよ。その後バーツ支部長が来て、その冒険者パーティーをあっさり追い出した。」
テッカンは話の途中でも、ため息をつかずにいられなかった。
「あの時から変わってないんだよな……。」
それは自身も、支部もである。
「でも、テッカンさんは査定部門で一番冒険者の方々から頼りにされてるじゃないですか。」
素材を持ち込む冒険者は少しでも買取価格が上がるようにアドバイスをくれるテッカンの査定を受けたがるとアイラが聞いたのは働き始めてすぐのことだったし、買取はテッカンの時に持ち込むのがいいと後輩に教える者も見たことがある。
「ありがとう。余計な話をしたけど、家族もいてここを離れられない俺と違って、君には選択肢がまだあることを忘れないでくれって言いたかったんだ。」
「仕事を辞めるって事ですか?」
「いや。アイラは優秀だから何処に行っても重宝されると思うけど、今の仕事も合ってると思うからな。冒険者に優しいし、君を見たく協会に顔を出してる奴も多いしね。」
想定外の角度から褒められたアイラは少し顔を赤て目を伏せた。
そんな彼女を見て珍しくイタズラっぽい笑顔を浮かべたテッカンは続ける。
「協会職員は支部ごとに採用されるけど、別支部への異動もできるって知ってる?」
アイラは驚きの表情を浮かべる。
「知りませんでした。」
「移住する奴が使う制度みたいになってるけど、本部にも行けるんだ。ここのやり方がおかしいと思うなら別の世界を見るのもいいと思う。この町が良かったと思うなら戻って来れるしな。」
恥ずかしがっていたアイラの表情は既になく、示された可能性に戸惑った表情を浮かべている。
「すぐに決めなくてもいい。時間はある。今はな。」
「……はい。」
その後、帰り道が別れるまで二人は無言のままだった。
翌日、窓口担当者全員に対し、宗絃が来た時にランクダウンを通知するよう命令が出た。
理由は高品質な魔石の売却という協会への貢献を怠ったため。
各部門長はD控えまでのランクアップ許可権限を持っており、前日もテッカンが行なった査定とランクアップの申請を査定部門長が許可する手続きがしっかりと取られていた。
このランクダウン通知は彼らの行なった判断を全否定するものではないだろうかと感じたアイラはテッカンに声をかけようとしたが、本人はいつもと変わらず仕事をしていた。
一度視線が合ったものの、浮かべた微笑から協会で話すべきではないという彼の忠告を思い出し、モヤモヤとした感情を抱えたまま目の前の業務に意識を移すのだった。
そしてその日、宗絃はやって来なかった。
駆け出し冒険者は毎日協会の依頼掲示板を見に来るのが普通だと思い、自分からランクダウンを伝えてやろうと考えたバーツが頻繁に支部長室を出入りしていたが、徒労に終わったのだった。




