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異世界にTS転生したので、好きに生きたいと思います!  作者: 加藤凛羽
第1章 天を喰らう龍〈アグナリア〉
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第4話 冒険者ギルド - II


 エインズワース市は高い壁に囲われた、いわゆる城塞都市だった。城壁を囲むように堀があって、巨大な門まで跳ね橋が渡されているという具合だ。

 一行の馬車がまばらな列の最後尾に加わってしばらくすると、意外にも早く俺たちの番がやってきた。橋塔で警備していた衛兵は2人で、どちらとも眠そうに椅子に座ってこちらの様子をうかがっている。


(この辺りは治安がいいのかな)


 思えば、この辺りはかつてDFHがゲームだった頃、最初に訪れる街アレッサの近郊だった。つまり、周囲に現れる魔物のレベルは総じて低く、大きな脅威は少ない。魔物に怯える必要がほとんどないぶん、警備はもちろん、街の治安もそこまで荒れていないのだろう。


(あ、そうだ。今のうちに見られて騒ぎになりそうなステータスを隠せるか試しておこう)


 まず苗字は隠しておいた方がいいだろう。自己紹介した時にも思ったことだが、この国では平民には苗字がない。苗字があると何かと騒がれる危険性があるから隠しておく。


(ゲーム時代同様、名前の変更は可能みたいだ。他は……どうやらレベルの表示も変更できるみたいだな)


 この表示変更機能はゲーム時代にはなかった機能だが、これも現実になった影響だろうか?


 俺の今のレベルは、ゲーム時代のまま、上限レベルの600である。遠目から守衛のレベルを鑑定してみたが、彼のレベルは60。ゲーム時代なら初心者を脱する頃くらいのレベルである。と言うわけで俺のレベルも同じくらいに調整。


(レベルに対する感覚も、ゲーム時代と大体一緒なのかな)


 表示の変更に合わせてステータスが減少した感覚もない。本当に表示だけが変更されているみたいだ。


(これで良し)


 馬車がカラカラと鳴らす車輪の音がやがて停止すると、俺とサリエルだけが馬車から降りた。


「ふぁ、ぁあ……。それじゃ、身分証を見せてくれ」


 スカーフで顔を隠した守衛が眠そうに言うのに、サリエルさんがフォローする。


「あの、ユーリさんは身分証がないらしいんです」

「ああ、そうなのか? だったら保証金で銀貨一枚だ。それからこいつに触ってくれ」


 言って、壁に埋め込まれた水晶板を裏拳でコツコツ叩いて見せる。


「これは?」

「触れた方を鑑定する魔道具です。盗賊を街の中に入れるわけにはいきませんからね」


 盗賊。

 その言葉に、俺は少しだけ眉をひそめた。

 やはり盗賊がいるのか、この世界には。ということは、いずれ俺も人を殺すことになるのだろうか。

 それはなんだか、嫌だな……。


「安心してください、ユーリさん。保証金はギルドカードを見せれば返却してもらえますから。ギルドでの登録料もカラクさんから頂いていましたし、あとで一緒に向かいましょう。私は先に中に入っていますので」

「ありがとうございます」


(サリエルさん、いい人だなぁ。かわいいし)


 俺は笑顔で礼を言うと、サリエルに手を振った。 

 さて、あんなにいい人を長く待たせるのもよろしくない。俺は鑑定の魔道具に手を触れると、問題がないか守衛さんに確認してもらうことにした。


「これでいいですか?」

「お、どれどれ……」


 守衛が目を走らせるのを、自分も並んで追いかける。


『ユーリ

 年齢/21

 種族/人間

 性別/女

 レベル/60

 賞罰/     』


 それにしても見たことのない文字だ。なのに、普通に読むことができる。きっと『異世界言語完全習得』のスキルの効果なのだろう。そういえば今までの会話も普通にできていたが、このスキルがいい感じに全部翻訳してくれていたのかもしれない。


「!? ……うん、通ってよし」


 一瞬、驚いた顔で鑑定結果とこちらの顔を見比べられたが、どうやら問題はないみたいだ。

 多分、見た目と年齢の違いに驚かれただけだろう。


(年齢21歳……こっちは、元の世界準拠なんだな。見た目は14歳くらいなのに)


 ステータス画面には表示されていない情報が出てきたときはどうしようかと焦ったが、どうやら作戦はうまくいったらしい。俺は胸をなでおろすと、門をくぐってエインズワース市に足を踏み入れた。


 エインズワース市の街並みは、まるでヨーロッパ旅行に来たみたいな錯覚を覚えさせた。三階建ての木骨煉瓦造の街並み、街道を走る馬車や、その脇に広がる露店や屋台。そして何より興奮させるのは、冒険者らしい格好をして街を闊歩する少年少女だった。


「冒険者って、大人の方は少ないんですか?」


 冒険者ギルドを目指す道すがら、先頭を行くサリエルに問いかけつつ、見かけた冒険者風の男女に片っ端から『情報操作解析』のスキルで鑑定を仕掛けていく。

 彼らのほとんどのレベルは10前後。高くても20がいいところである。

 冒険者たちの種族も、人間が大半を占めているが、ちらほらと獣人が混ざっている。犬耳を生やした少年、猫耳を生やした少女。稀にだがドワーフも見える。


 あと総じてみんな若い。ほとんど子供だ。


 エルフやリザードマンは見かけないが……ゲーム時代でも、彼らは特殊なマップに行かないとみられなかった。その辺は今でも共通なのかもしれない。


「森の奥に行かなければ、ここは比較的魔物も強くありません。なので、駆け出しの子供たちが多いんですよ。隣のアレッサ市には冒険者を育成する学校もありますし、ここにいる冒険者の大半は、そこの卒業生って感じですね」

「学校?」


 俺は首を傾げた。ゲームだったころにはそんな設定はなかった。アレッサが最初の街になるという話は変わっていないみたいだが。


「冒険者になりたい子供たちに、いろいろな訓練や知識を施す施設ですね。約800年ほど前にゴトシャ教のナーガラッハ枢機卿が設立のためのお金を出してくださったんです。おかげで冒険者の死亡率はガクッと収まりまして。さすが枢機卿。慈愛に満ちたお方ですよね」

「へ、へぇ」


 何か敬意を感じているような顔で言う彼女の一方で、俺は怪訝な眼差しを飲み込みつつ相槌を返す。

 そういえば、馬車の中でもゴトシャ教とか何とか言ってたっけ。ゲームの頃は聞かなかった名前だし、DFHと何かしらのつながりがありそうなこの世界のことについて調べる手掛かりになりそうだ。

 ゲームのDFHとどこまで一緒なのか、調べておきたいしな。


 冒険者ギルドは大きな噴水がある広場の一角にあった。大きな石造りの建物で、鉄製の吊り看板に盾と剣、それから弓と杖が交差しているようなエンブレムが彫金されている。


「それでは、さっそく登録を始めさせていただきますね」


 ギルドの中は、やはりゲームだったころとほとんど変わっていなかった。

 広いエントランスホール。壁際の依頼掲示板。そして奥の酒場エリア。

 ゲームと異なる点があるとすれば、カウンター奥で働く数人の従業員たちと、その奥に見える別の部屋への出入り口などのディティールくらいだ。


「おねがいします」


 ニコリと笑みを浮かべるサリエルに、俺は軽く会釈で返す。


「では。ユーリさんは冒険者学校の卒業生ではありませんので、登録には試験官との戦闘による実技試験が必要になります。試験で負った怪我等につきましては、専属のヒーラーがある程度まで回復しますが、骨折等の2階級以上の怪我に関しては治療できません。ご了承お願いします」

「2階級?」


 聞いたことのない単語に、俺は首を傾げる。


「回復魔法で治療できる怪我の階級です。消費する魔力量、及び技術で区分けされていまして、単純な擦り傷や切り傷、捻挫など、放置していても自然に回復可能なものを1解級。手術が必要な怪我などを2階級。それでも治らないものを3階級。魔法では回復できない怪我を4階級と言う風に、冒険者ギルドでは区分しているのです」


 なるほど、と頷く。

 ゲーム時代では治癒魔術スキルで覚えられる『応急処置』さえあれば、回復量は小さいが基本的にはそれだけでどんな怪我でも全快できた。

 しかし現実となった世界においてはそういうわけにもいかないのだろう。ここはゲームと違ってリアルなのだ。ボタンを押せばそれでスキルが発動するのとは違い、ちゃんとした法則と理論体系の下で成立している。

 俺は治癒魔術スキルは持っていないから詳しい設定とかはわからないが……もしかすると、俺の使っている元素魔術とかにも、この世界ならではの、何らかの変更があるのかもしれない。


「わかりました」


 とはいえ、腐ってもこっちはレベル600だ。エインズワース市の守衛でレベル60だというなら、そこまで心配しなくても大したダメージは受けないだろう。

 俺は警告を了承すると、さっそく試験を受けるべくサリエルさんの案内に従って場所を移動した。


 試験は、ギルドの裏にある訓練場で行うようだった。そこでは何人かの少年冒険者たちが、大柄な男の監督のもと戦闘訓練に励んでいる様子が観察できた。

 魔法使いのような緑色のローブと、同じく緑色の大きな三角帽子をかぶった亜麻色の髪の少年が、自分の身長ほどもあろう大きな杖を握り締めて呪文を唱えている。


「──渦巻け風の鏃。吹き飛ばせ! ウィンド──」

「──遅い!」


 黒髪の、木剣を持った少年が踏み込んで少年の杖を弾き飛ばす。すると、ちょうど杖の先端で集まっていた風属性の魔力が霧散し、詠唱が途切れた。


「わっ!?」


 メイジあるあるだ。魔術系スキルは一発の火力が高い分、詠唱中に攻撃を受けるとスキルが中断してしまうという弱点がある。だからソロでメイジをやるなら、基本的には剣術スキルも同時に取得しておき、魔剣士スタイルで戦うというのが序盤の常套手段である。

 もっとも、俺の場合は剣術スキルにポイントを割くのが嫌だったので、別の手段を選んだが。


 亜麻色の少年のスキルが途切れた隙を狙い、黒髪の少年が組み伏せ、ポンメルで頭を軽くこつんと叩くと、試合を見ていた大柄な男が『そこまで!』と声を張った。


「勝者リンデル! キャスパー、君はもう少し白兵戦闘系のスキルを磨きなさい」

「はぁい」


 キャスパーと呼ばれていた亜麻色髪の少年が、しょんぼりしながら下がっていくのを、リンデルと呼ばれた黒髪の少年が慰めるのを眺める。


(なるほど、こっちの世界では実際に詠唱して魔術を使うのが一般的なのか)


 とはいえ、詠唱文なんてゲームだったころには存在しない設定である。目立たないためにはそれっぽい呪文をつける必要がありそうだが……この歳になって呪文の詠唱は、ちょっとキツいよなぁ。


(かっこいいのは認めるけど)


 とはいえ、かっこいい詠唱文を考えたり覚えたりできる自信はこれっぽっちもない。

 仕方ないので、せめてスキルの名前だけでも唱えることにしよう。

 無詠唱よりも詠唱省略の方が目立ちにくいだろうし。


「ウォーデンさん! ギルドの入会希望者を連れてきました。今から戦闘試験を頼みたいのですが、お時間大丈夫でしょうか?」

「サリエル帰ってたのか。試験なら問題ない。ついさっき、今日の訓練を終えたところだ」


 ウォーデンと呼ばれた大柄な男が、こちらをちらりと見やりながら快諾する。

 短い黒髪。日焼けした浅黒い肌。丸太のような太い腕。頬から顎にかけて一筋の大きな目立つ傷跡が残るナイスガイである。年齢はたぶん、50代くらいだろうか。


 軽く鑑定してみると、彼のレベルは125もあった。ゲーム時代の感覚で言えば、初心者を脱して少ししたくらいのレベルといった具合だろうか。だというのに、醸し出される雰囲気はベテランそのもの。

 この世界に来て初めて見るレベル3桁代だし、それなりには強いのかもしれないが、まだ5倍もの開きがある。油断するつもりはないけど、勝てない相手ではないだろう。


 俺は、ウォーデンが無造作に木剣が突っ込まれている樽の中から一本を引っ張り出すのを見届けながら、自分もワンドをベルトから抜いて準備を始めた。


(ステータスを見る限り、パワータイプに見えて意外と技巧派な感じか)


 しかも相手は生身の体を動かしてこのレベルまで上がってきた猛者である。

 所詮ゲームの中でしか戦ってきていない俺が近接戦を挑むのは分が悪いが、問題ない。


 俺にはこういう場合の秘策があるのだ。

 だてに火力メイジで世界ランクの上位に立っているわけではない。


 子供たちが訓練場の端に退避するのを見届けると、俺は脳内のキーボードを叩いた。


「──招聘(来い)〈黒騎士〉」


 杖を振ると、目の前に紫色の魔法陣が展開されて、中から真っ黒な鎧を身にまとった騎士が召喚される。


「……召喚魔法か。それに詠唱省略。なかなかの手練れに見える」

「それはどうも」


 黒騎士は召喚魔術スキルのレベル1で召喚可能になる召喚獣だ。通常、召喚獣はテイムした魔物を好きな時に召喚し、戦闘に利用するスキルだが、黒騎士、あるいはその対になっている白騎士の場合は、スキルツリー獲得時に最初から使用可能になっている人工精霊というタイプになる。

 これは他のテイムした召喚獣と違って、プレイヤー自身のステータスがそのまま性能に反映されるため、ソロメイジにとって最も効果的な対白兵戦術なのだ。

 ちなみに黒騎士は自分のINTが攻撃力に、DEXが技量と速度に換算される。

 つまり火力メイジである俺にとって黒騎士は最強格の物理攻撃手段なのだ。


 消費MPも一回たったの100点と激安。そのうえ耐久値は自分のMPと共有されるから、魔力回復薬を併用することで耐久値の回復もできる。


 対白兵戦としてこれ以上に有能なスキルはない。


「それでは始めようか。サリエル、審判を頼む」

「承りました」


 サリエルがコクリと頷いて、俺とウォーデンを見やった。いつの間にか増えていた観客の冒険者たちが、ごくりと生唾をのむ。


「準備はよろしいですね? では、模擬戦闘試験──開始!」


 サリエルの声が訓練場に響いた瞬間、ウォーデンが地面を踏みしめて、低く構える。

 その殺気を肌で感じ取るより早く、黒騎士が大剣を掲げて前に出た。


(来る──!)


 次の瞬間、土煙を蹴立てて迫る巨躯。

 ギルド登録試験、開戦である。


次回の投稿は来週です。お楽しみに!

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