第47話 再会
汽車の屋上に、真っ黒な鎧を身に着けた騎士が立っていた。
前方には石炭が積まれた機関車両があり、煙突から登る黒煙が風に乗ってこちらに吹いていた──のは、つい数秒前までのことである。
今は黒騎士の周辺を取り囲む風属性の魔力が形作るベールに阻まれて、視界を阻むものは一切なかった。
「我ながら、黒騎士の中に入って屋根に上るって発想は天才的だったなぁ」
先頭車両に行って、運転手に戦闘状況を聞こうとしても子ども扱いされて追い返されるし、冒険者身分を明かしてワイバーンと戦わせてと頼んでも、アイアンランクの癖に何ができるんだと話を聞いてくれなかった。
結果、俺は仕方ないから勝手に屋上に上がって個人的にワイバーンを討伐しようとしたわけだが、高速で走る列車の窓から抜け出して屋上に登れるような身体能力も運動神経も持ち合わせてはいない。
そこで考えた末に編み出したのが、この『〈黒騎士〉を着る』という手段だったのである。
名づけるなら〈疑似降霊術〉と言ったところだろうか。
俺は、黒地に金の装飾が施されたアーメットの視界孔から外を眺めながら、一人ほくそ笑んだ。
空には十数匹にもなるワイバーンの群れが並走しており、列車砲を回避してはこちらに突進して、そのモーニングスターのような尻尾を打ち付けてきている。
そのおかげか、車体前方だけがかなりぼこぼこだ。
──前方だけ。
客車の方には被害がないのはなぜか。
少し気になって左の義眼でスキャンしてみると、煙の向こうにランタンのようなものがちらついているのが見えた。
「誘引灯……。
なるほど、それで客車は無傷だったのか」
錬金術スキルレベル10で作成可能になる魔道具、誘引灯。
読んで字のごとく、魔物を引き付けてくれるありがたい魔道具である。
効果時間は10分ほどだが、魔力を籠めれば再使用できる。
列車の機関部分で生成した魔力の一部を流用しているのならば、動いている限りは半永久的に効果を発揮するだろう。
「考えたな」
俺は鎧の肩を回してストレッチしながら、ぽつりとつぶやいた。
ちなみに鎧のサイズは自分に合うように調整はしたが、調整したのはサイズだけ。
関節が多少動かしづらく、細かい部分でまだ調整が必要そうだが召喚魔術の〈黒騎士〉のサポートは生きているため、身体能力は黒騎士準拠。俺は何もしなくても、黒騎士が勝手に動いて戦ってくれるようになっているから、一回使ってみる分には問題はないだろう。
一言でいうなら今の状態は、召喚獣との合体と言ったところだろうか。
「あとで術式を調整する必要があるけど、とりあえず試運転してみようか!」
真っ黒な大剣を肩に担ぎ、狙いを澄ませると、俺は思い鉄靴を前に踏み出した。
「速い速い速い!」
──ガッガッガッガッ! と列車の屋根を軋ませながら駆け抜け、石炭車の手前で大きく跳躍──同時に、風属性の元素魔術〈風砲〉を使って一気に体を天高く持ち上げた。
(付与術で魔力のリンクが強まってるからかな。
黒騎士が次に何をしようと考えてるのか手に取るようにわかるから、あんまり怖くない)
本来なら、自分の体を勝手に動かされる恐怖というものがあるのだろうが、そういうものは一切感じない。
むしろ自分の意思で動いているような錯覚すら覚えるほどに、体の動きはスムーズに伝わってくる。
だからどのタイミングでどこにどんな魔術を打ってサポートすればいいのかがわかりやすい。
「ギャ!?」
ワイバーンの頭に飛び乗って、次の目標地点に視線を向け、またもう一つ高いところにいるワイバーンに飛び乗ることを繰り返す。
やがて黒騎士が一番高いところのワイバーンの上に飛び乗ると、今度はそれを思いっきり地上に向けて蹴り落とした。
「ギャフ!?」
驚き目を見開く灰色のワイバーン。
十数匹の空飛ぶトカゲが、墜落するワイバーンを割けるように散らばる──が、俺はそれを許さない。
「──〈逆天嵐〉」
次の瞬間、墜落していくワイバーンを中心とした空間に真空が生まれる。
「「ギャギャ!?」」
真空は周囲の大気を呑み込み、内巻きに吸い込む嵐が発生。
嵐は周囲のワイバーンを吸い込んでひとまとまりの肉塊に変え──そこに、大剣を振りかぶった黒騎士が落下した。
──およそ、生きた生物から立ってほしくない、肉と骨が一気に砕ける音が、兜越しの耳に届く。
手から伝わる肉を切る生々しい感覚と、視界孔から飛び込んでくる血飛沫に思わず目をつむった。
アグナリアを倒した時もそうだったけど──なんかちょっと、この感触は癖になるな!
少しは剣術も鍛えてみてもいいかもしれない。
スキルポイントを消費せずにスキルを獲得できるのかの実験もかねて……もしそれが可能なら、レベル601以降に取れるかもしれないスキルも、先回りして獲得できる可能性があるし。
メイジのデメリットである体力の無さも、合わせて解消できるならこれほどいい実験はないだろう。
時間があったら、練習用の人工精霊でも作って稽古をつけてもらおうか。
「ふぅ」
見事列車の屋根に着地し、遅れて落ちてくるワイバーンの死体を忘れずにアイテムストレージに収納しながら、俺は満足げに笑みを浮かべた。
「〈疑似降霊術〉──。
性能も申し分ないし、召喚よりもキャストタイムが短い。
戦士職の身体強化系のスキルと違って、この場合STRとDEXがそれぞれ単純計算でプラス300されるわけだから、咄嗟のシーンで使い勝手がいい。
魔術師としての欠点である接近されると弱いという部分が完璧に解消される点は魅力的だな……」
魔力を先に準備して、その上に術式を載せれば実質的にキャストタイムをゼロにはできるが、魔力を展開する時間というのはどう頑張っても省略はできない。
その点を踏まえると、自分の周りに魔力の膜を張るだけで完結する〈擬似降霊術〉は、召喚する座標を指定する必要のある召喚魔術よりも早く展開できるのである。
しかも、人工精霊ならばなんでもありともなれば、例えばドラゴン型の人工精霊を作ったとしたら、瞬間的にドラゴンに変身して空を飛んだりとかもできそうな気がする。
「これは、なかなか研究のしがいがある魔術だな……」
──などと、内心ほくそ笑んでいた時だった。
石炭車の方から、梯子を伝って乗務員の男性がひょっこりと頭を覗かせたのである。
「おーい、そこの鎧の!
さっきは助かった! あんたちっせぇのにすげぇんだな! 名前は?」
よく見ると、さっきワイバーンの討伐を断ってきた乗務員だった。
俺は内心で芽生えるイタズラ心にニヤニヤと笑いながら彼の隣に飛び降りると、魔術を解除して胸元のドッグタグを持ち上げた。
「どうも、さっき断られたアイアンランクの冒険者だよ」
「ええ!? 君が!? まだ子供じゃないか!?」
目を見開く乗務員。
その驚きようがあまりにもおかしくて、俺は思わず噴き出した。
「アハハハハ!
いい教訓になったな! まぁ、俺は例外中の例外みたいなものだけど」
腹を抱えて、彼の背中を小突く。
──と、そんなふうにして乗務員を揶揄っていた時だった。
石炭車と客車を繋ぐ扉が開く気配に顔を向けてみると、そこには見覚えのある金髪の美青年が立っていた。
「「あ」」
二人の視線がかち合い、一瞬時が止まったように静止する。
ブラックフォレストで一度しか遭遇したことがないが、彼の特徴的な性格ゆえに、左の義眼を通さずともよく覚えていた。
「また会ったね、アイアンランクのお嬢さん」
腰の、西洋風の拵えのカタナと、聖騎士の鎧。
濡れ感のあるタレ目と左目の下の泣きぼくろ。
名前は知らないが、紛れもなくあの時の鬱陶しいイケメンだった。
次回は明後日の0時更新です。




