第1話:女王の問い、過去への眼差し -1
かつて「青い惑星」と呼ばれたガイアは、魔族との長きにわたる戦い「厄災」によって死に瀕していた 。
人類の文明は滅びかけ、わずかな集落が点々と残るのみ。人々は飢えと病、そして魔族の脅威に怯え、絶望の淵にあった 。
しかし、突如現れた「神の使者」アズィーズは、枯れた大地に水を与え、失われた技術をもたらした 。これにより、アルテア王国は奇跡的な繁栄を遂げ、人々は安寧な生活を取り戻したかに見えた 。
だが、女王セレフィア・アルテアは知る。
この平和が、どこか不自然な均衡の上に成り立っていることを 。
分厚い古文書を紐解くにつれて、彼女の心にはある疑念が芽生える。
はたして、この輝かしい繁栄の裏に隠された「真実」とは一体何なのか?
そして、この王国の歴史は、本当に「奇跡」の連続だったのだろうか?
女王の探求が今、始まる 。
玉座の間に差し込む朝の光は、私の心を静かに照らすはずだった。
だが、そこに立つ私の姿は、まるで借り物のようにも感じられる。
銀灰色の髪に戴く王冠の重みが、この身に課せられた重責を訴える。アルテア王国の女王、セレフィア・アルテア。その名に相応しいか、自問自答の日々だ。
遠く、王都の復興を告げる槌音が響く。魔族の猛攻で深く傷ついた街は、少しずつ活気を取り戻している。
民は私に希望を見出すが、私は知っている。この平和が、どれほど脆い均衡の上に成り立っているかを。
ミネルヴァのエリナやヴァンス司令官からの報告は、常に私の心をざわつかせる。「調律者」という、見えざる存在の影。王都の不自然な調和、そして、その背後に隠された恐ろしい真実の可能性。アークナイツの旅立ちを見送り、彼らが世界の謎を追う中で、私もまた、私にできることを為さねばならない。
私の目の前には、分厚い古文書が開かれている。
エリナが王宮の地下書庫で見つけてくれた、王国の創世記を記した第一級の資料だ。
埃を被ったそのページには、遥か昔の、人類の絶望と、そして奇跡の物語が綴られている。
私の祖先は、一体何と戦い、何を信じてきたのか。そして、その「奇跡」の裏には、本当に見えざる「調律者」の介入があったというのか。 私は、過去の記録に目を凝らす。時を超え、その時代の息吹を感じるように。
◇◆◇◆◇
王歴元年。かつて「青い惑星」と呼ばれたガイアは、死に瀕していた。
焦げ付くような死臭と、乾いた土埃が、大気を常に覆っていた。空は鉛色に淀み、太陽の光さえも弱々しく、大地はひび割れ、生命の輝きを失っていた。
人類は、およそ500年続いた「厄災」と呼ばれる魔族との戦争によって、その数を激減させていたのだ。
文明の灯は消えかけ、知識は失われ、ただ生存本能だけが残されていた。わずか数百人規模の小さな集落が、点々と命を繋いでいるに過ぎない。彼らは生きる屍のようだった。
「水がない……!」
喉をからして呻く声が響く。その声は、集落のあちこちから、木霊のように聞こえてきた。
集落の中央に掘られた井戸の底は、乾いた土が露出しているだけで、もう何日も水が汲み上げられていない。底にわずかに残る泥は、ひび割れた大地を映し出すだけだ。
集落の長アーダルベルトは、その乾ききった井戸の底を見つめ、絶望に打ちひしがれていた。三十代の若さにして、その顔には深い疲労と諦めが刻まれている。頬はこけ、目元には深い隈ができていた。
痩せ細った民の顔には、生気というものが感じられず、まるで枯れ木のように干からびていた。彼らの瞳は虚ろで、未来への光を失っていた。子供たちの笑い声はとっくに途絶え、か細い泣き声だけが、集落に響く唯一の音だった。赤子を抱く母親の腕は骨ばり、その指先が震えている。
「長よ……もう、喉が……」
老婆が、か細い声でアーダルベルトに訴える。その視線には、命が尽きることへの恐怖と、それでも縋るような懇願が混じり合っていた。彼女の肌は土のように乾き、唇はひび割れていた。
かつては集落の生命線であった灌漑システムも、今は錆びついた鉄の塊と化し、機能不全に陥っていた。
若き元エンジニアのクラウスは、その壊れたシステムを前に途方に暮れ、泥だらけの手で何度も修理を試みるが、乾いた配線は彼の努力を嘲笑うかのように無反応だった。彼の額には、失敗の汗が流れ落ち、その瞳には無力感が募る。
若き狩人のフレイヤは、獲物のいない荒野で疲弊しきっていた。彼女の弓は弛み、肩には空の獲物袋が重く垂れ下がっている。その足取りは重く、風に揺れる髪も生気を失っていた。
「獲物は……いないわ。この数日、見かけるのは魔獣の足跡ばかり……」
フレイヤの声は力なく、その表情には深い絶望が刻まれていた。彼女の足元には、数日分の飢えで倒れた男が横たわっていた。
魔族の尖兵ジャバーによる襲撃も日常化し、僅かな食料さえも奪い去っていく。
その度に、集落の人数は容赦なく減っていく。昨日も、数人の若い男たちが食料を求めて森に入り、ジャバーの配下である下級魔族に襲われ、命を落としたばかりだ。
広場には、彼らの亡骸が横たわり、乾いた血の匂いが風に乗って運ばれてくる。絶望が、集落全体を覆い尽くしていた。人々は希望を失い、ただ死を待つばかりだった。
「このままでは……」
アーダルベルトは膝から崩れ落ちそうになるのを、必死に堪えた。
彼は集落の民の顔を一人ひとり見つめた。その瞳に映るのは、枯れていく命の灯火だ。
民を救う方策は、もう残されていないのか。乾いた唇を噛み締め、空を仰ぐ。そこには、ただ鉛色の雲が、重く垂れ込めているだけだった。彼の心臓が、鉛のように重く脈打つ。この集落の終わりが、すぐそこまで来ていることを、肌で感じていた。
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星を紡ぐ者たち 18時、19時 →
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