第15話 前世の夢
夜中。春香は浅い眠りの中で、苦しげに身をよじっていた。
戦争の夢を見ていた
───
視界に広がるのは、煙に覆われた戦場。
地に伏す霊獣使いの仲間たち。
指揮官の怒号が響いた。
「おい!ミルカ! さっさと火竜で対岸を焼き払え!」
命令に逆らえず、ミルカは震える声でつぶやいた。
「……最大火力で……お願い。苦しまないように、一瞬で……」
「……わかった。ミルカが望むなら」
火竜が咆哮を上げ、空気が灼熱で震える。
轟音と共に、炎の奔流が大地を覆い尽くした。
一瞬で対岸は紅蓮に包まれ、人影は次々と飲み込まれていく。
立ち昇る黒煙。焼け焦げた肉の匂い。
残るのは断末魔の悲鳴だけ。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……」
ミルカの唇から震える言葉が漏れた。
「私が命じたせいで……カナンの霊獣使いたちは……」
「だが、戦は終わった。これからは――」
火竜が言いかけた瞬間。
「普通になんか暮らせないよ! ごめん一人にして」
(私は……たくさん人を殺した……)
(幸せになんて……なれるわけがない……)
火竜は黙ってその場を立ち去る。
──その時。
振り返る間もなく、黒光りする大蛇が飛びかかり、ミルカの首筋に牙を突き立てた。
「──っ!」
焼けつく痛みが首元を走る。
全身が痺れ、視界が揺れる。
川面を割って現れたのは、黒衣の女だった。
肩に巻きつくのは、まだ血を滴らせる巨大な毒蛇。
女の瞳は狂気と絶望に濁り、声は憎悪に震えていた。
「私の婚約者は……お前の炎で、目の前で焼き殺されたのだ……!」
「この人殺しがッ!!」
(あなたの大切な人を奪ってごめんなさい……)
(バチが当たったんだ……)
(私が殺したんだ……たくさん……)
刹那、命が燃え尽きていく感覚に襲われる。
視界が霞み、体から力が抜けていく。
「早く! 不死鳥使いを呼べ!」
火竜が叫ぶ!
(……あぁ……最期に……彼に会いたかったな……)
「クソ! 血が止まらない!」
(戦が終わったら、一緒に旅をしたかった……)
「まだ来ないのか!!」
「こちらに向かっている!!」
震える意識の底で、ミルカは最後の願いを吐き出した。
「私……普通の女の子みたいに……恋してみたかったな……」
「──ミルカ!」
遠くから彼の声が聞こえた気がした……。
生まれ変わったら、また私を探して……。
今度こそは……あなたと結ばれたい。
───
「いやぁっ!!」
春香は叫び声と共に飛び起きた。
全身は冷たい汗に濡れ、息は荒く、心臓が胸を突き破りそうに脈打っている。
「……私……人を殺したの?」
「私……恨まれて殺されたんだ……」
胸が張り裂けそうになり、春香は裸足のまま廊下を駆けた。
ヤコブの部屋の扉を叩き、震える声で叫ぶ。
「ヤコブさんっ……!」
しばらくして、扉が静かに開く。
髪を下ろしたヤコブが現れ、心配そうに眉を寄せた。
「春香さん……どうかしましたか?」
春香は言葉にならず、ただ「ごめんなさい……」と泣きじゃくり、その胸に飛び込んだ。
ヤコブは驚きながらも、そっと背中に腕を回し、優しく抱きとめる。
「夢……なのに……すごくリアルで……」
「私……前世で……人を殺してたのかもしれない……」
嗚咽交じりの声に、ヤコブは黙って耳を傾けていた。
やがて、落ち着いた低い声で語りかける。
「……この世界でも、過去に大戦はありました。霊獣も、人も、戦争の道具として使われたのです。
だからもしあなたがその時代に生きていたなら……そういう夢を見ることも、あるのかもしれません」
春香は怯えたように顔を上げる。
ヤコブはまっすぐにその瞳を受け止め、言葉を重ねた。
「それでも――私は変わりません」
「たとえどんな過去を背負っていても、私は今の春香さんを愛しています」
春香の目から新しい涙がこぼれ落ちる。
ヤコブはその頬をそっと拭い、静かに微笑んだ。
「あなたの手は、今こうして人を抱きしめられる。優しい手です。だから大丈夫」
「……ヤコブさん……」
春香は嗚咽を漏らしながらも、少しずつ呼吸を整えていく。
やがて力を抜き、彼の胸に顔をうずめた。
「眠れるまで、そばにいます」
ヤコブは囁き、灯りを落とした。
静かな夜の中、春香の震えは次第におさまり、やがて小さな寝息が響き始める。
ヤコブはその髪を優しく撫でながら、ただ静かに寄り添い続けた。
───
カーテンの隙間から、淡い朝日が差し込んでいた。
春香は重たいまぶたを開ける。胸の奥のざわめきは嘘のように静まり、昨夜の悪夢が遠い記憶のように感じられた。
すぐ近くに人の気配がする。
そっと視線を動かすと、ヤコブが背を向けて立っていた。
長いローブを脱ぎ、シャツを肩にかけているところだった。
広い背中の筋肉の線が、朝の光に浮かび上がる。
思わず春香の頬が熱くなる。
(……昨夜は泣いてすがってしまったのに。今度は私が、こんな風にドキドキしてるなんて……)
ヤコブが振り返る気配に、慌てて布団を引き寄せた。
「おはようございます、春香さん」
「昨日は……よく眠れましたか?」
春香は少し視線をそらしながら、ぎこちなく笑った。
「……はい。ヤコブさんのおかげで」
言葉にした途端、また顔が赤くなる。
ヤコブは気づいているのかいないのか、変わらぬ穏やかな微笑みで答える。
「それならよかった。――今日はゆっくりしてください。心が落ち着くまで」
春香は小さくうなずいた。
けれど胸の奥では、昨夜の涙と今のときめきが入り混じり、複雑な温かさに包まれていた。
(そういえば……私火竜と話してた……)
(あの夢……私の前世って霊獣使いだったの?)
(私……この世界で生きていたの……?)
続く




