第18話 火の中で
朝。
「いよいよ婚姻は明日ですね……」
春香は頬を紅くする。
「では行ってきます。春香さん」
頬にキスをした後、
ヤコブは振り向き、玄関前で春香をぎゅっと抱きしめる。
「ヤコブさん?」
「……なぜか……胸騒ぎがしました。夢のせいかもしれません……」
「夢……?」
「いえ……なんでもありません……」
「春香の今日の予定は?」
「商店街に買い物に行くくらいです」
一瞬……ヤコブは嫌な予感がしたが……春香の行動を自分の夢のせいで縛りたくなかった。
「……なら大丈夫そうですね……行ってきます」
夢の中の亡くなった女性の姿が浮かび、一瞬切ない表情をした。
──
昼の街。
街の警備中のヤコブとマタイ。
マタイはニヤリと笑う
「いよいよ……ヤコブさんも結婚ですね。おめでとうございます」
「ありがとう」
「やっぱりログハウスの部屋一つで良かったと思いませんか?」
「……そういえば……」
じろりとマタイを見る。
「私は婚姻前に彼女に手は出さない」
「えっ!?……ヤコブさん本当ですか?……今どき真面目すぎです!」
「それぐらい大切な人なんだ。彼女は――」
その時、バサッと空を裂く羽音。
上空から一羽の伝書バトが舞い込み、赤い封筒を落とした。
「──! 本部からの緊急連絡……!」
慌てて封を切ったヤコブの顔が険しくなる。
「街の火災だと!? しかも……屋敷の近く……!」
すぐさま、走り出す
「春香さんを守らねば……!」
───
その頃、春香は商店街で買い物をしていた。
かごいっぱいに野菜や果物を詰めながら、小さく微笑む。
(今夜はシチューにしよう。ヤコブさん、きっと喜んでくれる……)
その時。
遠くから黒煙が立ち上るのが見えた。
「え……?」
人々がざわめき始め、悲鳴が響く。
「火事だ! あっちの商店街だ!」
はるかが視線を向けた先で、炎が店を包み込んでいた。
驚きのあまり、かごを取り落とす。
ころん、と赤いりんごが石畳を転がった。
「助けて! 助けて!」
炎と煙の中で子どもの泣き声が響く。
「救助隊はまだか!」「霊獣は!? まだ来ないのか!」
大人たちの叫びが遠くで聞こえる。
(このままじゃ……間に合わない!)
春香は迷わず建物の中へ駆け込んだ。
階段を駆け上がり、震える子どもを見つける。
「君! 大丈夫!? こっちに来て!」
しかし子どもは恐怖で窓の前から動けない。
春香は子どもを抱きしめ、耳元で囁いた。
「大丈夫……一緒に降りよう。怖くないよ」
その瞬間、黒い煙が押し寄せ、喉を焼く。
「げほっ……! けほっ……!」
視界が真っ暗に揺らぎ、意識が遠のく──。
──
運河のほとり、戦旗がはためいていた。
「ミルカ! お前の配置はどこだ?」
「私は……最前線だよ」
「……俺は救助隊だ。一番後ろで待機だ……」
「一番遠いね」
「ミルカ! この戦争が終わったら……伝えたいことがある!」
「私も……同じだよ」
ドラの音が鳴り響く。
「最後の決戦が……始まる!」
「じゃあ、また後でね」
「ヤコブ!」
──これは……いつもの戦争の夢?
″ヤコブ″……?……同じ名前……顔は違うのに……同じ温かさが胸に響く……。
──
「春香! しっかり!」
濃い煙の中、力強い声が届く。
意識を取り戻すと、すすにまみれた軍服姿のヤコブがいた。
「子どもは救助した! 残るは君だけだ!」
──ゴゴゴッ!
天井が崩れ落ちる音。
「──!」
「必ず君を守る! 絶対に死なせない!」
次の瞬間、ヤコブは春香を抱き上げ、崩れる屋根をかいくぐりながら窓へ。
「しっかり捕まっていろ!」
炎に照らされ、彼の瞳がまっすぐ自分だけを映す。
ヤコブが春香を抱え、三階の高さから飛び降りる。春香の顔を胸にしっかりと寄せる。
──ドスッ!
「くっ……!」
右足に激痛が走るが、ヤコブは春香を強く抱き寄せ、衝撃を受け止めていた。
「ヤコブさん!」
「……春香、大丈夫ですか」
自分より先に、彼は春香の顔を覗き込んでいた。
「私は……大丈夫です! でもヤコブさんの足が……!」
「骨折で済んだなら……安いものです」
痛みに顔を歪めながらも、彼はかすかに笑った。
「君を失うよりは、何百倍もいい」
春香の胸が熱くなる。
(……どうしてこんなに、まっすぐで優しいの……)
「火災元は三階の右奥だ!消火隊急げ」
マタイはフクロウを飛ばし叫ぶ!
その時、空から雨が降り始めた。
「水竜だ!」「消火隊が来たぞ!」
炎は次第に鎮まり、街に安堵の声が広がっていく。
「……もう少し、このままでもいいですか」
「……はい」
ヤコブは肩を貸すように春香を抱き寄せた。
続く




