第12話 ハリケーン襲来
ハリケーン襲来の予知夢が、霊獣管理協会本部に届いた。
この国では災害が起きる前に霊獣が災害の被害を予知する事が可能、行動する事により、被害を最小限に押さえる事が出来る。
瞬く間に室内の空気が張り詰める。
「……この時期が来たか」
「被害予想は?」
「二日後。海街マルメイユに満潮と同時に上陸予定。住民およそ五百人に被害の恐れ!」
「──っ!」
「指揮官は現地で避難誘導にあたれ! 救助隊は馬を使い、直ちにマルメイユへ向かう!」
「出発は一時間後! 総員、支度せよ!」
指揮官ヨハネの声が響き渡る。
「さらに、復旧作業を考えれば滞在は三週間近くに及ぶ。家族のいる者は、一度帰宅を許可する!」
ざわめく隊員たちの中で、ヤコブは一瞬だけ目を伏せた。
(……春香さんは、大切な人だ。だが……まだ婚姻前。家族とは呼べない……)
その迷いを見透かしたように、ヨハネが低く告げた。
「ヤコブ。お前にとって本当に大切な者がいるなら、帰ってやれ」
ヤコブははっと顔を上げ、深く頭を下げる。
「……ヨハネ指導官……ありがとうございます!」
──
ヤコブは慌ただしく支度を終えると、ほとんど駆け足で春香のもとへ向かった。
「ヤコブさん……おかえり──」
声をかける間もなく、彼は春香をぎゅっと抱き寄せた。
「春香さん……三週間、ここを離れます。ハリケーンで被害が出る街の住民を避難させ、復興の手伝いもしなければなりません」
「三週間も……」
一瞬不安の色が浮かんだが、春香はすぐに顔を上げた。
「……分かりました。ヤコブさん、どうか気をつけてください」
その強い眼差しに、ヤコブの胸が熱くなる。
「……はい。必ず戻ります」
「五日間は……きっと連絡は取れないでしょう。一週間ほど経てば、手紙を飛ばせると思います」
ヤコブの低い声に、春香は小さく頷いた。
「……わかりました」
「今回はナナを置いて行きます。長期間の任務は苦手なので……」
沈黙ののち、春香が小さな声で口を開いた。
「……お願いがあります」
「お願い?」
「落ち着いてからでいいので……仕事が終わった夜に……ナナを通して、私を見守っていただけませんか?」
ヤコブは目を瞬かせ、そして苦笑する。
「……覗いているようで、悪い気がしますが」
春香はかすかに赤くなり、首を振った。
「それでも……。遠くても、繋がっていたいんです」
その真っ直ぐな気持ちに、ヤコブは深く頷いた。
「分かりました。夜……二十二時頃……あなたを見守ります」
ふたりはそっと視線を合わせる。
言葉にできない想いを伝えるように、ヤコブは春香を抱き寄せ、深く、長く口づけを交わした。
離れたくない気持ちが、唇の熱に宿る。
やがて彼は名残惜しそうに身を離し、真っ直ぐな眼差しで言った。
「……では、行きますね」
春香はぎゅっと胸の前で手を組み、震える声で答える。
「……気をつけてください」
扉が閉まる音が響くまで、春香の視線は彼を追い続けていた。
続く




