イブリン嬢
「初めましてアルコバレーノ様」
「どうぞアンジェとお呼びください、グラウンド侯爵令嬢」
お茶会はつつがなく始まった。
紅茶がカップにそそがれる。
お茶のマナーは最初こそ苦手だったけれど、得意の人まねを応用して最近は様になっている。
「アンジェもお行儀が少しは進歩したようね」
できるだけ優雅にお茶を飲むと、キャロル嬢が及第点をくれた。
「アンジェ様は放課後はいつもエドワード様と会っていらっしゃるのね」
お、イブリン様から話題を振ってくれましたよ。
おっとりしているようで意外としっかり者のタイプかな。
「はい、剣術を教わっております」
「まあ、ご令嬢がすることではありませんよ」
「私の家では護衛も十分に雇えません。自分の身は自分で守れるようになりたくて」
敵襲イベントなんて話せないから適当な理由をでっち上げる。
まあ真っ赤な嘘ではないのが悲しい‥
「そ、そうでしたのね、ごめんなさい他家の事情にうとくて」
私は首を振る。
「かまいません。それよりグラウンド様に相談があるのですが」
「あらなあに?」
私は本題を切り出す。
「婚約者様のことをどう思っていますか」
イブリン様は目をパチパチさせた。
「どお、とは?」
「えっと、以前ランドローバー様がグラウンド様に嫌われていると嘆いていたので」
「あ、ああ‥そうね、あの方とはあまりお話が合わなくて‥」
「ほほう、具体的には?」
「ええと、わたくしは美術や観劇など芸術を好みますが、エドワード様は乗馬やスポーツ観戦を好みますので‥嫌っているのではなく趣味が合わないだけですの」
****
私はさっそくお茶会の結果をエドワードに伝える。
「ですから、お二人で楽しめる趣味があればいいわけで、美術と演劇以外の芸術なら音楽とか詩作とかもありますけど」
「無理だ、オレには静かに楽しむ趣味なんてないぞ」
「そこが問題なんですよね」
エドワードなら体を動かすことが一番の趣味だろう。
う~ んと悩んで、簡単なことに気がついた。
「勉強を一緒にするのはどうでしょう、お二人なら得意教科は別ではありませんか」
エドワードの顔が明るくなる。
その後、昼休みは毎日勉強を教わっているらしい。
「アンジェ様のおかげで、仲が親密になれましたわ」
イブリン様にも喜んでもらって、放課後の特訓に軽食の差し入れまでくれた。
侯爵家のサンドイッチは旨い。
もはや高位令嬢からの冷たい視線は霧散した。
私の人生は明るい!
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「あの、アルコバレーノ様」
ある日の放課後、教室から出ようとした私を、一人の令嬢が呼び止めた。
おずおずと話しかけてきた彼女は、確か男爵家だけどかなり裕福なお宅の‥グレイス・ウェルシー嬢。
「何でしょうかウェルシーさん」
「どうかグレイスとお呼びになって。そ、そのご相談がありますの‥」
グレイス嬢の相談は、婚約者についてだった。
「私には幼い頃に親が決めた婚約者がいるのですが、彼、最近他のお嬢さんに夢中になっていまして」
うわぁ。どこかで聞いた話。
「彼のお家は旧家なのですが、今は我が家の援助がないとやっていけないはずなのよ。それなのに彼ったら高価なプレゼントを次々と贈っているようで」
つまりそいつは婚約者の家が援助した金で浮気相手に貢いでいるのか。
最悪だな。
「大変ですね」
しかし何でそんな話をわざわざ私にするのだろう。
「あ、アルコバレーノさんだったらどういたします? こういったことに対しては名人とお聞きしまして」
グッフ。
むせかけた。
「名人ではないです」
「お願いいたします、お力をお貸しください。お礼ははずみますので」
お礼につられるヒロイン。