第43話 設計談義
梟印のカラク商店の2階、商談室──。
磨硝子の嵌められたその木製の扉を開くと、そこにはすでに客人の姿があった。
「おぅ、ようやっと来たか。
聞いてたよりちっこいな。酒は持ってきたか?」
椅子の背にふんぞり返ったドワーフがニヤリと笑った。
浅黒い肌に青い瞳、片目を覆う黒い眼帯。もじゃもじゃの髪と三つ編みの髭を揺らしながら、酒焼けしたような太くしわがれた声で言い放つ。
「もちろん、労働には対価が必要だ」
開口一番に酒を要求する姿を見て、俺は思わず感動してにやりと笑みを浮かべた。
「わかってるじゃねぇか」
仕事よりまず酒。
思っていたドワーフ像と寸分違わないロックウェルの様子にうれしくなりながら、俺は片手に下げていた紙袋を机の中央に置いた。
「これは……火酒じゃな?」
「ああ、葡萄の蒸留酒だ」
さっそくとばかりに紙袋から取り出してにおいをかぐロックウェルに、俺は短く説明する。
「なかなか出回っとらんじゃろう?
どこで手に入れた? しかもガラス製の容器と来た。こんなもん貴族じゃなきゃ手に入らねぇぞ?」
宝石のようなカットが施されたガラス瓶を引っ張り出しながら、こちらの顔を一瞥する。
「俺の自作だよ。仕事を受けてくれるなら優先的にくれてやってもいい」
ドワーフなら酒を要求するだろうと思って、以前ポーションを作ったときに、ついでに用意しておいたのである。
俺にしか作れないお酒ともなれば、それを気に入られた場合交渉がしやすくなるからだ。
「ドワーフ相手に酒で交渉たぁ、いい度胸じゃねぇか。
不味かったら受けねぇぞ?」
へへ、と悪い笑みを浮かべながら、懐から小さな樽のようなコップを取り出して注ぎ始める。
琥珀色の液体がなみなみと注がれていくたび、部屋中にアルコールのにおいが蔓延した。
「いいにおいだ。
以前吞んだ港湾皇国産のブランデーに似ちょるが……ふむ、このスモーキーな味わい、そしてこの香り……リンゴの木で燻したか」
目を細めて味わうロックウェル。
どうやら気に入ってくれたようだ。
(ていうかあんなきつい酒ストレートで呑むのかよ、聞いてたよりだいぶ肝臓が強いな……)
とろりとした液体をそのまま二口三口と嚥下するのを見て俺は思わずひきつった笑みを浮かべた。
「あ、そうだ。カラクさんも、よければ」
言って、呆れたようにロックウェルを一瞥するカラクに、別の紙袋を渡す。
「これは?」
「万年筆だよ。きっと、今使ってる羽ペンより書きやすいはずだ。設計図を同梱したから、好きに使ってくれ」
「これはこれは、なんとも珍しい形で」
受け取った万年筆をしげしげと眺めながらつぶやいた。
「ペンの中にインクが入ってて、毛細管現象を利用して細い線を書けるようにしてあるんだ」
「インク壺とペンが一体化!? なるほど、これは面白いですね。
これさえあれば、もうインク壺を忘れたり、大事な書面にインクをひっくり返すこともなくなる」
いまだに羽ペンを使っていたのが気になって渡してみたが、どうやらうまくいったようだ。
彼にはまだまだ働いてもらわないと困るからね。
意欲を出してもらうためにも、こういう細かい発明品はちょこちょこプレゼントしていこうと思っているのだ。
今はルートがないし、この世界での知識もないけど……いずれ、家具とかもプレゼントできたらいいよね。
腕はともかくとして、商人を手駒としてキープしつつ、徐々に育てていくのはこの異世界で生き抜くうえで結構重要なことだ。
俺の発明品も彼を通せば隠れ蓑にできるし、そうでなくても彼を通せばこの世界の文明を発展させ、より住みよい世界に改革していくことも不可能ではないのだ。
あくまで俺の快適な異世界ライフのため、せいぜい頑張ってくれ給え。
「──んじゃ、一服したところで本題に入ろうや」
瞬く間に酒瓶の半分を飲み干してしまったロックウェルが、ブランデーを横において机のスペースを確保した。
「えっと、嬢ちゃん名前は何だったかな?」
「ユーリだ」
「いい名前だな、覚えた。
で、ユーリや。一応カラクから要望の概要は聞いたが、お前さんの口からも直接聞いておきたい。
どんな家を建ててほしいんだ?」
巨体の懐から巨大な手帳と羽ペン、インク壺を取り出して──俺とカラクの方を交互に見やった。
「一応、外観のイメージ図と、希望の間取り図は書いてきたよ。
素人だから縮尺や比率は結構適当だけど」
アイテムボックスから2冊のノートを引っ張り出して机に置く。
「イメージがわかりゃ、あとでこっちで調整するわい。
……ふむ、なるほどよくできちょる。
基礎はどこで習った?」
太い指でノートをペラペラとめくりながら呟くロックウェル。
「学校で少しかじった」
「お前さん、親戚に石工でもおるんか?」
「どっちかって言うと芸術家かな」
母方の祖父は切り絵とか生け花とか得意だったし、父方の祖父の姉は刺繍や裁縫の先生をしている。
遡ってみれば結構芸術家気質の人は俺の血筋にはかなり多いみたいで、おかげで俺も芸術科の大学に通うことになった。
「芸術家……なるほど、道理で絵が上手いわけじゃ」
ロックウェルは俺が記憶から絞り出して描いたピエールフォン城を見ながらつぶやいた。
「が、こいつを建てることは残念ながら無理じゃな」
「どうして?」
「城は貴族にしか許されちょらんからじゃ」
「それは……金を積んでもか?」
「あの頭の固い秘書長が意地でも通さんじゃろうな」
言われて、数日前に話した市長の金魚の糞を思い出した。
「あー、それなら問題ないよ。
彼とは知り合いだし、俺の名前を出せば何とかなるはず」
「貴族でもないのにか?」
疑うように眉を顰めるロックウェル。
図体が大きいだけに迫力がすごいが、残念ながら俺には効かない。
「試せば真偽は一発で分かるさ」
「……わかった。いったん真実と言うテイで話を進めさせてもらおう。
嘘なら倍の金を請求するからな?」
「もちろん」
それから俺たちは拠点の間取りや外見について話し合った。
水場は一か所にまとめた方がいいとか、暖炉の煙突はまっすぐの方がいいとか、研究施設を設置するなら念のため別館の方がいいとか、使用人用のバックルームの通路はどうするとか。
「使用人かぁ。
そういえば考えたことなかったな……」
「こんだけでけぇ城に、嬢ちゃん一人で住むつもりだったのか? 贅沢だなぁ」
俺が最終的に拠点の形を城のようにしたのは、まず一つは俺自身の趣味によるものだが、実を言うとそれだけではない。
まずクランの復興。
この世界で好き勝手やるには、最終的には人数が必要だと思っていた。
実際、異世界間航行の魔術を魔族から教えてもらう、あるいは盗み出すためには、それなりの施設と人員が必要という結論に至った。
人員を錬金術で創るにしろ、新しく弟子を取って教育するにしろ、それなりの設備と広さは重要なのである。
次に魔術の実験をするための施設。
俺がこの世界で最も楽しみを見出しているのが魔術の存在だ。
前世には存在しなかった、かつて求めてやまなかったせいで、リアルでも魔術のことを色々調べたりしたのである。
実際に魔術を使えるこの世界で、魔術の実験ができないというのは、好きなことを好きなだけするという俺の人生の指針に背くことになる。
あとはまぁ、現代日本と同レベルの、できればもっとハイレベルな生活をしたいとか色々あるが──それらをクリアするためにも城は捨てがたいのだ。
そしてそれを成立させるなら、やはり使用人は必要。
今まで全く考えていなかったが、確かに言われてみればその通りだった。
「ちなみに、使用人はどこで雇うものなんだ?」
ふと気になって尋ねてみる。
自分で作るのもいいが、それだとこの世界の常識を知ることができない。
全て俺の頭の中だけで完結してしまうのはどうにも面白みに欠ける。
ロックウェルはカラクと顔を見合わせると『そうじゃなぁ』と口を開いた。
「大体は、付き合いのある貴族連中の兄弟姉妹が駆り出されることが多い印象じゃなぁ。
うちの得意先がそうじゃから、多分どこもそうじゃろう」
なるほど、使用人のやり取りは社交も兼ねているということなのか。
「ですね。
私は直接取引はないのですが、噂には聞きます。
あとはそうですね、使用人ギルドを訪ねるという手もありましょうな」
「……使用人ギルド?」
聞いたことのない名前に小首を傾げる。
「貴族の子女が、マナーの教育を兼ねて通う人材派遣を兼ねた専門学校のようなものですな。
政界で活躍する前のコネづくりの場としても機能しておりまして、本職ではない分安く雇えることが特徴です」
「なるほど、その手があったか」
貴族のコネはあった方が何かと役に立つ。
候補の一つとして考えておいてもいいかもしれない。
俺は頭の片隅にメモを取ると、『とりあえず考えておくよ』と返して次の話題に移った。
次回は明後日の0時更新です。




