王子
「アンジェ嬢、久しぶりだね。君が来る話は本当だったんだ」
「ブ、殿下、ご無沙汰してます」
ふう、うっかり名前を呼んでしまうところだったぜ。
気をつけねば。
「アンジェがいなければ、殿下はわたくしの話なんて聞いてくれませんから」
お、今日のキャロル様はツンが強めですよ。
「君はいつも辛らつだからね」
おおっと、殿下はツンデレ公女の良さが分かっていないと見える。
「本日はわたくしとアンジェから、殿下にお話がありますの。ドミナント家のお話はご存じで?」
「ああ、伯爵家だね。何でも姉は社交を無視して妹にばかり押しつけているとか」
「ふう、それがそうでもないようですの。アンジェさんお話してあげて」
私は殿下にヘレン嬢の窮状を伝える。
「まさかそんなことになっていたとは」
「彼女の家はわたくしとは派閥が違いますし、まずは王家の方にお知らせしたく思いまして」
「うむ」
「そしてもう一つお話があります」
キャロル様が王子を正面から見据える。
「ライトネス家は密貿易を行っておりますわ」
王子は絶句した。
元々キャロル様が私に命じたのはライトネス家の調査。
ドミナント家のことはついで。
「あの家、屋根裏や地下に香辛料や薬がギッシリ隠されているんですよ。王家専売のはずの」
もちろんサンプルは持ち帰ったからね。
「最近、流通量がおかしいと父が調べておりましたの。アンジェには本当に感謝していますわ」
ブライアン様は眉間にしわを寄せた。
「しかし、彼女に調べさせたのはやりすぎだ。公爵家の者を使えば」
「ですからライトネス家も派閥が違います。家宅捜索をしたくても、アイスバーグ家としては動けませんの」
まっとうな反論だけど王子は不満なようだ。
「彼女のような令嬢が危険にさらされるのは看過できない。もっとやりようはあるはずだ」
別に危険じゃなかったけどね。
それより殿下にはもっと本題に目を向けて欲しい。
「それで、殿下はヘレン様を助けてくれるんですか、見捨てるんですか」
礼儀がなっていないのは分かり切っている。
大切なことだ、なりふり構っていられない。
殿下は目を見張った。
「大丈夫よ、アンジェ」
キャロル様が優しく私の肩を抱いてジャムをたっぷり塗ったビスケットを私の口に押しこむ。
勝手に話すなってことかな。
「ブライアン様は知っていて何もなさらないような、腰抜けではありませんことよ」
「は、腰抜け?」
王子は目を丸くしている。
初めて言われたのかな。
甘いジャムクッキーを咀嚼して飲みこんだ。
お茶会が終わり、私たちは席から立ち上がる。
「寮まで送ろ‥」
手を伸ばしかけた王子より先に、キャロル様が私の腕を取った。
「アンジェ、一緒に帰りましょう。殿下、これにて失礼いたしますわ」
二人で仲良く腕を組んでサロンを出た。
ブライアン様を置き去って。