第55話 痕跡
すみむせん、第1章の部分で大事な伏線を描き忘れていたことに気付いたのと、やっぱりアグナリア戦のクオリティが低いのが気になったので書き直します。
検分の結果、おそらくここに倒れていた人たちは、マフィアに雇われた誘拐業者だろうことが推察された。
また、財布に同じ酒場の領収書が入っていたことや、その領収書の日付が一致していたことから、彼らが依頼を受けたのはおそらくその酒場だろうことなどが推察された。
付近を調べれば、雇い主につながる情報を引き出せるかもしれない。
俺は〈伯爵〉に酒場の付近も監視しておくように命令すると、彼らが持っていた銃やお金など、使えそうなものを片っ端からストレージに放り込んで、急いでその場を後にした。
「さっきの、ナム、なんとかっていうのはなんだったんですか?」
現場を離れ、しばらくした頃だった。
大通りを歩きながら今晩泊まる予定のホテルへ向かっていると、ウェッヴェルが思い出したように尋ねてきた。
「南無阿弥陀仏。
平たく言えば、あの世で平穏に暮らせますように、っていう俺の故郷で使われてた祈りの言葉だよ」
脳裏に、家族の葬儀の記憶が思い出される。
線香の臭い。
木魚の音。
並ぶ写真。
あの時は現実感がなくて、涙すら浮かばなかったっけな。
今にして思えば、俺はあれを経験していてなぜ、死というものを今まで軽視して来れていたのだろうか。
……まぁ、考えても仕方のないことだが。
「曰く、この世は穢れていて苦悩に満ち溢れているから、せめて死後の世界だけは、清らかで平穏な世界であってほしいっていう、なんかそんな感じの考えだっけな……」
「興味深い思想ですね。ゴトシャ教とも少し似ている気がします」
「そうなのか?」
「はい。
ただ、うちは死後の世界がどうとかはありませんけど」
彼のそんな言葉を聞いて、そういえば今までゴトシャ教の基本的な教義とかは聞いたことがなかったことを思い出す。
それと同時に、リディアに魔族とゴトシャ教の繋がりについて調べておいてと頼んでいたことも。
(調べといてと言っておいて、その成果を聞くタイミングが無かったんだよなぁ)
まぁ、おいおい聞ければいいか。
今はそれよりも──。
「ゴトシャ教には、死後の世界の概念がないのか?」
「そうですね。
基本的には『眠りにつく』という表現をされます。
将来、審判の日が来た時に、選ばれた人だけがその眠りから目を覚ませるのだと。
ちなみに、その時に見る夢の世界を冥界や冥府だと呼ぶ人もいますね」
なんだか、少しだけキリスト教みたいだな、と感じた。
最後の審判とか、まさにそれっぽいじゃないか。
詳しいことはよく知らないけど。
「だから、その目覚められる人に選ばれるために、我々は善行を積まなければならないというのが、ゴトシャ教の基本的な教義です。
まぁ、他にもここに終末戦争とかいろいろ関わってくるのですが……」
「終末戦争?」
今度は北欧神話のラグナロクみたいな話だろうか?
「神ゴトシャが審判の日を迎えるにあたって、生き残っている不浄の人々を浄化して、目覚めてくる人たちのために新しい世界を作るんです。
あ、不浄の人々というのは──」
「──その、善行を積んでこなかった罪人たちのこと?」
「だと言われています」
ということは、終末戦争というのは不浄の人々とやらと神ゴトシャとの戦争のことか。
となると、ラグナロクとは少し意味合いが違うな。
「なかなか興味深い話だな」
「もしかして、改宗なされますか?」
「それは……まぁ、考えておくよ」
改宗も何も、今は貴族相手に俺がその神ゴトシャだって法螺吹いて詐欺ってるところだからなぁ。
まぁ、それについては今は考えないでおこう。
***
ヘンブリッツとリディアの2人は、まだホテルに到着していないようだった。
そろそろ日も暮れるころ合いなので探しに行った方がいいかとも思ったが、何かあっても〈白騎士〉がここまで無事に連れてくるだろうし、先に部屋に入って待っていることにした。
「いらっしゃいませ。ホテル『梟の枝』へようこそお越しくださいました。
ご予約はされてますか?」
兎の獣人のフロントマンが、ウェッヴェルに視線を向けながら尋ねた。
が、気にせず俺は懐から、六芒星の刻印がついた封蠟の紹介状を引っ張り出してカウンターに置いた。
「二週間ほど前にユーリという名前で予約した。
これは紹介状だ。中に予約確認のチケットもある」
「……失礼いたしました、拝見いたします」
フロントマンが恭しく頭を下げると、カウンターに置かれた封筒を手に取った。
手元のペーパーナイフで手早く中に目を走らせる。
「……確かに。
ルームサービスはいかがいたしますか?」
「明日は仕事が早いんだ、強い酒が飲みたい」
クイッと酒瓶を傾けるしぐさをして見せると、フロントマンは少し微妙な顔をした。
確かにこんな幼い見た目の子供に『強い酒が飲みたい』なんて言われたらそんな顔もするだろうな。
しかしこれは仕方がない。
ここは石工ギルドが提携しているホテルである。
ギルド員が安全に寝泊まりするために、専用の部屋が用意されているのだが、それを部外者が使うためには、あらかじめ紹介人とホテルの間で決められた合言葉の応酬を真似しなければならないのである。
つまりこのやり取りはロックウェルが自然にホテルに対して本人確認を行うためのやり取りだから、俺がそれを口にすると微妙な感じになるのだ。
そんなわずかな空白の間だった。
背後から聞き覚えのある声がして、俺は思わず振り返った。
「ユーリ、お前まだ子供なんだから酒なんか吞めるわけねぇだろ?」
酒臭い息を振りまきながら頭に手を置いてきたのは、今しがたホテルに到着したらしい様子のヘンブリッツだった。
「こう見えて俺はもう21だ、バカにすんじゃねぇよ弟子の分際で」
口を尖らせながら軽く肩をすくませる。
確かに見た目は小学生か中学生に見間違えられるような姿をしているのは自覚がある。
だからその言葉を聞いてフロントマンが一瞬目を丸くしたことには目をつむろう。
だが──
「は!? 21!? 見えねぇ!?
ていうか今弟子の分際っつったか? 俺こう見えてミスリルランクよ?」
ヘンブリッツが声を上げると、周囲の客たちがちらりと振り向く。
フロントマンの兎の耳が、気まずげにピクピク動いた。
──そんな風に大げさに驚かれるのは、なんというかイラっとする。
「ランクは関係ないだろ!」
俺はそのイラつきを隠すそぶりも見せずに脛に蹴りを入れた。
メイジで筋力に一切成長補正を入れていないとはいえ、レベル600の攻撃を馬鹿にしてはいけない。
これでもちょっと鍛えた程度の成人男性並みの筋力はあるのだから。
「いって!?
急に何しやがるユーリ師匠!?」
ヘンブリッツの痛がる姿を見て、ウェッヴェルとリディアがうわぁ、という顔をする。
「お前が余計なことを言うからだろうが。
自業自得だ」
意外と硬かったヘンブリッツの脛に少し痛みを覚えつつも、表に出さないようにして俺はそっぽを向いた。
「ぐぬぬ……確かにそりゃそうだ。や、すまんかったね師匠殿。
にしても師匠酒強かったんだな、今度飲み比べしようぜ?」
「わかったわかった。
とにかく今は邪魔しないでくれ。すまなかったなフロントの」
飄々と返す彼に、俺はいぶかし気な視線を送りながらため息を吐いて、フロントに視線を戻した。
フロントマンはと言えば、心持ち、少し呆れたような面持ちでこちらを眺めていた。
「いえいえ、とんでもございません。
それで、種類はいかがいたしましょうか」
「ドワーフの眠り薬を。1478年だ」
「承りました。それではお部屋にご案内いたしますので、どうぞこちらへ」
どうやら無事確認が取れたようだ。
俺たち4人はフロントマンの先導に従って、ホール脇の大きなエレベーターに乗り込んだ。




