第34話 神の証明
ドレスに着替えた俺たちを案内する使用人の後について、市長邸の廊下を歩く。
磨かれた玄武岩と大理石の廊下はつるつるに磨かれており、中庭から差し込んだ陽光に反射して、一行の姿が鏡のように映し出されていた。
白を基調としたフリルとレースを豊富に用いたドレスを着ているのは、神を偽る冒険者(俺)。
その後ろに控えるのは、黒を基調とした紫のフリルが目立つドレスを身に着けた、魔法使い殺しの魔法使いの弟子リディア。
そしてさらにその後ろには、静かに沈黙を守りながらも、その巨体と鎧の輝きで異様な存在感を示す俺の召喚獣、白騎士。
きっと、現代日本人がこの場面を目撃したとしたなら、ここがコスプレ会場だと勘違いしたか、あるいは中二病の集団だと思ったに違いなかった。
(褒章、何をもらおうかなぁ)
きっちりと着こなした燕尾服の背中を追いかけながら、俺は視界の端で庭園の風景を楽しみつつそんなことを考える。
こじんまりとした白薔薇の庭。
その中央には西洋東屋が鎮座しているのを見ながら、自分もこういう庭付きのお城が欲しいと思う。
(帰ったら明日はカラクさんに会いに行って、ロックウェルさんを紹介してもらって、それからお城の設計図を……)
参考にするなら、やはり前世で好きだったピエールフォン城がいい。
帰ったらあれを参考に設計図を書こう。
和風の建築もいいが、この地域では見た目的に不釣り合いだからね。
城の中に和室を入れるくらいしか、できることが思いつかないや。
(……っと、そんなことより褒章について考えておかないと)
中庭の見える渡り廊下を抜け、いよいよ本城に乗り込んだ。
市長の居城はどうやら一階は市役所としての機能も果たしているらしく、それなりに多くの人が書類の山を抱えて縦横無尽に行きかっていた。
「なんか大変そうだな」
「ですね」
後ろを歩くリディアにぽつりとつぶやきながら、書類の山を一瞥する。
(紙のサイズがバラバラ……。
ていうかほとんど羊皮紙しかないのか……)
左目の義眼から入ってくる情報に、俺は内心でうなり声をあげた。
冒険者ギルドでは依頼書が植物紙で作られていたことから鑑みるに、おそらく公文書は基本的に羊皮紙を用いるという決まりにでもなっているのだろう。
そのせいで紙のサイズや厚みに大きなばらつきが生まれている。
きっと、羊皮紙生産会社たちの間でサイズの規定が共有されていないせいなのだろう。
あるいは、単純に質の問題か。
だとしたら活版印刷機の方もうまくいくか不安になってきたな……。
製造工場を一か所に限定して、厳格な品質管理体制を置かなければなるまい。
そうしなければ売れるものも売れなくなってしまう。
クオリティコントロールは工場の基本だが、文明が未発達故か、それとも国民性故か……ここら辺の調査もしておかないとなぁ。
(日本は無駄に職人気質のやつが多かったからなぁ。ここはそうでもないのかもしれない)
役所エリアを抜けて階段を上ると、一行は4階の大きな樫の扉の前に案内された。
「こちらで少々お待ちください」
案内人が恭しく礼をすると、隣の小さな扉の方に向かっていった。
「無駄に大きな扉だね」
高さは3メートルくらいだろうか。
巨人が通る想定でもしているのかとツッコミたい気持ちになるのをこらえきれず、リディアに話しかけた。
「謁見の間の扉の大きさは権威の象徴なのです。
貴族の位が上がるにつれて、扉の大きさも大きく華美になります。
……この大きさは、子爵位のものになりますね」
「市長って貴族だったんだ」
「政治に関わりますから」
「なるほど」
確かに国の政に、十分な教育を受けていない平民を用いるわけにはいかないか。
そんな風に雑談していた時だった。
案内人が戻ってきて、大きな扉の前に立った。
「お待たせいたしました。
どうぞ、お入りください」
案内人が燕尾服を翻し、静かに大扉を開けた。
樫のきしむ音が、謁見室の広い空間に反響して鼓膜に届く。
これも威厳の演出なのだろう。
完全に扉が開くと、そこには大理石の床に深紅の絨毯が敷かれた広い部屋が姿を現した。
最奥には大きな椅子が設置されていて、そこに痩身長躯の初老の男性が腰を下ろしているのを確認する。
亜麻色の長い髪。
整えられた顎髭。
何も知らなければぱっと見王様のように見えるが、身に着けている服は王様らしからぬ赤茶色のスリーピースだった。
(両サイドに柱、その上に中二階……暗殺対策か)
先行した白騎士が一瞬首を持ち上げたのを見て、俺はにやりと笑みを浮かべた。
俺には生き物の気配なんてものはよくわからないが、今までこなしてきたゲームで培ってきた経験値が、あの死角には絶対暗殺対策の兵士が隠れているだろうことを予感させた。
(よし、面白いから、こっちも相手に合わせて神の威厳というものを見せてやろうか)
演出は大事だからね。
俺はこっそり〈悟酉〉を柱と中二階の影に召喚し、一言も発さずに兵士たちの捕縛と、そのままばれないように姿を隠しておくように命令する。
これで準備は整った。
「これ、市長の前だぞ!
跪かんか!」
市長なのにまるで王様みたいな振る舞いだな、なんて思いながら立っていると、市長の椅子がある段のそばに控えていたスーツ姿の禿頭の男性が、金切声を上げて叱責した。
左右を見てみるが、白騎士はもちろんのことだったが、リディアまでも直立したまま男の方を見ていた。
「誰あれ?」
「ただの市長の腰巾着です。お気になさらぬよう」
「何!?」
静かにリディアが答えるのを聞いて、腰巾着が顔を真っ赤にする。
「私は市長の秘書長だぞ!
ただの小娘が無礼な!」
「だってさ」
「では、あの男もただの人です。
ユーリ様がお気になさることはありません」
リディアがぴしゃりと言い切る。
なかなか堂に入った演技だ。
役者でも目指していたのだろうか?
なかなか言う通りにしない俺たちを見て、秘書長とやらが癇癪を起し、ズン、と一歩足を踏み出そうとした時だった。
「よせ、秘書長。
彼女が本当に、報告通り神だったのならば、お前こそ無礼に当たるぞ」
「しかし! どう見てもただの小娘ではありませんか!」
「見た目で判断するなと言っているのがわからんか!
……失礼、取り乱したな」
わめく禿を怒鳴りつける市長に、俺は少し共感を覚えた。
わかるよ。
忠誠心が高すぎる人ってこういう時扱いにくいよね。
「同情するよ」
俺は頭を下げる市長に笑って返した。
それにしても、『本当に報告通りだったのならば』か。
市長はどうやら、俺が神であるということには懐疑的らしいな。
ということはこの後の展開は──なるほど、ある程度察しが付くな。
俺は布石を置いといてよかったとほっと胸をなでおろした。
「では、改めて。
……よく来てくれた、冒険者ユーリ殿。
貴殿の活躍は騎士団の方より聞いておる。
火山災害、および突如出現したドラゴンの討伐。
誠にご苦労であった」
「どういたしまして」
軽くひざを曲げて礼を受ける。
「ついては褒章を与えようと思うのだが……その前にユーリ殿には一点、詐欺未遂の容疑がかかっている。まずはその真偽についてはっきりさせたい」
市長が重い口調でそう言うと、秘書長に目配せをした。
秘書長が手を鳴らすと、一人のメイドがワゴンを運んで現れる。
ワゴンの上には、二枚の皿とグラスが乗せられており、それぞれに石と鉛、そしてグラスには水が注がれていた。
「それは?」
「見ての通り、石と鉛、それから水だ」
市長は笑みを浮かべながら説明をする。
「クォントロッレの『鏡金記』によれば、神は飢えた下々の腹を満たすべく、石をパンに変え、雨水をワインに変え、更に鉛を黄金に変えて朽ちゆく国を復興させたとある。
ユーリ殿が真に神だというのであれば、目の前のものをこの場で変えて見せ給え。
さすれば、神を騙る不届き者だという、不本意な容疑も晴れよう」
「わかった。それで気が済むならお安い御用だよ」
神であることの証明。
予想していた通りの展開に、俺は快諾の意思を伝えた。
いったい何をさせられるのかと思っていたが、『神ならばこの程度の奇襲、見抜けて当然』とか言われなくてよかったと胸をなでおろす。
この程度なら、レベル600の錬金術スキルを以てすれば容易い。
俺はワゴンに近づくとまずは鉛に手をかざして錬金術スキルレベル1で覚える〈分解〉で金属素材ポイントに変換。
次にそれを利用して、同じく錬金術スキルレベル1で覚える〈形相化〉で金を錬成した。
これが合成アイテムであれば〈煆焼〉→〈溶解〉→〈分離〉→〈結合〉という工程を挟まなければならないがら、今回は相手が素材アイテムなので1工程で済むのは楽でいい。
ちなみに鉛を一つ生成するのにかかる金属素材ポイントは12点。
一方で金は20点かかるため、多少サイズは小さくなってしまったが、まあいいだろう。
続いてグラスを手に取り、これも同じく〈分解〉して液体素材ポイントに変換。
次に、手持ちの薬品素材ポイントをいくらか混ぜて、ワインに錬成する。
ワインにはアルコールとブドウが入っているからね。
液体素材は生成物を液状にするくらいの効果しかないから、これだけでは錬成できないのだ。
そして問題は、次の石をパンに変える。
石は分解しても金属素材ポイントにしかならない。
一方でパンは薬品素材ポイントと食品素材ポイントを使って錬成するが、それだけでなく本来ならば素材アイテムとして麦が必要になってくる。
故に、普通のやり方では石をパンに変えることは不可能なのだ。
ちなみに麦を抜いた状態で錬成するとリンゴができる。
これは、DFHでそれぞれの素材に『規定結果』というパラメータが設定されているせいだ。
薬品素材ポイントと液体素材ポイントだけでお酒を造るとワインになったのはこの『規定結果』システムのせいで、ここに素材アイテムとして麦と炭酸水を入れるとビールになる。
「どうした? 疾く石をパンに変えて見せよ」
市長も秘書長も、少しは錬金術について造詣が深いのだろう。
俺が石を飛ばして水に移ったときににやりと笑みを浮かべていたし、今も石を前にした俺を見てにやにやと笑っている。
──が、次の瞬間、二人の笑みはすぐさま凍りついた。
言わずもがな、俺が皿の上の石ころに手をかざした瞬間、ホカホカと湯気を立てる白パンに姿を変えたからである。
「これで、証明になったかな?」
ここで突然の宗教豆知識!
今回は「キリスト教と食べ物」にまつわるお話です。
新約聖書『ヨハネによる福音書』に出てくる「水をワインに変える奇跡」はとても有名で、知っている方も多いのではないでしょうか?
「イエスが結婚式で足りなくなった水をワインに変え、人々を驚かせた」という内容で、しかも変化させたのはただのワインではなく「最高級のワイン」だったとされています。
宴会でお酒が尽きる=大失態、という文化的背景もあって、この奇跡は“人を助ける奇跡”として特に印象深く伝わっています。
また、今回のお話で登場した『石をパンに』という話も実はキリスト教モチーフだったりします。
こちらは今回のお話のように石をパンに変えたわけではありませんが、『マタイによる福音書』では、イエスが荒野で悪魔にそそのかされるシーンに該当しますね。
40日間の断食で空腹のイエスに、悪魔が「その石をパンに変えてみろよ」とけしかけるのです。
しかし、イエスは「人はパンだけで生きるのではなく、神の言葉によって生きる」と答え、誘惑を退けるのです。
どちらも「食べ物」がキーになっている点が面白いところ。
前者は「人を喜ばせるための奇跡」、後者は「欲に負けない強さを示すための拒絶」。
同じ“変化の奇跡”でも、方向性がまるで違うのが印象的でとても面白いですよね!
以上、宗教豆知識でした!
次回の投稿は明後日の正午です。
お楽しみに!




