第38話 ヘンブリッツの画策
翌朝、俺は悶々とした頭で目が覚めた。
昨夜はポーションの調合や失った杖の代用品の構想を練ったり、リディア用の召喚魔術の教科書をまとめたりと、いろいろ作業に没頭して気を紛らわせた。
だが結局のところ、心のざわつきは収まらなかった。
相手は男とはいえ、向けられた好意をどう受け止めればいいのか分からない。そんな経験は一度もなかった俺にとって、この気持ちは扱い方が分からない厄介なものだった。
「どう……すればいいんだろ……」
どうするも何も、友達と軽く遊びに行く気分で接すればいいという結論は出ていた。
俺は男とどうこうなるつもりは毛頭ないし、それは理解しているつもりだ。
しかし、ウェンティの気持ちはどうなる?
「……いや、そもそも告られたわけでは、いや、口説かれてはいたか……」
ぶつくさ呟きながら身支度を整える。
洗面所で顔を洗って、歯を磨き、服を着替える。
いつもの服に着替えようとして、そういえば夜天外套は破れたままだったと思い出す。
右腕を潰されてから補修もせずにそのまま。
だからその下のブラウスの袖も千切れたままになっている。
昨日はあの後そのまま市長のところに呼ばれたから、カラクの店に出向いた時もワイルドな感じだったわけだけど……今日はデートだ。
これではさすがに街を出歩けない。
「……せっかくだし、サリエルと買った服でも着ていくか」
言って、ストレージからハイネックの白いニットと黒のスキニーなパンツを取り出した。
日本で穿いていたジーンズより分厚い生地。
たしかサリエル曰く幌馬車の幌に使っていた生地を利用しているからかなり丈夫で、その上伸縮性もあるのだとか。
デザインもシンプルで申し分ない一品。
これなら気合を入れているなんて思われないだろう。
俺は髪を適当に後ろで一つにまとめると、朝食を摂るべく部屋を後にした。
***
一階の食堂に降りると、なにやらそわそわした様子のヘンブリッツが見えた。
向かいの席にはもりもりと食事を頬張っている悟酉がいて、空になった皿をウェッヴェルがせっせと片付けている。
そんな様子を、リディアは少し呆れた様子で見守っていた。
白騎士は──と見渡すと、宿の外で待機している。
あの鎧姿の巨軀では目立つし、当たり前か。
不意に、ヘンブリッツが手を上げて俺を手招きした。
「よぉ、ユーリ。
うちの弟子が世話になったな」
「ヘンブリッツ……」
このまま一人で朝食なんて摂ったものなら、また頭の中がぐるぐるしてしまったに違いない。
故にヘンブリッツたちがいたことはありがたかったが、同時になんだか面倒くさい予感が脳裏をよぎって、複雑な感情が胸の内を渦巻いていた。
「こっちこそ、リディアにはずいぶん助けられたよ。
彼女がいなかったら多分詰んでた」
4人の方へ歩み寄り、肩をすくめて礼を言った。
「一人でドラゴン倒したのにか? あんなこと俺でもできねぇよ?」
「聞いたのか」
ウェッヴェルの隣に腰を下ろしながら、俺は小さく息を吐いた。
「調子はどうだ?」
「まぁまぁっすね」
小声で尋ねると、ウェッヴェルが視線をわずかに反らしながら答えた。
……昨日から思ってたけど、もしかして、俺ちょっと避けられてる?
「──聞いたぜ。
リディアちゃんが二股したいって話も合わせて、さっきそこの天使様にな」
「二股って、人聞きが悪いですよヘンブリッツ師匠!?」
茶目っ気たっぷりに返すヘンブリッツに、リディアが慌てた様子で抗議するのを、俺はメニューを片手に取りながら笑みを浮かべる。
天使様、とやけに強調して言うあたり、俺の詐欺の話も聞いているのだろう。
わかっていて、話を合わせると暗に言っているのだ。
「ふふぇーやうえふにぇ。
おひゅひんははうぃふぃふぃふぃふぉーっへやふふぁふぉふぁひもひひょーをふふふぉーなんふぇ!」
「お前はまずその口にほおばっているものを飲み込んでから喋ろうな?」
ホットケーキらしきものを頬張りながらまくしたてる悟酉。
もはや何言ってるかわからんわ。
「それで、神様の今日のご予定は?」
「あー……昼からちょっと用事がね」
視線をメニューに沈めながらお茶を濁す。
「用事?」
「拠点作りの下準備だよ。ちょっと交換条件でいろいろしなきゃいけなくてね。
あ、クリームブリュレトーストと、それからカフェモカをホットでお願い」
空いた食器を取りに来たウェイトレスに注文しながら簡単に答えると、彼女は苦笑いを浮かべながらも恭しくひざを軽く曲げて、空いた皿をウェッヴェルから受け取っていった。
「神様も大変だねぇ」
「人の世界に合わせないといけないからな。あー大変大変」
茶化すように笑うヘンブリッツに、しれっと言い訳を口にする。
「それで、要件はなんだ?」
今日の用事は何かと聞いたということは、きっと俺に何か要件があったのだろう。
でなければあんな話の切り出し方はしないはずだ。
「人工精霊だよ、人工精霊。
それの作り方を俺にも教えてほしくてな、リディアと一緒に弟子入りさせてくれよ」
「……目的がわからんな」
「箔が付くだろ?」
にやにやと笑みを浮かべるヘンブリッツ。
確かにミスリルランク、しかも魔法使い殺しの魔法使いなんて二つ名を持つ冒険者に弟子入りを志願されたとあれば、俺の評価はうなぎのぼりだろう。
「それだけか?」
しかしそれだけでは彼にメリットがありそうには思えない。
それにアグナリア火山の依頼のこともある。
彼が単純に好奇心で人工精霊の作り方を教えてほしいと頼んでいるわけではなく、その裏にもっと何か企み事がありそうな気がしてならないのだ。
それに、教わるだけなら弟子入りの必要はない。
「それだけだぜ?」
「……」
少しだけ考える。
しかし答えは見えてこない。圧倒的に情報が不足している。
そういう時は大体考えたって答えは出ないものだ。
ならば、内側に引き込んでしまうのがセオリーってものだろう。
もし俺に害を与えるものなら、それはその時考えればいい。
「……まぁ、戦力は欲しいところだったしな。
弟子兼配下になってくれるっていうなら考えよう」
ちょうどいいタイミングでクリームブリュレトーストが運ばれてくる。
焼き焦げた表面から漂う甘い卵と乳の香り、そしてカフェモカのやや苦味のある匂いが食欲を刺激させる。
どうやら自分でトーストに塗って食べる仕様らしい。
焼きカスタードクリーム、みたいな雰囲気だろうか?
「戦力?
戦争でもするつもりなのか?」
「可能性はあるな」
怪訝に眉を顰めるヘンブリッツに軽く答えながら、ブリュレをトーストに塗り、口に運ぶ。
うまい。
フレンチトーストみたいな感じだ。
ここに蜂蜜をかけたりすれば最高だろうな。
俺はストレージから昨日ポーション作りのために買った蜂蜜の残りを、同じくストレージから取り出したスプーンで掬って上に垂らした。
あ、あと乾燥ベリーも乗せよ。
「……理由を聞いても良いか?」
「まだ話せない。情報が確定してないしな」
完成したものを口に運ぶ。
卵の柔らかで甘い口当たりに、ベリーの酸味がアクセントになっている。
それらを蜂蜜が一体にまとめていてとても美味しい。
どうやらこの選択は間違いではなかったようだ。
「だがまぁ、ゴトシャ教と敵対する可能性は充分に高いことだけは確かだ。
避けられるなら嬉しいが」
ゴトシャ教と魔族の関係。
それから俺の伏字のスキル。
背中のあの奇妙な感覚。
この右腕と左目のこと。
俺をこの世界に召喚した目的。
彼らが何を考えているのかハッキリしないが、警戒して軍備を整えておくに越したことはない。
思い返せばあのアグナリア火山の件に先手を打てたのは奇跡だったからな。
あれと同じような奇襲を仕掛けられたらたまったものじゃない。
「……なるほど、あの予言はそういうことか」
何か納得したように呟くヘンブリッツ。
「予言?」
「いや、こっちの話だ。
わかった、その条件を呑もう。弟子にしてくれ」
何か不穏な気配はするが……。
そういえばギルドに登録した時も、ギルマスがなんだか妙なことを言っていたな。
まるで、俺があのギルドで登録することを事前に知っていたような……。
当時のジャンとウォーデンのやり取りを思い出す。
確か──
『──これでは、あなたがここにいる意味がないじゃないですか』
『すまない。だが──』
『わかっている。どうやら杞憂の可能性の方が高いみたいだからね』
──だったか?
あの時覚えた小さな違和感。
もしかして、ヘンブリッツの言う予言と何か関係があるのでは?
(……いや、それは流石に考えすぎか)
予言という単語を聞いて、ちょっと発想が飛躍しすぎたのかもしれない。
チラリと悟酉に目配せする──と、どうやら悟酉は俺たちの会話には全く興味がない様子で、俺のクリームブリュレトーストを涎を垂らしながら見つめていた。
「……あげないからな?」
「め、滅相もありません!
ご主人様の朝食を横取りしようだなんてこれっぽっちも……!
しかし、そう思わせてしまったのは私の過失であります! 今こそ切腹をば──!」
「やめんか!」
俺はいきなりショートソードを抜こうとした悟酉の手を急いで押さえつけると、盛大なため息を吐いた。
悟酉にヘンブリッツの監視も重ねて命令しようと思ったが……別の者に任せた方がいいかもしれないな。
「はぁ……わかった。
じゃあその条件で2人まとめて弟子にしよう。
まだ教科書作ってる最中だから、できたら教える」
「ありがとうございます、ユーリ師匠!」
「やりましたね、ヘンブリッツ師匠!」
してやったり、という顔で頭を下げるヘンブリッツ。
それに自分のことのように喜ぶリディア。
こうして俺に2人目の手駒──もとい、弟子ができた。
次回は明後日の0時更新です。




