第44話 旅行
都市と都市を隔てる平原や丘陵地帯などには、常に様々な魔物が跋扈しており、人々の都市間の行き来だけでなく、物品の輸送にとっても大きな障害になっている。
おかげで、この世界では文明のあり方というものがチグハグしているようで、あちらの都市の文明のレベルが10であるなら、こちらのレベルは5、あるいは25といった具合に、パッチワークのようになっていた。
カラク曰く、この現象を商人たちの間では『文明のステンドグラス』と呼ぶらしい。
ただ、この文明の散逸構造もどうやら無秩序というわけでもないようで、沿岸部や港湾都市、首都圏周辺はそれなりに発達した文明を持つようになる傾向があるようだ。
──今から2週間くらい前にされた話をチラリと思い出しながら、俺は目の前の巨大な蒸気機関車にため息をついた。
一言で言えば、前方の車両に砲台がついた機関車。
黒錆加工がなされた全身には、正面の魔物を何が何でも跳ね除けて進もうとする強い意志を感じる牛避けならぬ魔物避けと呼ばれる鋼鉄製のスカートが付いている。
車輪も、どうやら線路の上を通るというようなものではないらしく、どんな悪路でも突き進まんという強い意志を感じるキャタピラが、泥に塗れているのが目視できた。
「これはまた、何とも大掛かりな……」
「月に一度、大都市間を航行する都市間列車です。
今月乗り遅れれば、テルマユに行くのは28日後ですね」
「田舎の電車の比じゃねぇな……」
列車を見上げながら、呆れたようにため息をつく。
そんな俺の隣で旅行鞄を曳きながら説明するのは、なぜかメイド服姿のリディア。
鞄の中に入っているのは、この2週間で準備した新品の数日分の着替えとその他諸々である。
「ていうか、リディアはなんでメイド服なの?
いつものゴスロリは?」
「私、実は師匠に随伴してお出かけする際はメイド服と決めているんです」
「あー……なるほど」
一瞬、脳裏に出会ったばかりのリディアのことを思い出す。
どうやらこの件については、深くは追求しないでおいた方がいいみたいだ。
「それにしても、まさかこんなことになるとはなぁ」
俺は肩越しに旅装のヘンブリッツとウェッヴェルを見やりながら話題を変えた。
遡ること今から約2週間前──。
カラクの店で拠点の設計図やら何やらを話し合った後のことである。
俺は石工のドワーフ、ロックウェルに、杖の代わりとなる武器を作ってもらうべくオススメの鍛治師の所在について尋ねていた。
「はぁ、こいつぁなかなか面白ぇ仕掛けじゃのぉ。
この制御盤やら回路やらをみるに、鍛治だけじゃなく錬金術にもある程度精通しとるやつがええじゃろうな」
設計図をまじまじと見ながら、ロックウェルは顎髭をなぞった。
「心当たりはあるか?」
「ある。1人だけな。
じゃが、あいつは今ちっとばかし面倒なところにおってな。行くこと自体はまあ簡単じゃが──正直おすすめはせん」
意味深に図面から視線を持ち上げて言うロックウェルに、俺は疑問符を浮かべる。
「面倒?」
「……マフィアじゃよ。奴らが根城にしとる温泉都市テルマユにおるんじゃ」
盛大なため息をついて図面を置き、傍から酒を引っ張り出してコップに注ぐ。
「温泉都市?」
「東帝国マフィアの連中が大々的に占拠しとる都市でな。
嬢ちゃんみたいなのがいくと攫われかねん。
あそこには裏賭博やら違法奴隷の売買まであるって噂じゃからの」
賭博に奴隷……。
どうやらかなりアングラな都市みたいでちょっと怖いけど、道中は白騎士に護衛させれば問題ないはずだ。
それに護衛がいなくたって、相手はせいぜいレベル100以下程度のはず。
であれば杖がなくてもどうにでもなる。
杖がないと威力や射程などに支障が出るというだけであって、魔術そのものが使えなくなるというわけでもないからな。
……が、傍目には俺はただの中学生の女の子にしか見えない。
そう答えたところで強がりにしか聞こえないだろう。
冒険者のランクだってまだアイアンから動いていないしね。
だが問題ない。
俺はストレージからあるものを取り出すと、ドン、と勢いよく机の上に叩きつけた。
「問題ない。
腕には自信がある」
「なっ!?」
「これは……!?」
カラクとロックウェルが目を見開く。
なぜなら俺が取り出したのは、ブルーオーガの生首だったからだ。
「俺はメイジだが、1人でこいつを倒すことができる。
それくらいには強いと思ってもらって構わない」
ブルーオーガはブラックフォレストを徘徊するエリアボスだ。
恐るべき魔術に対する耐性と再生能力、加えて攻撃力の高さで、アグナリアなんて例外を除けばここら一帯で最強の魔物である。
それを1人で討伐できると豪語し、同時に証拠──実際は俺が倒したわけではないから、証拠に見えるものというのが正しいが──を提示してみせた。
たとえこれが真実であろうがなかろうが、この数時間で観察して理解したロックウェルの性格傾向なら、きっとここで首を縦に振るだろう。
いや、振らざるを得まい。
「……面白い。
そうまでしてこれを作りてぇのか」
ニヤリ、とロックウェルが笑った。
「わかってくれると信じてたよ」
こうして、俺はその鍛治師──スヴェトラーナ・イワノヴナが温泉都市テルマユにいることを聞きつけたのである。
──で、翌朝鉢合わせたリディアたちにこれから俺がテルマユに行くと伝えた結果、この3人が同行することになったのだ。
ちなみに〈悟酉〉は別件のため、今はここにいない。
1人にするのは不安があったので白騎士を一体つけたが……まだ少し心配だ。
「師匠1人で温泉なんてずるいぜ、まったく。
弟子の立場にも立ってみろよ?」
まさかこんなことになるなんて、という俺のつぶやきに対して、ヘンブリッツが肩をすくめながら返した。
「言っておくが、メインの目的は俺の武器を作ってもらうことだからな?
遊びに行くわけじゃない」
チケットと車両番号を見比べながらため息を吐く。
「わかっちゃいるんだがね?
わかっちゃいるんだが……結局は温泉に入るわけだろ? とすると必然的に半分は旅行の赴きになるわけだ。
俺も仕事で世界各地を巡っちゃいるが、やっぱり遠征するならそれなりの楽しみがねぇとやっていけねぇのよ。
それをわからねぇ師匠じゃあるまい。
楽しみを独り占めするってのは、弟子としちゃ黙って見過ごせねぇのさ」
「要するに遊ぶための口実が欲しいだけじゃねぇか」
階段を上り、客車に乗り込む。
内部はワインレッドの絨毯が敷かれ、シックな調度品で整えられた食堂になっていた。
さすが長旅用の列車だ。
退屈しないように工夫がなされている。
クリスタル製の窓際に置かれた小さな丸テーブルやソファたち、奥に見えるバーには準備中の看板が下げられているが、中ではマスターらしき男性が酒の入ったボトルを並べたりしている様子が見て取れる。
「……」
「どうしたウェヴェル?」
「いや、なんでも」
じっとバーの方を睨んで動かないウェッヴェルに声をかける。
悟酉がいないせいか、手持ち無沙汰に見える。
そういえば、ウェッヴェルは南方大陸語しか喋れないから、俺達が何を話しているかわからないんだっけ。
外国に一人で放置されたと思えば、その心細さも理解できる。
この旅の間に、彼とはできるだけ話すようにしてやろう。
いくら彼が捕虜とはいえ、話し相手もいないのではかわいそうだ。
「何かあったら俺に言え。
話相手がいないのはつまらないだろ? それに、俺はお前をただの捕虜で終わらせるつもりはない」
「……どういうこと、ですか?」
戸惑いの表情を浮かべるウェッヴェル。
俺は背伸びをして彼の頭をなでると、ニコリと笑みを浮かべた。
「俺はお前と戦友になりたいのさ」
「……は?」
困惑と嫌悪。
その2つがないまぜになったような表情で、ウェッヴェルは眉を顰めた。
ここで突然の錬金術豆知識!
19世紀の産業革命を象徴する 蒸気機関車。
これを錬金術師の目で眺めると、まるで「移動する錬金炉」のように見えてきます。
・火室(ファイアボックス)
石炭を燃やす炉の部分。錬金術的には「硫黄(火)」の象徴であり、変化を引き起こす原動力そのものです。
・ボイラー(蒸気をつくる釜)
ここに満たされた水は「水銀(水)」のシンボル。火の力を受けて揮発し、見えない力=蒸気へと姿を変えます。
・シリンダーとピストン
蒸気が押し出し運動に変わる部分。これは「塩(土)」の役割であり、無形のエネルギーを形ある力へと固定化する場です。
こうして「硫黄=火」「水銀=水」「塩=土」が一つに調和したとき、機関車は動き出す――。
まさに錬金術の三原質が結合し、新たな“力”を生み出す装置といえるでしょう。
さらに面白いのは、蒸気機関車が煙突から黒煙を吐きながら走る姿。
錬金術的には「黒化」の象徴そのものであり、やがて鉄路を駆け抜ける姿は「赤化」の完成形にも重なります。
つまり蒸気機関車は、産業革命の産物であると同時に、錬金術の夢が鉄と蒸気の形で実現した存在とも言えるのです。
以上、錬金術豆知識でした!
次回は明後日の0時更新です。
お楽しみに!




