第2話:竜の智慧、人の選択、王国の礎、歪んだ調律 -4
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建国宣言から数日。
王都と名付けられたかつての集落は、熱狂に包まれていた。
遠方から集まった人々が、活気に満ちた声を上げ、新しい生活への期待に胸を膨らませる。
移住してきた民は、それぞれが自分たちの持ち場を見つけ、新たな王都の建設に貢献しようと奮闘していた。土を運び、石を積み、木材を加工する音が、朝から晩まで響き渡る。
王国全体の人口は、瞬く間に約2万人規模に拡大した。
王都の再建は、昼夜を問わず続けられた。
埃と汗にまみれた人々は、しかしその顔に疲労よりも確かな希望を宿していた。
かつての集落を取り囲むように、巨大な城壁の建設が始まった。地響きを立てて運び込まれる巨石は、民の結束の象徴だった。重労働にもかかわらず、人々は文句一つ言わず、額の汗を拭いながら作業に打ち込む。
それは、かつての絶望を知る彼らが、二度と飢えと魔族の脅威に怯えない、確固たる生活を築こうとする強い意志の表れだった。
衛兵隊は、ゲオルグの指揮のもと、増強され、城壁の上には新たな見張り台が次々と築かれる。道は縦横無尽に走り始め、物資の流通が格段にスムーズになった。
市場は活気に満ち、各地から集まった商人が品物を並べ、賑やかな声が響き渡る。新鮮な作物や加工された保存食、遠方からの珍しい品々が並び、人々は笑顔で買い物を楽しんだ。
王都の中心には、神聖教団の教えを広めるための壮麗な神殿が建立され始めた。
その白い大理石は、太陽の光を反射して眩しく輝く。
建設には、周辺集落から集まった多くの民が労を惜しまず参加し、その姿は信仰の篤さを物語っていた。彼らは、神々の恩恵によってこの国が築かれることを信じて疑わなかった。
神殿の建設現場では、アブラハムが自ら指揮を執り、民衆に神々の教えを説きながら、作業の効率化を図っていた。彼の声は、熱心な信者の耳に、より深く響いた。
私は、国の発展のために、今後は、統一通貨(王国の紋章が刻まれた銀貨)の導入や、基本的な法体系、統治機構の確立目指さねばならない、と心に誓った。
官僚のハンスは、王の命を受け、各地の法や慣習を調査し、統一されたシステムの基盤を築き上げた。彼の書庫には、新たな法典の草案が山と積まれていた。ハンスは寝る間も惜しんで書簡を読み込み、王の理想を形にしようと奮闘する。彼の目には、新たな王国を形作るという、知的な情熱の光が宿っていた。
アズィーズは、これらの「合理的」な社会システムについて、常にわたしに助言を行う。
彼の言葉は、常に「民の安寧のため」という大義を伴っていたため、私はそれを疑うことなく受け入れた。
アズィーズは、王都の地下に大規模な地下システムが整備されていく過程を注意深く見守っていた。
それは、単なる水路や物資の貯蔵庫に留まらず、後の調律者の拠点の一部となる、強固な基盤であった。
神聖教団の勢力も拡大し、教皇アブラハムは、アズィーズの教えを基に、人々に信仰心と秩序をもたらした。
彼の説く教義は、王国の法と結びつき、人々の心に、見えざる規律の網を張り巡らせていくかのようだった。
朝夕の祈りは欠かさず行われ、教会の鐘の音が王都に響き渡る。神々への信仰は絶対的なものとなり、人々の心は平穏に満たされていった。
王都は、まるで巨大な一つの生命体のように、整然と機能し始めた。その営みは、まるで誰かに制御されているかのように、淀みなく流れていく。人々は朝早くから働き、夕方には家族のもとに戻り、感謝の祈りを捧げる。
その生活は、以前の飢えと恐怖に比べれば、まさに楽園そのものだった。
◇◆◇◆◇
アルテア一世アーダルベルトの治世は安定し、王国の礎が盤石になる。人々は繁栄を享受する。彼らは神々の恩恵と、王の偉大な功績を称え、日々を暮らした。
しかし、その裏で、人々の「自由」が徐々に管理されていったのではないか。
アーダルベルトは自身の功績に満足し、人類の未来を信じて逝く。彼の死は、黎明の時代の終結と、新たな時代への移行を告げる鐘の音でもあった。
彼の偉大な功績は、古文書に深く刻み込まれ、後世へと語り継がれていく。
だが、その裏に隠された真実を知る者は、誰もいなかった。
古文書のページを閉じる。
目の前に広がるアーダルベルト王の治世、その始まりは、飢餓と絶望に苦しむ民を救う、まさに「奇跡」としか呼びようのない光景だった。アズィーズがもたらした水と技術、そして神々の恩恵。それは、人々にとって疑いようのない救済だっただろう。
しかし、古文書の次のページを捲った時、私の心臓は不気味な音を立てた。
そこに記されていたのは、巫女イザナギの記録だ。彼女が感じ取ったという「大地の悲鳴」、王都から忍び寄る「不自然な水の淀みや植物の枯死」、そして「清らかな霊気を乱す冷たい波動」。
それは、アーダルベルト王の集落が繁栄する裏で、ガイアの生命が蝕まれていた証ではないだろうか。
イザナギの言葉は、長老たちには「迷信」として退けられた。
彼らは、目の前の豊かな収穫と、神々の庇護を信じ、その裏に潜む代償を見ようとしなかった。
この「盲目さ」こそが、私を深く困惑させる。
なぜ、人々はこんなにも容易く、真実から目を背けたのだろう?
さらに、竜の一族の記述が私の考察を深める。
アクアムンドゥスが語る「この星の歪み」、ルキウスが感知した「不自然な鉱物採掘による地脈の乱れ」、シエラが記録した「大気の不調和な流れ」。
これらは、王国の繁栄が、自然の摂理を無視した「効率」の追求によって得られたものであり、その結果としてガイアが傷つけられていたことを明確に示している。
そして、その全てが、アズィーズによって「誘導」された結果なのだとしたら?
人々の善意、王の願い、学者の探求心……その全てが、見えざる手に操られ、調律者の壮大な計画の歯車として組み込まれていったのだとしたら、これほどの皮肉があるだろうか。
私は、玉座から立ち上がり、窓の外、夜の帳に包まれた王都を見つめる。復興の槌音は、今も変わらず響いている。
しかし、その活気の中に、イザナギが感じた「淀み」、竜の一族が警鐘を鳴らした「歪み」が、今も潜んでいるのではないか。
この王国は、確かに輝かしい繁栄を築き上げてきた。
しかし、その輝きが、私たちを縛る見えざる鎖であったのだとしたら?
私は、この螺旋を必ず断ち切る。過去の祖先たちが選び取った道ではない、真の自由と多様性が共存する未来を、このガイアに築き上げる。
私の決意は、夜空に瞬く星々のように、静かに、しかし確固たる光を放ち始めた。この探求の先に、真の夜明けが待つことを信じて。
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