第9話 嫉妬
昼下がり。
玄関の扉が開いた。
「あれ? ヤコブさん帰って来るの早い」
玄関に向かうと
ヤコブの後ろからマタイが顔をのぞかせた。
「おかえりなさい」
「今日はマタイからとうもろこしを貰い、ついでに屋敷に寄ってもらいました」
「マタイです。はじめまして」
「春香で──」
その瞬間、マタイはふらっと春香に近づき、チュッっと音を立てて両頬にビズをする。
春香は固まり、顔を紅く染めた。
ヤコブも思わず″ガチッ″と固まる。
「ヤコブさんと親しい方だとお伺いしています。いつも……」
「マタイ、ちょっとこっちに来てくれないか」
ヤコブは低く、静かに声をかける。
「えっ……なんでですか?」
「春香さん……仕事に戻りますね」
ぱたんと玄関の扉がしまる。
春香は赤面のまま、ただうつむくしかなかった。
(びっくりした……この世界やっぱり皆ビズするんだ……)
──
「ヤコブさん……すみません……」
「大切な方ならちゃんと挨拶しないとと思いまして…」
「……二度と彼女に軽々しく触れるな」
と低い声で釘を刺す。
「えっ? ただの挨拶ですよ……!」
ヤコブは目を細めたままジロリと睨む。
(こんなに怒ってるヤコブさん初めて見たな……)
「すみません……来週、休みを代わりますから」
「それと……隣村の知人の宿も紹介しますから……今回のことは許してくださいよ」
「ん?……詳しく聞かせてくれないか」
ヤコブの低い声に、マタイはほっとため息をついた。
───
その後、ヤコブは春香のもとへ戻った。
「……今日はびっくりさせてしまいましたね」
深く息をつき、申し訳なさそうに頭を下げる。
春香が首を振ろうとした瞬間、ヤコブはぐっと近づき、両頬に軽く触れるように口づけた。
「ヤコブさん……」
次の瞬間、彼の大きな腕に抱き寄せられる。耳にかかる髪をそっとかき上げ、低い声が囁く。
「……つい、嫉妬してしまいました」
その真剣な眼差しに、春香の胸は高鳴り、言葉が出なくなる。
しばし見つめ合ったあと、ヤコブはふっと笑みを浮かべて距離を取った。
「春香さん、来週二日間、休みが取れました。よろしければ……今度一緒に出かけませんか」
「えっ……?」
「隣村です。綺麗な星空が見えるそうですよ。私も、初めて向かいます」
春香は頬を染めながら頷く。
(ヤコブさんの誘いはいつも真面目で、不器用で……だからこそ、特別に思える)
胸の奥が、甘く熱く満たされていくのを感じていた。
───
翌週。
出発の日。
「馬ですか……」
「本部から借りてきました。たまに運動させないといけませんから」
「ではここを持って、足はこちらにかけて登ってください」
「大丈夫です。この馬はおとなしいので」
恐る恐る馬にまたがった春香は、居心地悪そうに背筋を伸ばしていた。
「す、すごく高いですね……!」
「大丈夫です。落ちたりしないよう、私が支えますから」
そう言ってヤコブが後ろから乗り込み、そのまま手綱を握ると、春香の背中に彼の体温がじかに伝わった。
(ち、近い……!)
胸の鼓動が自分でも恥ずかしいくらい早くなる。
「ヤコブさん馬乗れるんですね」
「本部勤務になると馬で地方まで移動する事が多いので、最初に訓練します」
「そうなんですね」
ヤコブの低い声が背後から響くたび、耳の奥が熱くなっていくのを春香は止められなかった。
──
馬の背は思った以上に揺れる。
春香は必死に前を見つめていたが、突然の石段で大きく揺れ、身体が傾いだ。
「──きゃっ!」
とっさに腰を支える逞しい腕。背後からぐっと引き寄せられ、背中越しにヤコブの体温を感じた。
「……大丈夫ですか」
低い声がすぐ耳の後ろで響く。
「す、すみません……!」
顔を真っ赤にしながら慌てて体勢を戻そうとする春香。
だがヤコブは片手で手綱を操りながら、もう片方の腕をそのまま彼女の腰に回したまま離さない。
「まだ慣れないでしょう。落ちたら大変ですから」
「っ……」
耳の奥が熱くなる。彼に支えられているという事実が、どうしようもなく鼓動を早めてしまう。
ほんの少し、彼の胸に預けるように身体を委ねると、馬の足音に混じって自分の心臓の音まで響いてしまいそうだった。
───
そして、隣村。
宿のログハウスに到着し、散歩をする2人。
少し丘を越えると
大きな運河が一面に広がる。
「わぁ……運河が綺麗ですね」
運河は太陽の光を反射し、綺麗に輝いていた。
しかし、ヤコブは立ちすくんだ。
──夢で見た景色。
胸の奥が強く締めつけられ、一筋の涙が頬を伝った。
「…………」
「ヤコブさん……大丈夫ですか?」
「す、すみません。大丈夫です。目にゴミが入ったみたいです」
彼は苦笑してから
「先に戻っていますね」と言い残し、足早に去っていった。
春香は運河沿いを一人で歩き、
「なんだろう……胸騒ぎがする……」
石碑を見つける。
《終戦地》――そう刻まれていた。
「終戦……」
その瞬間、視界が揺らぐ。
「──!」
運河の向こうに、赤い炎が渦を巻く光景が一瞬だけ映り、春香は思わずしゃがみこんだ。
「どうして……初めて来た場所なのに……見たことがある気がするの……」
胸の奥に、不安と懐かしさが混ざり合う。
───
ヤコブはログハウスの椅子に腰を下ろし、深く息を吐いた。
(夢で見た光景と同じだ……。だが、ここに来たのは初めてのはず……)
頭を振り、気のせいだと自分に言い聞かせる。
(そういえば……さっき荷物を置いたが、部屋の中をちゃんと確認していなかったな)
立ち上がり、寝室の扉を開けた瞬間――
「……!」
目の前にあったのは、大きなベッドが一台だけ。
婚姻前なのだから部屋は分けるよう、確かに伝えてあったはず。
ヤコブの脳裏に、マタイの緩んだ笑みがよぎる。
(……あいつ、わざとか……)
眉間に手を当て、深く考え込む。
(さて……どうするか……)
続く
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