第6話 ヤコブのバッジの紛失
ある昼下がり。
春香が洗濯した軍服を畳んで持ってきたとき、ふと声を上げる。
「……あれ? ヤコブさん……軍服のバッジがありません」
「えっ……!」
ヤコブが慌てて近づき、確認する。
「昨日、洗う前に服から外して、ここの机に置いたのですが……」
春香が眉を寄せる。
「今見たら無くなってました……」
「大丈夫ですよ……上官に言えば新しいのを……」
(──! ヨハネ指導官に叱られるかもしれない……!)
心の奥で、ヤコブの表情に焦りが走る。
「屋敷のどこかにあるという事ですね……」
「少し待っていてください」
「モーセ来てくれ」
屋敷の中で待機していた小柄な鳩モーセがヤコブの肩に止まる。
「低空飛行で屋敷内を飛んでくれるか?」
コクリと頷き、ツバメのように床すれすれを飛んでいく。
ヤコブは深く息をつき、左目を覆うように手をかざした。
モーセの視界が流れ込んでくる。
テーブルの下の光景が広がる。
「きっと机に何か置いた時、床に落ちたのでしょう」
「モーセは低空飛行が得意なのでしばらく飛んでもらいます」
「すごいですね……」
春香はその横顔を見つめながら、小さく呟いた。
思わず一歩、彼に近づく。
「どんな感じで見えるんですか?」
「……左目はモーセの視界と繋がっているので、今は応接間の床が見えます」
「右目は……」
その瞬間、ヤコブがふっと視線を下げると──目の前に春香の顔。
「……っ!」
わずかに肩が跳ねる。
春香もまた、至近距離に驚き、赤くなって視線を逸らした。
「右目は……通常通り見えるので、今目の前の春香さんの事もちゃんと見えますよ」
「同時に十体のハトの視界を見ることも出来ますが、目と脳もすぐ疲れるのであまり使いません」
「十体の鳩の視界が見れるんですか?」
「災害の現場では全体を見て指揮しないといけませんからね」
「後は″拡張″といって、視界の力を強くする事ができ、遠くも鮮明に見ることが出来ます」
「しかし、拡張し過ぎると霊獣使いにも負担と、鳩達が怪我をすると、こちらにもダメージが来ます」
「なのであまり″拡張″は使わないです」
「霊獣使いってすごいですね」
ヤコブは少し照れた様子で視線をそらす。
「すぐ見つかるでしょう」
───
一時間後。
「見つからないですね……」
ヤコブはテーブルに肘をつき、少し落ち込む。
肩のモーセも同じようにシュン……と止まっている。
「そうですね……屋敷にしかないと思ったんですけど」
「あっ……そういえば昨日!」
春香が急に思い出したように声をあげる。
「軍服のバッジ外した後……ニコラが机の上にいたような……」
「ニコラですか?」
ヤコブは左目を隠す。
「……見つかりました」
少し咳払いをしてごまかすヤコブ。
──
鳩舎前。
ニコラがナナの巣から例の軍服のバッジをくわえて出てくる。
ヤコブは腕を組み、ニコラに指をさす。
「ニコラ! 一週間ご褒美はなしだ!」
ニコラは止まり木にシュン……と縮こまる。
「ふふっ……」
「ニコラがナナにプレゼントとしてあげようとしたんですね……」
春香が笑みを浮かべる。
「春香さん、すみません……迷惑をかけました」
「いえ……ヤコブさんが能力使っている所見れて良かったです。かっこいいなって思いました」
「春香さん……」
ヤコブは胸を撫で下ろしながらも、彼女の笑顔に思わず見惚れてしまう。
(なぜ……こんなにも彼女の笑顔にしまうのか……)
二人を包むように、茜色に染まる夕暮れが広がっていた。
続く




