第35話 手掛かり
〈賢者の石〉──。
それが、石をパンに変えたからくりの正体である。
これは錬金術スキルレベル250になると覚えられるスキルで、質料、すなわちそれぞれの素材ポイントを更に万能素材ポイントに変化できるというものだ。
これがあることで、例えば金属素材ポイントが使いたいけど足りない! となったときに、代わりに薬品素材ポイントを金属素材ポイントに変更して使用することができるのである。
……が、それだと麦が必要だったのに使わなかった理由にならないよね?
実はこの〈賢者の石〉というスキルには隠し要素がある。
それが『必要な素材アイテムを魔力で補うことができる』という機能だ。
これは錬金術スキルのレベルが600で錬成可能になる『赤化した賢者の石』と呼ばれるアイテムを作ったことがあるという条件を満たすことによって現れる。
まあ、他にも課金アイテムである『魔女の聖骸』を使うという方法もあったのだが……課金アイテムには限りがあるので、今回は使わなくてもできる方法を用いることにした。
「これで、証明になったかな?」
唖然とする二人に問いかけると、市長は慌てたように椅子から駆け下りて、秘書長ともども土下座した。
日本の土下座とは若干異なるが、この世界にも土下座があったんだなぁ、と少し感慨深い気持ちになる。
「大変ご無礼をいたしました神様!!」
「いいよ、疑うのは統治者として当然だし」
どうやら、俺の神としての演出はうまくいったようだ。
(ちょっと演技臭すぎるのが気になるが……)
俺は背後のリディアにサムズアップして見せると、リディアはニコリと微笑み返した。
「さて、褒章の話に移る前に、一つ約束してもらおうか」
「なんなりと!」
食い気味に答える市長。
なんだか少し哀れに思えてくるな……。
でもとりあえず、市長が政治の話を切り出してくる前に主導権を握れたみたいでよかった。
政治には極力関わりたくないからね。
「俺の正体が神だということは、俺が許可した相手以外には言わないでいてほしい」
「は! 承知いたしました!
必ずやこの後直ちに戒厳令を発布いたします!」
「ありがとう」
よし、これで神だと敬われ過ぎて身動きが取れなくなる心配がなくなったな。
「じゃ、次は褒章の話ね。
これってなんでもいいんだっけ?」
「私にできることなら何なりとお申し付けください!」
「じゃあ、俺がこれからやることについて一切邪魔しないことと、協力してって言ったときは協力してくれるっていうのでどうかな?」
考えてみればこれから俺が建てようと思っている拠点は、小さくても城は城だ。
お城は貴族にしか許されていない! とか面倒なことを言われると困るのである。
やりたいことをやりたいときに、やりたいだけやる。
異世界で好きに生きると決めたのだから、そのための第一歩としてとても有効な一手だ。
……が、これは断られるだろうな。
そう思っての提案だった。
──案の定、市長は拒否の姿勢を示すように、さらに深く頭を床にめり込ませた。
「……それは、誠に申し訳ありませんが、市長という立場上承服しかねます」
「……たしかに。
エインズワース市一つを救ったという実績だけでは不相応か……」
もしここでそういう前例を作ってしまうと、同じような功績を残した人物が悪人だった場合、政治上まずいことになる。
「ご理解いただきありがとうございます……!」
ほっと安堵の息を吐いたのが聞こえてきそうな声で礼を言う。
「じゃあそうだな。
それがだめだというなら、今衛兵の詰所に軟禁されてるらしい魔族の男を、俺のところに返してくれないかな。
彼にはもう少し聞きたいことがあってね、君たちに独占されると困るんだよ」
「……承知いたしました」
エインズワース市を好き勝手されるよりマシだと思ったのだろう。
しぶしぶといった様子で、彼は俺のお願いを承諾した。
***
「ご主人様ー!
会いたかったであります!!」
「うわ、ちょ、待ってください! 首! 首千切れるぐぁあああ!?」
「……!」
市長との面会が終わってお城を出ると、正面広場の噴水に腰を下ろしていた悟酉が、魔族の男の襟首を引っ張ってこちらに駆け寄ってきた。
一緒についていた白騎士はと言えば、おろおろとしながら魔族の男の様子を気にかけている。
「お疲れ。
ちゃんと生きてたようで何よりだ」
「サー! ちゃんと殺さないでおきました! サー!」
「……」
悟酉が元気よく返事する一方で、何か言いたげに彼女の方を一瞥する魔族の男。
これは……死にはしなかったが死ぬほど大変な目にあわされた、という表情だろうか?
(まあたしかに、こんなのに約一日中見張られたりしていたら、生きた心地もしなかっただろうなぁ)
同情するような視線を向けると、それに気が付いたのか、魔族の男は小さく『……ッス』と呟いて目をそらした。
「そういえばお前、名前を聞いていなかったな」
いつまでも頭の中で魔族の男と呼ぶのは流石にしんどくなってきたな、と思いながら彼に尋ねる。
「ウェッヴェル……です。家名はシェディアンで、出身はユッグラ……ッスね」
「……独特な名前だな」
「普通じゃないすか?」
「そうか?」
「南方大陸じゃありふれた名前だと思いますケド」
言われて、南方の大陸にユッグラなんて名前の街があったか? と記憶を探ってみたが思い出せなかった。
多分、ここ800年で新しくできた地名なのだろう。
とはいえ。
「南には行ったことがあるが、そんな独特な響きは聞いたことがないぞ?」
DFHの固有名詞は、元の世界の言語に比較的近いか、そのまま流用してきたものが多かった。
例えばエインズワース市のエインズワースは英語だし、サリエルの故郷であるセントポリアも英語とギリシャ語が語源にある。
サリエルやリディアといった名前が元の世界準拠の言語が用いられているのも、この設定が800年経っても生きている証拠だ。
しかし一方でユッグラという地名やウェッヴェル・シェディアンという名前はどこの国の何という言語がベースになっているかさっぱりわからなかった。
思い返せば、ヴェッリやクォントロッレも語源がさっぱりわからない。
「え、いや、ホントに結構普通……だと思うんスけど……?」
低い声で、眉根を寄せて怪訝にこちらを見返すウェッヴェルに、俺はリディアの方へと視線を送った。
「リディア、どう思う?」
「どうって、何がですユーリ様?」
リディアが小首をかしげる。
「どうって、ウェッヴェルの話だよ」
「……申し訳ありませんユーリ様。私、先ほどからユーリ様がなんとおっしゃっているのかわからず……よろしければ、通訳をお願いしたいのですが」
通訳……?
俺は改めてウェッヴェルの方に向き合った。
「俺、今何語で喋ってた?」
「南方大陸語……ッスね」
改めてリディアに向き合う。
「俺、今何語で喋ってる?」
「西方大陸語です、ユーリ様」
嫌な予感がした。
「……ヴェッリの出身地ってわかる?」
「『蝕陽記』のですか?
でしたら南方大陸だと聞いています」
「じゃあもしかしてクォントロッレも?」
「はい。
ゴトシャ教の古典芸術を書いている人は、大体南方大陸出身が多いと聞いていますね。
そもそも、ゴトシャ教自体が南方大陸の発祥らしいですし、おそらくその影響だと思われますが……すみませんユーリ様。これさっきから何の話ですか?」
彼女の最後の発言で、嫌な予感は確信に変わった。
──南方大陸だけ、DFHと異なる世界になっている可能性がある。
あるいは、異なる世界からの侵略を受けている可能性がある。
(……これは、ちょっとおもしろくなってきたな……)
まず、この世界の元々のベースがDFHと同じだったとして考えてみよう。
800年前に突然、まったく新しい言語ができることなんてあるだろうか?
いや、無い。
800年かけて新しい言語に変わるならまだいい。
だがその場合は言語学的に考えてこの南方大陸語の構造はおかしい。
変化するにしても、日本の方言みたいに何らかの言語的な繋がりがなければおかしいのだ。
だが南方大陸語にはそれが感じられない。
たとえるなら英語と日本語くらい違う。
これが800年の期間であり得るとしたら、まったく異なる言語体系の世界から来たものが南方大陸を侵略したとしか考えようがないのである。
そしてこの世界で使われているのは前世の地球にあった言語を基本モデルとしたもので、大体がヨーロッパ圏の言語と中国語と日本語である。
そこから外れる言語体系が出現したということはすなわち異世界の関与を疑ってしかるべきなのである。
〈異世界言語完全習得〉のせいで完全に気付くのが遅れたが……これはつまり異世界間を移動する魔術の存在の証拠ではないだろうか?
「……ふむ」
異世界間航行……いいねぇ。
俺の知らない魔術だ、ぜひとも知りたい!
「ふふふふふふふふふふ………」
思わず笑みがこぼれる。
今まで魔族だのなんだのを積極的に追いかけるつもりなんてものは毛頭なかったが、異世界を渡り歩く魔術には興味がある。
それを手に入れるためにも、いいだろう、ゴトシャ教の、魔族の掌で踊って見せよう。
利用して、利用しつくして、俺の知的探求心のための糧にしてくれよう。
「……あの、ユーリ様?」
「ご主人様、なんだか楽しそうでありますね!」
「……こわ」
三者三様の反応が聞こえてくる気がするが関係ない。
そうと決まればさっそく拠点づくりを加速させよう。
俺はそう決めると、ニコリと笑みを浮かべてリディアにウェッヴェルと悟酉を押し付けた。
「リディア、俺は用事ができた。
あとは任せるからよろしく!
あ、〈悟酉〉。リディアとウェッヴェルの護衛を任せたよ! リディアの言うことをよく聞いて従ってくれ」
「え、何それ!?
ちょっとユーリどういうことよ!?」
唐突な押し付けに、何が何だかわからないといった様子で慌てて説明を求めるリディア。
しかし、今の俺に彼女を気に掛ける余裕はない。
「詳しいことは悟酉に聞いてくれ!
それと、召喚魔術のことについてだが、後で教科書作ってやるからそれまでちょっと待っててくれ! じゃ!」
俺はそう告げると、怒ったような、あるいは呆れたような顔で抗議するリディアを置いて、カラクの店へと駆け出した。
ここで突然の錬金術豆知識!
今回は「賢者の石」についてのお話です。
ハリー・ポッターシリーズや鋼の錬金術師でお馴染みの賢者の石。
実はそんな賢者の石には、その生成段階によって三つの呼び方があるとされます。
それが 黒化、白化、赤化 です。
賢者の石にはさまざまな作り方があるのですが、15世紀初頭の錬金術師ジョージ・リプリーの『錬金術の構成』には、以下のようなレシピが記載されています。
工程は十二工程。
煆焼→溶解→分離→結合→腐敗→凝固→栄養→昇華→発酵→高揚→増殖→黄金変成です。
ちなみにこの工程が12なのは、「それぞれの工程が黄道十二星座の影響を受けているから」らしいですね。
さて、そんな12の工程の中で黒化はというと、「腐敗」の段階にあたる状態だと言います。
この状態の時の賢者の石は、カラスの嘴のような黒い粉末状であるとされており、賢者の石の三つの段階において「死」を意味すると言われています。
ちなみに賢者の石の変成は、単純な物質のやり取りではなく、精神的な修行の一環であるとされています。
つまり錬金術で登場する物質の名前は、現実に存在する物質そのものという意味よりも、もっと哲学的な記号的な意義であったのではないか、と言われています。
そしてこの意義に則って考えると、このニグレドの状態が指し示す死というのは、遍く伝説において「一度死んだものが蘇ることによって、1段階上の状態に移行する」という象徴的寓話の意図を汲んでいると思われ、死とは即ち「ある状態の終了、および次の段階への移行準備が整った状態」であると思われます。
ということは、新しく生まれ変わる段階が白化というわけですね。
腐敗という工程を終えた賢者の石は、凝固という工程に移ります。
金属が浄化され、再生する工程がこの凝固という段階で、この段階を完了すると金属は白くなり「白い石」が生まれると言われています。
この状態こそがアルベドと呼ばれていて、以降、「赤い石」と呼ばれる賢者の石の完成形を生成する作業に入ります……が、詳細はよくわかっていません。
ジョージ・リプリーによれば栄養、昇華、発酵、高揚、増殖の過程をへて「完成」を象徴する赤い賢者の石ができるとされており、この状態の賢者の石を赤化と呼ぶようです。
伝説によれば、この「増殖」の工程に入った錬金術師は、質の高められた金属をどんどん増産できると言われています。
これは筆者の想像なのですが、錬金術における「金属」というのは、おそらく「魂」とか「精神」の暗喩ではないでしょうか。
まぁ、実際はそんな浅い答えではないみたいなのですけど。
筆者の錬金術研鑽によれば、錬金術は結構仏教と相性が良くて、仏教における空の概念とどうやら密接に関わってるみたいなんですよねぇ。
まだ研究途中なので滅多なことは言えませんが、多分錬金術師たちは「世界を脳が見ている」のではなく、「脳が世界を映し出して体験している」というようなイメージで世界を見ていたのではないでしょうか?
私は自身の研究の中で「立体交差並行世界論」と名付けた持論があるのですが……それはまた作中でいつかお話しします。
さて。少し長くなってしまいましたが、皆さんも錬金術に興味を持ってくれたのではないでしょうか?
今回のお話で興味を持っていただけると幸いです。
以上、錬金術豆知識でした!
次回の投稿は明後日の16時です。
お楽しみに!




