第7話 冒険者登録 - I
冒険者登録の面接を終えた俺は、サリエルに連れられてギルド地下の一室へと案内された。
薄暗く、ひんやりとした空気が肌にまとわりつく。
「ここは……?」
部屋の中央には、巨大な天球儀のような祭壇が据えられていた。藍色に輝く宝石が中心に浮かび、その光が部屋をぼんやりと照らしている。
(こんな場所、ゲームにはなかったはずなんだけど……)
この世界に来て以来、いくつかの仕様変更は感じていたが、これもその一つなのだろう。
「冒険者ギルドの登録用コンソールです。アストラル界に構築されたギルドネットワークに、ユーリさんの情報を記録します」
「……クラウドサーバーみたいなもんか」
「クラウド……?」
サリエルの説明に、思わずそう返す。
だって仕方ないじゃないか。800年経っているからと言って、まさか前世と同じようなパソコンのネットワークシステムみたいなものが出来上がっているなんて、思うはずがない。
「あ、いや、何でもないです、続けてください」
ごまかしながら促すと、彼女は頷いて説明を再開した。
「このコンソールに触れることで、魔力パターンが読み取られ、ギルドネットワークに登録されます。死亡した場合でも、遠隔で自動的に通知され、必要な手続きが行われる仕組みです」
「なるほど……どこで死んでも、記録に残るってことか。よくできてるな」
改めて、ジッと中央に浮かぶ宝石を眺める。
──『数秘術』というスキルがある。
俺が持つ六つの魔術系スキルツリーの一つで、時間と空間の操作に加え、〈混沌魔術〉と呼ばれるEXスキルが含まれている。
この〈混沌魔術〉は、『元素魔術』『錬金術』『召喚魔術』『付与術』『魔女術』の5つのスキルツリーを習得し、その上で『数秘術』のレベルを最大値の600まで上げることで解放される特殊スキルだ。
その効果は、習得済みの魔術スキルを〈術式素材〉と〈構築理論〉に分解し、新たな魔術スキルを創作できるというものである。
この世界に来る少し前のレイド戦で俺が試していた、新しく作った魔術というのはまさにこの〈混沌魔術〉というEXスキルで作成したオリジナルスキルだったわけだ。
で、ここからが本題なのだが。このスキルを獲得したことで、ゲーム内では魔術系スキルに対してカーソルを重ねてクリックすると、それが自分が既に習得しているスキルに使われている術式や理論で構築されている魔術だった場合、そのスキルで使われている術式の構造と使用されている理論の解説を見ることができるようになる。
というわけで今しがた、それを試してみようと宝石に視線を送った結果、いくつか分かったことがあった。
(この装置に使われている術式、なんというか……雑だな)
パソコンでたとえるなら、フォルダ分けすらされてない上、ファイルがあちこちに散らばっている感じだ。
というかそもそも、フォルダ分けしたりファイルをソートする術式が書き込まれていない。
とはいえ、発想自体は悪くないんだよな。
召喚魔術の契約に使われる術式で人とシステムを紐づけして、パスが切れることで自動的に生存か死亡かの属性が切り替わるように設定されている。
名簿データの保存も、どうやら陽属性魔術──空間操作系の魔術に使われる〈トポス理論〉をベースにしているみたいだし……この辺の使い方はDFHがゲームだった時には発想もしなかったものだ。
が。
術式の組み合わせ方が少々強引すぎる。
回りくどい関手が多く、さらに無駄な術式が別の術式を妨害して、そのせいで消費魔力が増えている。
まるで美学が伴っていない術式に、俺は少しイラッとした……が、ここで勝手に術式をいじって調整するのは憚られた。
そんな風に眉を顰めていると、サリエルが怪訝にこちらの顔を覗き込んでくる。
「どうかなさいましたか?」
「……いえ、少し考え事をしていました」
発想自体には感心したとはいえ、全体的に粗が目立つ造りであるのは確かだ。
まるで違法建築みたいな術式の構造をみる限り、かなり手探りで構築した術式なのだろうことが窺える。
あのハーフエルフの様子を見るに、魔術的な技術は800年前と比べてかなり衰退しているとみるべきだろうな……。
俺はとりあえず信用のおける相手以外には、自分の持っている魔術の知識を明かさないことに決めると、サリエルに促されるまま冒険者登録を済ませた。
「ありがとうございます。これで登録は完了です。登録いただいた情報をもとに認識票や冒険者カード、手帳を作成しますので、それまでの間、ロビーでお待ちください」
「わかりました」
サリエルが笑顔で軽くひざを曲げるのを見届けると、俺は入ってきた扉を抜けて一階ロビーへと踵を返した。
ロビーに戻ると、ホールがざわざわしていることに気が付いた。
彼らの視線が一様にこちらを向いていて、『あいつが例の』とか、『嘘だろ、まだほんの子供じゃないか』などといった声が聞き取れる。
どうやら、戦闘試験での噂が広まっているようだ。
(面倒なことになってしまったな……)
酒場の空いている席にでも座って時間を潰そうか、などとざわめく酒場に視線をくべるが、どうやら俺のことを一目見ようと集まったらしい見物客のせいで、空いている席は皆無だった。
と、そんな時だった。
3人の冒険者が、大股でこちらに歩いてくるのが見えた。
「よぉ、法螺吹きのご令嬢さんよ?」
話しかけてきたその冒険者を一言で説明するなら、モヒカンだった。
一人は真っ赤なモヒカン頭。その後ろには金魚の糞のように、金髪のモヒカンと緑髪のモヒカンが控えている。
しかもご丁寧に、服装はと言えば黒のレザーで、トゲトゲした飾りまでついており、まさにどこの世界から来たんだよと突っ込みたくなるような世紀末間を漂わせるファッションである。
俺は言い知れぬ感動に思わずぽかんと三人の方を見上げていたが、どうもそれが気に食わなかったのか、後ろの金髪モヒカンがキーキーと金切声を上げて近くの椅子を蹴り飛ばした。
ちなみに緑髪モヒカンは風船ガムのようなものを膨らませてこちらを睨んでいた。
あるんだ、この世界に風船ガム……。
「おいてめぇだよてめぇこのクソアマ! レッドさんが話しかけてんだろうが無視すんじゃねぇよ!」
「……あ、俺か」
ご令嬢という単語が、どうにも自分のことを指しているらしいことに発想が至らず、ワンテンポ遅れてようやく彼らの言葉が脳を刺激する。
「お前以外にどこにいるんだよ、そんな上等な服着てこんなところ来やがって、なぁ?」
風船ガムモヒカン男がガンを飛ばしながら言うのに、俺は苦笑いを返した。
「ごめんごめん、女の子扱いされるの慣れてなくて」
「はぁ?」
変なものでも見るような目で眉を寄せるモヒカンズ。
前世の俺なら腰を抜かすほどビビっていたかもしれなかったが、彼らのレベルが40にも満たないことがわかってしまえば、なんというかあまり恐怖を感じなかった。
「それで、どんな御用で?」
レッドと呼ばれていた男に視線を戻して尋ねると、彼は隆々な筋肉を見せつけながら『調子に乗りやがって』と口を開いた。
「お前さん、ウォーデン先生に模擬戦で勝ったとか法螺ぶちまけてるらしいじゃねえか」
「あー」
法螺ではないが……という言葉を飲み込みつつ、彼の言いたいことを察した俺はどうしたものかと頭を巡らせる。
「あー、じゃねぇよ。先生がどんなお方か知ってんのかって話だ。あの方はな、この世界で五本の指にはいる戦士、しかもその頂点に君臨するお方だ、アダマンタイト級の中でもほかのアダマンタイトとでは話にならねえくらい強いのさ!。
それなのに、お前みたいな小娘が模擬戦で勝っただって? 冗談も休み休み言えってんだ!」
胸ぐらをつかみ、今にも殴り掛からんと言う勢いで静かに叫ぶ赤いモヒカン男。
対して俺は、はじめて胸ぐらをつかまれたことに対して『こういうの不良漫画で見たことある!』とちょっと感心していただけだった。
「つまり、今ここで実力を示せと?」
胸ぐらをつかむ手に手を添える。
この距離から殴られれば、俺みたいなINT極振り魔術師なら反応すらできない距離である……が、事前に術を仕込んでおけばキャストタイムの心配はない距離でもあった。
「よくわかってんじゃねぇか」
飄々としやがって、なんて言いたそうな顔でこちらを睨みつけつつ、手を放すレッド。
しかしなあ。そう言われたって俺も困る。
こんなところで魔術を使えば間違いなくギルドは吹き飛ぶだろう。
威力の調整の仕方なんてわからないし、確実に殺してしまうに違いない。
ここは穏便に済ませたいところだが……などと思っていた時だった。
「やめた方がいいぞ、君たち」
ふと、聞き覚えのある声が聞こえて振り返ると、そこには先ほど剣を交えた──交えたのは黒騎士だが──ウォーデン本人が立っていた。
次回もまた来週です。お楽しみに。