第2話:竜の智慧、人の選択、王国の礎、歪んだ調律 -1
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私の祖先アーダルベルトは、水という生命の源と、奇跡の技術の断片を得て、わずか数ヶ月で集落を驚くべき速度で繁栄させた。
しかし、古文書の次のページを捲ると、その繁栄の裏で、見えざる歪みがガイアを蝕み始めていたことが記されている。記録に現れる、竜の一族と巫女。彼らは、その歪みに気づき、警鐘を鳴らしていたという。だが、その声は、繁栄に酔う人々には届かなかった。
玉座に座る私の脳裏には、現在のミネルヴァからの報告が蘇る。
砂漠の都市で観測された「不自然な調律」現象、人々の感情が抑制されたかのような異変。
そして、アークナイツが各地の竜鱗族やエルフの里で経験した、不自然な環境の変化や、古き知性体による創造の伝承。
それは、遥か昔、アーダルベルトの時代に始まった「歪み」の延長線上にあるのではないだろうか。
私は、過去の記録に目を凝らす。祖先たちの選択が、いかにこの世界の「調律」を深めていったのか。
そして、その中で、見過ごされた真実の「智慧」とは何だったのか。私の指先が、古文書の古びた紙面を静かに滑る。
◇◆◇◆◇
王歴十五年。アルテア一世アーダルベルトの集落が急速に発展していく中、人類の営みから遠く離れた地で、巫女のイザナギは、大地の悲鳴を感じ取っていた。
彼女の集落は、まだ数百人規模に留まり、自然と調和した古き生活を守っていた。
清らかな湧き水が流れる小川から水を汲み、豊かな森の恵み享受し、狩猟で得た獲物を分かち合う。彼らは夜には満天の星空を見上げ、古の神々や精霊を畏れ敬い、自然の摂理に従って生きていた。
イザナギの日課は、夜明けに湧水を汲み、日の出とともに森の木々に祈りを捧げることだった。彼女の祈りは、風に乗って遠くまで届くかのように、清らかな響きを持っていた。
しかし、その平穏は、西の地から忍び寄る不穏な気配によって、次第に乱されていった。
アーダルベルト、アルテア一世の集落がある西の地から、不自然な水の淀みや植物の枯死が報告されるようになる。
最初は些細な変化だった。小川の魚が減り、森の奥で聞こえる鳥のさえずりが、どこか悲しげに聞こえるようになった。川面に映る空の色は濁り、かつては透き通っていた水底の小石も見えなくなった。
やがて、大地は微かに震え、風に乗って奇妙な「澱み」の気配が運ばれてくる。
それは、まるで淀んだ水のように、清らかな霊気を乱す波動だった。
アズィーズがもたらす「効率」の裏で、ガイアの生命力が削られていることを、イザナギは霊的に感知していたのだ。
その波動は冷たく、生命の循環を無視した、まるで計算された不調和のようだった。彼女の霊感は、その淀みが西から広がり、大地に深く根を張りつつあることを告げていた。
「大地が嘆いていらっしゃる…西の地から、不自然な力が流れ込んでいる…。このままでは、木々が枯れ、川が死に、我らの命も危うくなります。」
イザナギは、集落の長老にそう告げた。その声には、悲痛な響きが含まれていた。
しかし、長老は眉をひそめ、首を振った。
「イザナギよ、神々の恩恵を受けているというのに、そのような不敬なことを口にするでない。
西の地の集落は、神の使者アズィーズ殿の導きにより、奇跡の繁栄を遂げているというではないか。
我らの地が安寧であるのも、神々の御心ゆえ。お前は、迷いすぎだ。」
長老の言葉は、イザナギの心を深く冷やした。
彼の瞳には、信仰に対する揺るぎない確信が刻まれている。
人々は神々への盲信に囚われ、目の前の「恵み」だけを見て、その裏に潜む代償を見ようとはしなかった。
古き智慧が、新たな信仰の影に隠されていく。
イザナギは、自分が感じている真実が、誰にも理解されない孤独に苛まれていた。夜空に輝く星々も、かつてはガイアの摂理を映し出す鏡であったはずなのに、今はただ遠く、無関心に見えた。
ある夜、イザナギは、長老の言葉に抗い、自らの霊感を頼りに森の奥深くへと足を踏み入れた。
森の最も深い場所、古き契約の木々が天を衝く聖域に、異質な霊気の源を感じたからだ。月明かりが木々の間から差し込み、神秘的な影を作り出す中、そこで古の存在とされる竜アクアムンドゥスと邂逅する。
彼の姿は水の精霊のように透き通り、その瞳は世界の真理を見通すかのように澄んでいた。
その体は、まるで清流そのものが形を得たかのようであり、彼の周囲には常に微かな水の音が響いていた。
アクアムンドゥスは、水竜族の長老であり、その一族は約80体規模で水脈や海洋に分散して存在していた。彼らは遥か昔からガイアの生命の循環を見守る存在だった。
「ヒトの子よ、お前が感じているものは、この星の歪みだ。神と名乗る存在がもたらす『秩序』は、この星の摂理を蝕んでいる。」
アクアムンドゥスは、静かにそう語った。
彼の言葉は、イザナギの心に深く響いた。
彼は、神族による人類への「管理」が自然の摂理を歪めていることに気づき、イザナギを通じてアルテア一世に「自然と調和した持続可能な智慧」(過剰な開墾を控え、森の恵みを循環させる農法、生態系を尊重した資源採集、など)を提示するよう助言した。
「神は、人の手で成されぬ奇跡を望む。だが、この星は、自らの力で息づいている。ヒトよ、その道を誤るな。」
アクアンドゥスの声は、澄んだ水の調べのように響いた。彼の言葉は、まるで千年の時を経てきた重みを持っていた。イザナギは、その瞳の奥に、人類の未来に対する深い憂いを感じ取った。
この同じ時期、アルテア王国の東方、険しい山岳地帯では、土竜族の若き戦士ルキウスが、不自然な鉱物採掘による地脈の乱れを感知し、その地の長老たちに警鐘を鳴らしていた。
鉱山から流れ出す濁った水は、麓の川を汚染し、動植物に影響を与え始めていた。
ルキウスは、大地が呻くような振動を感じ取り、その原因が人類の過剰な採掘にあることを訴えた。
彼は、自らの部族の民が新たな富に浮かれている一方で、大地が病んでいることに耐えられなかった。しかし、彼らの警告は、新たな資源の恩恵に酔いしれる人類には届かなかった。
北方、高空を舞う風竜族の伝令シエラもまた、大気の不調和な流れを察知し、その変化を密かに記録し始めていた。かつては予測可能だった風の流れが乱れ、不意の嵐が吹き荒れるようになったのだ。
竜の一族は、それぞれのテリトリーで進行する不自然な現象に、深い憂いを抱いていた。彼らは、人類の進歩が、ガイアの生命そのものを脅かしていることに気づいていたのだ。
しかし、彼らは直接的な介入を避け、あくまで「観察者」としての役割に徹していた。彼らは、人類が自らの選択によって、より大きな災厄へと向かっているのを、静かに見守るしかなかった。
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