第1話:女王の問い、過去への眼差し -3
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失われた千年史 22時、23時
王歴元年。
集落に水が満ち、人々の間に希望が芽生えて数ヶ月が経った。
その日以来、集落は以前にも増して活気に満ちていた。
人々は朝早くから井戸に集まり、清らかな水を汲み上げる。子供たちは水たまりで遊び回り、その無邪気な笑顔が、集落の新たな象徴となった。
しかし、アーダルベルトの心には、まだ拭いきれない不安が残っていた。満たされた井戸の傍らで、彼は痩せ細った畑を眺める。水はあっても、荒れ果てた土壌では作物は育たず、飢えの影は依然として集落にまとわりついていた。民はまだ、数少ない蓄えと、細々とした狩猟で食いつないでいる状況だ。
「長、このままでは冬を越せません。水だけでは……」
若き狩人フレイヤが、憔悴した顔で訴えた。彼女の弓は相変わらず獲物を捕らえきれず、その目には再び絶望の色が滲んでいた。
そして、魔族の襲撃は止まない。
日ごとにその頻度と規模を増し、探索に出た若者たちが命を落とすたびに、集落は悲しみに沈んだ。
魔族の尖兵ジャバーが率いる下級魔族の群れは、飢えた獣のように集落の食料を狙い、わずかな収穫さえも奪い去っていく。
若き騎士隊長ゲオルグは、自身の剣技の未熟さを痛感していた。
彼は、集落の防衛線で魔族と対峙するたび、その圧倒的な数の前に、無力感を覚えた。集落が人口約2,000人規模に拡大したことで、防衛の重要性は増すばかりだ。
彼は集落の周囲に新たな見張り台を築き、疲労を滲ませながらも、夜間の巡回を欠かさなかった。彼の目に映るのは、魔族の襲撃に怯える民の顔、そして、その命を護りきれない自身の不甲斐なさだった。衛兵の中には、魔族の襲撃で家族を失い、憎悪を瞳に宿す者もいた。
「アズィーズ殿。水は、確かに恵みをもたらしました。民の喉の渇きは癒えましたが、民はまだ飢え、魔族の脅威に怯え続けています。この集落に、真の安寧をもたらすには、どうすれば……」
アーダルベルトは、広場の中心に立つアズィーズに問いかけた。彼の声には、民を思う切なる願いが込められていた。
希望を見出した民の長として、彼はこの問いを、神に縋るように投げかけた。その言葉には、切迫した焦りが含まれていた。
アズィーズは静かに目を閉じ、大地の声に耳を傾けるように佇む。
その顔には感情の機微は読み取れない。彼の周りには、好奇の目を向ける民衆が集まっていた。
やがて、その瞳をゆっくりと開いた。
「真の安寧は、秩序の中に宿る。この集落の東、古の森の奥深くに、星の恵みが眠っている。それを掘り起こせば、お前たちの知恵は広がり、やがて真の繁栄をもたらすだろう。」
アズィーズの言葉は、まるで揺るぎない真理を語るかのようだった。その声は静かで、しかしアーダルベルトの心に深く響いた。
それは、渇きを潤す水のように、彼の胸の奥に染み渡った。
「森の奥深く、ですか? しかし、そこは魔獣の巣窟……」
ゲオルグが、不安げな声を上げた。彼の顔には、新たな危険への警戒が滲んでいた。
「恐れることはない。信じる心があれば、道は開かれる。」
アズィーズの言葉は、ゲオルグの不安を一蹴した。
アズィーズの言葉に、アーダルベルトは一縷の望みをかける。
彼はすぐに資源探索隊を組織し、自らも若き騎士隊長ゲオルグを伴って東の森へと向かった。
森の奥深くは、日の光も届かぬほど鬱蒼と茂り、湿った土の匂いと、朽ちた葉の香りが入り混じる。木々の間からは、不気味な魔獣の唸り声が聞こえ、ゲオルグは警戒を怠らず、剣の柄を強く握りしめた。彼の瞳は、暗闇の奥に潜む脅威を鋭く見据えていた。
フレイヤも、斥候として先行し、危険な気配がないかを探った。彼女の動きは、以前よりも格段に俊敏になっていた。
数日の探索の末、蔓に覆われた古びた石碑を発見する。
苔むした石の表面には、風雨に晒された痕跡が刻まれ、その歴史の長さを物語っていた。
その表面に刻まれた文字は、アーダルベルトの知るいかなる文字とも異なっていたが、微かに輝く光を放っていた。その光は、古代の叡智がそこに眠っていることを示唆しているかのようだった。
アーダルベルトが慎重に蔓を取り除くと、石碑の裏側には、緻密な図形が浮かび上がった。それは、簡易な灌漑システムや加工機械、そして食料保存法の設計図を示すものだった。当時の人類の技術レベルを遥かに超える、精緻な構造図だった。
「これは……!神々の啓示か!?」
探索隊の民衆は歓喜の声を上げ、その場にひざまずいた。彼らにとって、それは再び現れた「奇跡」の証だった。アズィーズもその場に現れ、流暢な言葉で石碑の文字を解読し、効率的な運用方法を助言する。
彼の声は、複雑な技術的な概念を、あたかも神託であるかのように人々に浸透させていく。
人々は彼の言葉を疑うことなく、ただひたすらに、その教えを吸収していった。衛兵たちは、畏敬の念を込めて石碑を見つめた。
「クラウス!この設計図を参考に、新たな灌漑システムを築け!そして、この加工機械を再現するのだ!」
アーダルベルトは、興奮した声で若きエンジニアのクラウスに命じた。クラウスは、石碑の設計図を前に、目を輝かせた。彼のエンジニアとしての探求心が、未知の技術を前にして疼いていた。
「長!これは……確かに我々の技術では到達し得ない、あまりにも完璧な設計です!これほどのものを、いかにして……しかし、これならば、集落の食料問題は、間違いなく解決できます!」
彼の瞳には、純粋な探求心が宿っていた。
しかし、その完璧さの裏に、どこか不自然な「淀み」を感じ取っていた。
アズィーズの言葉は、彼のエンジニアとしての直感を揺さぶる。それは、まるで精密な機械が発する信号のように、完璧であるが故の不気味さがまとわりついていた。彼はその淀みの正体を知りたいと強く思ったが、その疑問を口にすることはできなかった。
彼はアーダルベルトの期待に応えたい一心で、すぐに設計図の再現に取り掛かった。夜も昼も工房にこもり、ひたすら作業に没頭した。
オーパーツの技術導入により、集落の食料生産は飛躍的に向上し、物資の余剰が生まれる。
畑は緑に覆われ、収穫された作物は加工機械によって効率的に保存される。
人々は新たな技術の恩恵を受け、生活は豊かになる。
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