密偵
そして週末。
しっかり朝寝坊はしてから、私は古着屋に向かう。
目立たないように町娘の恰好に変装なのだ。
最近は懐が温かなので、遠慮なく辻馬車をひろってライトネス家に向かう。
貴族のお屋敷は広い。
私はお屋敷の塀の側にある小屋を見つけて壁をよじ登る。
これも浮浪児時代にゴロツキや警備隊から逃げるため磨いたスキルだ。
屋根の上に上がれば、彼の家の庭園が一望できた。
「ああ麗しいハリエット」
ビンゴだ。
「ふふ、愛していますわハンス様。お姉さまったらこんなに素敵な方がお茶に誘ってくれたのに断るなんてひどいお方」
(なるほど)
おそらくあの家は婚約者と惣領娘を会わせないよう計らっているのだろう。
「実は‥お姉さまは自分勝手で意地悪で、いつも私が注意すると怒るから、苦しいの」
浮気相手にしなだれかかられて、ハンスはにやける。
「まったく、そんなひどい女だと結婚前に分かって良かったよ。ハリエットはかわいそうに」
(え、あの程度の嘘を信じちゃうの?)
驚愕する私の視線の先で、イチャイチャは続く。
私はそれ以上見ていられなくなって、屋根を伝った。
ライトネス家に忍び込むのだ。
鍵をかけ忘れた屋根窓などいくらでもある。
(なければ開ける技もあるし)
これも浮浪児時代に時々やっていた盗‥ゲフンゲフン。
そろっと忍びこんで、人の気配を探した。
使用人は多いのだろうが、広い屋敷だ。
無人の部屋も探せば見つかる。
一時間ほどの探索で仕事は終わった。
次に向かうのは婚約者の方のドミナント家。
こちらも隣家の屋根から忍びこむ。こっちの調査はすぐ完了。
その晩は宿に泊まる。
ちなみに明日も連休なので、寮には実家に帰ると報告している。
もちろん実家の人間は私が寮に泊まっていると思っている。
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「こちらがライトネス家でこっちがはドミナント家です。姉は虐待されていました」
キャロル様に報告書を手渡す。
私が見たのはやはりハンス・ライトネスの婚約者の夢だった。
『今日はハンス様にバラの花をいただきましたの』
『あら良かったわね、婚約はいつになるのかしら』
『ヘレンの婚約を解消したらすぐにだな。明日にも手紙を届けさせよう』
家族三人は仲睦まじく晩餐を楽しむ同じ時間、長女は父親の仕事を手伝わされていた。
見てきたことをキャロル様に逐一報告する。
「やっぱり‥学園の様子で、そうじゃないかって思ったのよ」
キャロル様は難しい顔になった。
「あなた、放課後にお茶しません?」
キャロル様のお誘いで、武芸の訓練は中止だ。
私も毎日はきついから丁度いいけど。
放課後、学園のサロンに向かう。
「アンジェ、こちらよ」
丸テーブルに向かい合って座るのは‥キャロル様と‥ブライアン殿下だった。