第37話 ポーションを作ろう
宿に戻った俺は、待ちきれないとばかりに机へ向かい、材料を次々と広げていった。
聖水、蜂蜜、赤百合の球根、風精草の実。
──これが、ポーション造りに必須の基本素材だ。
ポーションには大きく分けてMP回復用とHP回復用があり、必要な材料はそれぞれで違う。効能の強弱でも配合は変わるが、どちらであっても今並べた4つは欠かせない。
ここにさらに、MP回復用なら青のローズヒップ、HP回復用なら赤のローズヒップを加える。
効能を強めたいなら、その数を増やせばいい。
まあ、実際はさらにスライムの核とかいろんな材料がいくつかと、あとは工程が増えたりするんだが──。
「ゲームだと、プレイヤー側の操作と言えば調合開始ボタンをクリックするだけだったからな……」
ボタンをクリックすると、レシピに合わせてキャラクターが蒸留したり鍋をかき回したりするアニメーションが流れるのだ。
このアニメーションがやけに細かくて力が入っていたことを今でも思い出せる。
──一度でいいから、あの手順を実際にやってみたい。
その夢が今日ようやく叶う。
……デートのことを考えないようにするための、一種の現実逃避だけど。
「さて……魔術の使い方がゲームと同じだったんだ。なら、ポーション造りだって基本は変わらないはず」
独り言のようにつぶやきながら、素材を手に取る。
「スキル画面でできるのはレシピの確認まで。その先は……自分の手でやるしかない、ってことだな」
俺は錬金術スキルのウィンドウを展開すると、HP回復用ポーション──『リバイタルポーション』のレシピを確認した──が。
「……ん? これあれだな。別にレシピ見なくても作り方がわかるな……」
左の義眼のおかげか、それとも錬金術スキルレベル600による補正なのかはわからなかったが、レシピに視線を移した瞬間、すぐに頭の中に詳細な手順が駆け巡るのを感じた。
魔術スキルの時は魔力が勝手に動く感覚があったけど、今回はそれよりもむしろ、知識の方が先行して励起する感覚に近い。
まるで作りなれた手料理のレシピを思い出すような、そんな感覚が自然と沸き起る。
これなら、視界の邪魔になるウィンドウは消してもいいか。
俺はウィンドウを閉じると、軽く目をつむりながらもう一度レシピを思い浮かべた。
「俺のHP総量は約4000点……。
なら作るポーションのレベルはVで充分……」
ポーションにはランクがある。
低級と呼ばれるのは回復量が250点から1000点のレベルI~Ⅲ。
中級と呼ばれるのは回復量が2000点から5000点のレベルⅣ~Ⅵ。
上級はそれ以降。回復量は最低でも1万点を超えるレベルで、これは主にタンク職が常備するものだ。
俺は魔術師なのでHPはそれほど多くはない。
むしろ、HPの総量を決めるのに使われるVITに1点も割り振っていないせいで成長値はデフォルトのままなのである。
代わりにMPだけは限界値まで伸ばせていたけどね。
「さて、となると必要なのは基本材料に加えて赤のローズヒップが5個と、それからヒールスライムの核と体液……こんなものか」
とりあえず必要な材料をより分けて、他をストレージに戻した。
「次は下処理だ。
聖水100㎖に対して蜂蜜を大匙1、赤百合の球根は皮をむいてナイフの腹で潰しておき、風精草の実は皮をむいて種を取る。ヒールスライムの核は砕いて体液の中にローズヒップと一緒に保存……っと」
これで下処理は完了。
ここからようやくポーションの調合が始まる──。
「まずは、赤百合の球根と風精草の実を混ぜてすり鉢で混ぜる」
手元に用意していた錬金術キットの中から小さなすり鉢とすりこ木を引っ張り出して、粘りが出るまで混ぜ続ける。
「ここに混ぜながら薬品素材ポイントを調合して、メレンゲみたいになったらフラスコに入れて、蜂蜜を溶かした聖水と一緒に攪拌する」
枝付きフラスコに入れてしっかり栓をし、くるくるとフラスコを振って中身を混ぜ合わせる。
すると、これまで濁った黄色っぽい液体に泡が浮いているような状態だったものが、次第に濃い黄色に変化し、やがて不純物のない黄色い溶液が完成した。
「よし。今度は温度計をセットして、冷却器とそれから三角フラスコを準備して……」
三脚の下にアルコールランプを設置し、内部の火属性魔力が陰性状態で待機しているのを確認する。
次にヒールスライムの体液に漬けていた核とローズヒップの様子を確認。
「質料が染み込むまでもうちょっとかかりそうだな……」
核の中には回復効率を強化する性質を持つ質料が含まれているらしい。
それが、体液を媒介にしてローズヒップの果肉に染み込み切らないと、ポーションの性能は格段に落ちてしまう。
「よし、陰属性魔術で時間を加速して、反応を早めるか」
数秘術スキルには時間を操作する陰属性魔術と空間を操作する陽属性魔術が存在する。
時間というのは熱力学的にはエントロピーの増大、すなわち現象が進行することそのものを指し示すので、陰属性魔術を使えば反応に時間がかかる実験もすぐに効果を実感できる……はず。
ものによっては爆発したりする危険性もあるから、扱いには慎重にならなきゃいけないが……効果範囲を限定すれば問題ないだろう。
「〈加速〉」
小さな白い魔法陣が展開し、次の瞬間見る見るうちにヒールスライムの核が溶け始め、小さくなっていった。
どうやら仮説は正しかったようだ。
「高校で理科ちゃんと勉強しててよかった」
勉強してなければ今の使い方はたぶん思いつかなかっただろうな。
俺はカチカチに固まった赤いローズヒップの果肉をピンセットで持ち上げると、三角フラスコの中に落とした。
これで準備は整った。
あとは溶液を蒸留してリバイタルポーションの溶媒を抽出するだけだ。
俺は周囲の魔力の状態を確認すると、三角フラスコの内部に薬品素材ポイントを充満させて密閉した。
これでフラスコ内の薬品素材ポイントが拡散せずに、溶媒が三角フラスコに溜まっていく装置の完成だ。
「ふぅ。あと10分くらい放置すれば、ひとまずリバイタルポーションは完成だなぁ」
意外と時間がかかったが、躓くようなところもなく進められたのは僥倖である。
俺はアルコールランプに火を灯すと、黄色い溶媒がふつふつと泡立ち始めるのを確認した。
「ここで〈加速〉を使えないことは残念だけど……とりあえず今のうちに薬瓶の準備だけでもしておこう」
蒸留で抽出した質料が冷却器を通って、内部の陽性になった氷属性魔力で液体の形相を獲得し、三角フラスコ内部の薬品素材ポイントと結婚反応を起こして赤い液体が一滴ずつ溜まっていく。
俺はその様子を視界の片隅で確認しながら、薬瓶を作るための素材アイテムである珪砂とルビーをストレージから取り出した。
「ルビーを錬金術スキルの〈粉砕〉で粉にして珪砂と混合、そこに金属素材ポイントを加えれば……できた、ガラス瓶!」
あとはここに〈保存〉の魔法陣を書き込んだシールを底面に、ラベルシールは正面に貼付すれば、薬瓶の準備は完了だ。
「あとはこれを10回くらい繰り返す……だいたい3時間くらいか」
レベルVのリバイタルポーション10個作るのに3時間。
ゲームの頃ならクランに大きい蒸留装置があったからまとめて作れたが、今はこのポータブルキットしかない。
城を立てたら、絶対錬金部屋を作ろう。
俺は強く決意すると、三角フラスコに溜まったポーションを薬瓶に移し替えていった。
次回の投稿は10月1日の0時です。




