2章・山を下りてー2
「結構大きい町じゃないのか?」
暁光の導きが拠点にしているというゲインの町を見た宗絃の感想はそうだった。
「規模自体はそこそこだな。国の端の方にある町としてはかなり大きいが、中心部に行けば防壁もあるもっと大規模な町ばかりだぞ。」
というのがウィルの答えだった。
町に入ってすぐ、他と比べて大きめの建物の前で馬車が止まる。
「ここがゲインの冒険者協会支部だ。今からなら登録も買取もしてもらえるだろ。」
そう言って馬車を降りたウィルに宗絃も続くと、先頭の馬車から降りたペルーがやってきた。
「今日は本当に助かったよ。ありがとう。今度は私が力になれると嬉しいんだがね。」
差し出された手を握り返してお互いに別れを告げ、ペルーは馬車に帰って行った。
そしてその後ろでは暁光の導きが何やら騒いでいる。
「いいわね、文句なしよ。」
真剣な表情のカミラにチャロとゴータスが頷き、ウィルは項垂れている。
何が起こるのか分からない宗絃をよそに、カミラが掛け声を上げた。
「最初はグー、ジャンケン、ポン!」
出された手はグーが三つとチョキが一つ。
ウィルが膝から崩れ落ち、三人はその手のままグータッチを交わした。
なぜジャンケンをしているのか分からない宗絃に最初に声をかけたのはカミラである。
「今日はありがとう。この町で冒険者をやるならまた会うと思うし、よろしくね。」
チャロは丁寧にお辞儀をした。
「私も、ありがとうございました。ソウシさんなら大丈夫でしょうけど、ケガをしないように気をつけてくださいね。」
ゴードンは体格こそ大きいものの人懐っこい笑顔を見せた。
「今度は俺が力になりたい。困り事があれば言ってくれ。協会で伝言を残せるからな。」
事態が飲み込めないまま、三人が戻り町中へと去っていく馬車を宗絃は手を振って見送った。
「どゆ事?」
「協会への報告だ。任務途中に襲われただろ?そういうの、協会に報告して情報共有するんだよ。これが面倒でな。たまに細かく書類まで書かされるんだ。今回は魔物を全滅させたって報告だけだと思うんだが、俺も荷下ろしの手伝いが良かった……。」
深いため息をつきながらウィルが答える。
「義務じゃないんだよなぁ。けど、貢献度の評価になるからなぁ。アイツら何であんなにジャンケン強いんだ?俺が弱すぎるのか?」
ぶつぶつと言いながら協会建物に入るウィルとそれに続く宗絃。
扉を抜けたホールは外観ほど広くない。
「ここが受付だ。手続き関連は全部ここで出来る。買取は向こうのカウンターだな。あっちの奥に行けば食堂がある。まずは登録を済ませてから買取に持って行け。俺は依頼の完了手続きと報告だから二階なんだ。じゃな。」
ウィルと別れ、宗絃は窓口へ向かう。
ちょうど目の前の空いたカウンターに進むと茶髪の美人なお姉さんが担当だった。正直嬉しい。
「すいません。冒険者として登録したいんですが。」
「はい。新人さんですね。今回担当させて頂く私はアイラです。ではいくつか確認事項がございます。」
若手に見えたが手が速い。話を止める事なく必要書類を足元の書類入れから取り出すと、そのまま確認事項の説明に入っている。
必須の確認事項にいくつか「分かりました」と答えたが、細かい事はカウンター横に設置している規約を自分で読めとの事だった。
最後に名前と希望ポジションを聞かれる。
「ポジション?」
「え?剣士とか、魔法使いとかだけど。この登録を基にパーティーメンバーを探したりするの。登録していただいた方がメリットがあるよ。後で変更も出来るから現時点での登録で大丈夫だよ。」
ここまで鉄板と思われたアイラの対応が崩れ、敬語を忘れる。
新人だから何も知らないのは分かる。読み書きが苦手な者もいるために書類を読み聞かせ、記入事項は受付担当者が代筆するのもわかる。ましてや相手は見た目だけなら帝国必須の初等教育を修了したかも分からない幼さを残しており、魔物に襲われればすぐに命を落とすのではないかと心配してしまうほどだ。もちろん同年代での希望者は少なくないし対応したこともある。
だが、冒険者になろうというものがポジションを問われて言い淀むのは初めて見た。
(この子、ホントに大丈夫?)
目の前で口元に手を当てて思考に入ったと思われる少年を見て、初めての登録拒否を言い渡すかアイラが悩み出した時、数秒間の宗絃の考慮は終了した。
「なるほど。ちなみに、魔法使いと剣士なら余ってるのは剣士って認識で良かったですか?」
逆に質問されて敬語を忘れていたことに気づいたが、アイラは戻すことを諦めた。
何なら怒って登録を辞めて帰った方がこの子のためかもしれないと考える。
「そうだね。剣士に限らず前衛職は多いし、探す人はあんまりいないね。いてもD以上とかの高いランクだけ。パーティーに入れてもらうなら苦手でも魔法使いの方が可能性は高いよ。」
「ありがとうございます。じゃあ剣士で。」
「え?話聞いてた?」
「はい。しばらくは一人でやるつもりなので。」
朗らかな笑顔を見せたが、もちろん本心は「声をかけられたら面倒くさい」が十割を占める。
「あ、そういう事ね。制度的にはダンジョンにも入れるけど、ダメだからね。死亡率が一番高いのは君みたいな子だから。」
「ありがとうございます。」
再び笑顔を作ると宗絃は冒険者のタグを受け取り素材の買取専用カウンターへと足を運びながら、ふと気づいた。
(ん?字が読める?)
カウンターに吊るされた「買取」が理解できるのだ。
見たこともない記号の組み合わせのような文字だが確かに読める。
(気持ち悪っ!)
自分で空中に書こうとしてみても、書くべき文字が頭に浮かぶ。
脳を改造されたようで気分は良いものではなかったが、便利ではあるので諦めるしかない。
買取カウンターで中年の係員に挨拶し、受け取ったばかりのタグとウィンドホークの素材を広げると、驚きの表情を向けられる。
「これ、お前が全部やったのか?」
「解体は先輩方にお願いしました。」
「あ、いや、そうじゃなくて、いや、まぁいいか。」
聞きたかったのは「倒したのはお前か」という事だが、非常に失礼な質問でもある。
タグは発行されたばかりのGランク。
ランクのために見栄を張っても化の皮はすぐに剥がれるものだがそれは少年の問題であり、彼の仕事はそれを諭すことではなく持ち込まれた素材を査定する事だ。
宗絃の眼前で出された素材の一覧表を手早く作り上げて複写された紙を宗絃に渡す。
査定対象を預かった証だ。
金額が決まればその紙を再び預かって書き込むことになっている。
「少し時間がかかる。終われば名前を呼ぶからそこらで待っててくれ。食堂で待つか?」
「いえ、この辺りで待ちます。」
「了解。」
宗絃は踵を返すとほとんど誰も手をつけない本、冒険者協会の規約を手に取ると近くの席に座って読み始めた。
(変わったヤツだ。)
テッカンはそう思いながら出された素材の鑑定を始めた。
その頃二階ではウィルがウィンドホークとその特殊個体に襲撃を受けた事を報告していた。
予想通り、全滅させていた事であまり細かい報告は必要ないとのことだったが、受付係は「少し待ってください。」と言い残し支部長室へと入って行った。
(何かあったのか?こんな報告で支部長に報告する事はないはずだが。)
と考えているとすぐに支部長室への扉が開き、先程の受付係を連れた支部長のバーツが出てきた。
衰えたが元C級冒険者で体格もよく並の現役冒険者よりも強い彼は、怒らせれば怖いものの新人の面倒もよく見る良い支部長というのが大方の評価で暁光の導きの面々も概ね同様の印象を持っている人物だ。
「お疲れ様だったな、ウィル。疲れているところ悪いが俺にも話を聞かせてくれ。特殊個体ってのは本当か?」
「あぁ、多分そうですね。あんなのが出るって報告聞いてたら絶対避けましたよ……。」
あの戦闘を思い出すとまだ鼓動が速くなる。
「断崖の森近くなんざ、通る奴らも少ないからな。この前そこそこデカい商隊がとんでもねぇウィンドホークに襲われたらしくてな。本部がネームドとして通達してきたところだ。いや、それより倒したってのは本当か?なら掲示をやめなきゃなんねぇ。」
「あんなの滅多にいないから多分そいつでしょうね。司令塔の役割をするやつで、ソイツも相当強かったです。上手く逃げるから弓矢も魔法も当たらないし。多分当たっても風を纏ってるせいで効かなかったでしょうね。」
「ソイツだ。お前さんの弓でもカミラでもダメだったのか?倒したんだろ?」
「はい。運良く助けが来ましたからね。ちょうど今、下で素材売ってるはずですよ。」
「じゃあまだ買取終わってないのか?オイ、書類まとめておけ。」
バーツは指示を出すと急いで階下へ駆け降りて行き、受付係とウィルは取り残された。
バーツが階段を降りてきた時、ちょうど買取カウンターで宗絃が金額の説明を受けていた。
その近くではアイラが掲示板にウィンドホークのネームド指定通知が張り出そうとしている。
「アイラ、待て!」
バーツは驚いて手を止めたアイラに駆け寄り、
「通知はいらん。書類を貸してくれ。」
と通知書を受け取ると、買取カウンターへと向かった。
バーツの思っていた通り、そこには間違いなくネームドのものであろう魔石が乗っている。
(間に合った……。)
査定を担当していたテッカンの手にもしっかりとネームド指定通知がある。
「悪いな、テッカン。掲示前だからその通知は無しだ。」
「え?ウィンドホークのやつですか?」
「そうだ。残念だったが掲示前だからネームドの報奨金が出せねぇ。悪いな、ボウズ。そういう決まりなんだ。」
ネームドに指定された個体は討伐を報告し、該当個体のものであると認められた場合に通常の買取価格に上乗せの報奨金が支払われる。
だが、今回はその掲示前であるため無効だとバーツは言ったのだ。
買取金額の明細を覗き込みながら続けた。
「こんだけ高い金額が付いたんだ。悪いが今回はそれで我慢してくれ。」
ただでさえネームドの討伐認定は滅多に出ない上、これほど絶妙なタイミングでの査定などベテランのテッカンでも経験がなかった。
「そういう事らしい。悪いな、ソウシ。」
申し訳なさそうに報奨金欄を消そうそしたテッカンだったが、その前に宗絃が口を開いた。
「でも、ネームドについて協会は決定してるんですよね?」
「そうだが?」
「規約では『協会本部が決定した時から有効』と記載されています。先ほどその通知を本部から受け取ったのは昨日夕方の荷物だと聞きました。このウィンドホークを倒したのは今日なので、明らかに有効だと思います。」
「俺が嘘言ってるってのか?」
明らかにバーツの様子が変わり、周囲に圧を出し始めた。
彼が怒った状態を知る者達は関わらないよう距離を置いて見守り、一部の協会職員はなぜ口答えをしたんだと呆れた表情を見せている。
「じゃあお前はどうやってソレを倒したのが今日だって証明するんだよ!無理だろうが!報奨金が有効なのは掲示してからだ!その買取明細もまだ確定してねぇだろ!買取が成立するまで確定じゃねぇんだよ!今までもそうやってるんだ!」
宗絃はそもそもバーツが嘘を吐いたと糾弾したのではない。
なぜ彼が怒鳴り出したのも、何から訂正すればいいのかも分からない内にバーツは話を打ち切った。
「眠たいこと言いやがって。今回の報奨金は無しだ。これが協会の決定だ。テッカン、処理しておけ。」
手にしていた通知書を買取カウンターの上に放り投げるとバーツは二階へと戻っていった。
一部始終を見ていた者達は揃って我関せずと目を逸らし、各々の作業へと戻っていった。
対応をしていたテッカンだけはその業務から離れられず、気まずそうに買取処理を再開しようとした。
「すまない。そういう事らしい。じゃあ買取金額はこれでいいか?」
その対面では口元に手を当て宗絃が黙っている。
冒険者登録の時と同様に黙考した後に口を開いた。
協会を出ると流石に夕暮れ時だった。
依頼を終えた冒険者らしき者達が宗絃とは逆に建物に入っていく。
嬉しそうに「暁光の導きが帰って来たらしい。」と話す声も聞こえ、彼らの人気を感じさせる。
手元には素材を売って得られたそこそこの金額がある。
テッカンに聞いたところによればGランクの冒険者が稼ぐ一月分には相当するらしく、朝夕二食のついた中級程度で半月は暮らせる金額らしい。
明日から一日か二日をかけて町を探索し、これからの生活リズムを決めたいところだ。
それからダンジョンに潜り魔石を集めて日銭を稼ぎながら今後について考えるのが宗絃の計画である。
素材の売却で一気にランクアップしたタグを握り締め宿探しに町中へと歩き出した。




