第16話 救えなかった後悔
ヤコブは汗をかき、夢でうなされていた。
──
焼け焦げた大地を背に、青年はミルカを抱えていた。
「お前のこと、好きだったよ……」
「生まれ変わったら、絶対お前を見つけ出す」
腕の中のミルカは、もう息をしていなかった。何度呼びかけても、目を閉じたまま。手は冷たく、ただの肉体だけがそこにあった。
青年はその身体を抱えたまま、ふらりと立ち上がり、そして──崩れ落ちた。
「おい……大丈夫か?」
ふわりと肩に不死鳥が降り立つ。
「……俺は救護班なのに……間に合わなかった……」
「……お前……」
「一番大切な人を……俺は救えなかった……」
「大戦が始まる前にミルカに婚姻を申し込んでいたら……この髪飾りを渡していれば……結果は違ったか? 俺が一緒に生きてほしいと願えばよかったか……?」
涙が止まらない。
「……ミルカと火竜は戦闘能力が高い。お前が想いを伝えたとしても、軍の意向で最前線に配置されていた……」
「俺は彼女と一緒に生きたかった……婚姻して、幸せに暮らしたかった……うぅ……」
その時、軍の咆哮が響いた。
「我々サハラは北カナンを統一した! 戦争は終結したぞ!」
「これで戦死した者も救われる!」
「……はぁ?……」
青年の声は怒りに震えた。
「……何が救われるだ……ふざけるな……この戦争で何百人死んだと思ってる……俺達、救護班がどんな思いで……!」
ミルカを抱いたまま、指揮官の方へ歩き出す。
不死鳥が必死にローブを引っ張った。
「お前! 馬鹿か! そんなこと上官に言ったら殺される! やめろ!」
「……」
「お前が上官に歯向かったところで、ミルカは生き返らない!」
ピタリと足が止まる。
「……わかってる……マリア……本当はわかってる」
ミルカの顔をもう一度見つめる。
そこへ、ミルカの霊獣・火竜バビロンが舞い降りた。
「火竜バビロン……」
「……」
「……ミルカはお前のことを……」
火竜の胸に、ミルカの笑顔が浮かぶ。
『俺があの青年に好いていると伝えてやろうか?』
『こらこら! やめて!』
『この戦争が終わったら、告白するの!』
「……」
火竜は目を伏せた。
「どうかしたか?」
「いや……なんでもない」
「ミルカの分も生きてくれ。俺は契約が切れた……元の住処に戻らなければならない」
そう言うと、火竜はミルカの額に頬を寄せる。
「ミルカ、さようなら。俺の相棒になってくれてありがとう」
そして青年を見つめた。
「……ミルカはお前のおかげで、戦時中だったが毎日が活き活きしていた。あの子に楽しい時間をくれてありがとう」
微笑んだ火竜は、光となって消えた。
──
その後、戦死者たちは王都の一等地に葬られた。国は彼らに名誉を与えたが、ヤコブの胸は空っぽだった。
終戦から一年。
運河のほとりに建てられた記念碑に、青年は花を添えた。
整備された跡地には、いつの間にか小さな村ができていた。
「おや、お兄さん。王都の人かい?」
「えぇ……」
「この運河の石でアクセサリーを作ってるんだ。好きな人に贈ると、想いが届くって評判でね」
「……好きだった子は……もう……」
「わりぃな、軍人さんだったのか……話、聞こうか?」
青年は小さく頷いた。
「渡せなかったんです……戦争が終わったら婚姻を申し込むつもりでした」
懐から、髪飾りを取り出す。
「これは……貴重な宝石が使われているねぇ……」
「……王都で購入した物です。良ければ、この先、誰かが求めたら渡してください」
「……わかった。この店を続けていくよ。誰かがその飾りを必要とするまで」
「ありがとうございます」
「……あんた、名前は?」
「……俺の名前は、ヤコブです」
──
やがて、ヤコブは不死鳥使いとして名を馳せた。彼が終戦後、現場に立つとき、誰一人として死ななかった。
けれど、彼は生涯独身を貫き、すべての縁談を断った。
七十を過ぎ、老衰の中で静かに息をしていた。
「……俺の回復魔法は老いには効かないんだ……わりぃな……」
「……いや、良いんだ。マリア……ありがとう。俺の霊獣になってくれて」
「……俺達霊獣は長生きだけど、人間の寿命は短いな……」
「そうだな……俺はここで死ぬけど、お前の回復魔法で、これからもいろんな奴を助けてくれ」
「わかった……」
ヤコブはそっと目を閉じる。
(次に生まれ変わったら……ミルカの生まれ変わりと出会いたい……)
(……そうだ……次もヤコブと言う名前で生まれ変わりたい……同じ名前なら君は俺だと気づいてくれるかな……)
(今度こそ、二人で幸せに……)
不死鳥がヤコブの頬に顔を寄せる
「お疲れ様。……お前、いい霊獣使いだったな。今度は幸せになれよ」
──
そして現在。
伝書バト使いヤコブは、夢から覚めた。
頬に涙が伝う。
「長い夢を見ていたみたいだ……」
寝室を出ると、明るい声が響いた。
「ヤコブさん、おはようございます」
春香が笑顔で振り返る。
「よく寝れま──」
力強く、ヤコブは春香を抱きしめた。
「……」
「ヤコブさん……?」
「……このまま、しばらく抱きしめさせてください」
春香はそっと背中に手を回した。
ヤコブは、前世のすべてを思い出したわけではない。けれど春香こそ、ミルカの生まれ変わりではないかと、心のどこかで感じていた。
「……このまま、安全な屋敷にいてほしいと願ってしまいます」
「ヤコブさん……」
彼はふっと笑う。
「冗談です。それだけ……あなたが大切ということです」
「春香さん、そろそろ婚姻の準備を始めましょうか」
続く




