第33話 誤解と策謀
昨晩、俺の指示通り悟酉と魔族の男、白騎士の一行がリディアたちと合流し、エインズワース市へ到着した。
案の定、門の守衛に怪しまれ尋問を受けたらしい。
「──そしたらその守衛さんが、悟酉のことを天上から降りてきた天使様だと誤解したみたいでして。
それでちょうどいいのでその誤解を利用させてもらい、ユーリ様のことを神様ということにして、神がアグナリア火山で悪さをしていた魔族を捕縛したので連れてきた、と説明しました」
髪を梳き終えたリディアが、今度は俺を立たせてクローゼットからドレスを引っ張り出してくる。
白を基調としたドレスで、フリルがたくさんついているちょっと豪奢なものだ。
「神って……」
突っ込みたいところがいくつもあるが、とりあえず時間がないらしいので黙って続きを促す。
「ちなみに悟酉は快く乗ってくれましたよ。
見る目があると言ってましたね」
「言いそう……」
無駄に忠誠心が篤かったからな、あいつ。
「それでどうなったんだ?」
リディアが俺を立たせて、着ていた寝間着を脱がすのを黙って受け入れながら続きを促す。
「魔族の男を牢屋に閉じ込めよう、と駐在の騎士が提案したのですが、ユーリ様が悟酉に絶対殺すな、ちゃんと見張っていろ、と指示を出されていたということで、地下牢に悟酉もとい天使様を入れるわけにもいかず。
今は衛兵詰所の客間にて軟禁されています」
「軟禁……まあ、妥当な判断か」
その後、リディアとヴィガンは詰所で事情聴取をされたらしく、そこでも俺の正体が神であると言い切ったようだ。
「ちょうど運よく火山の上でドラゴンがブレスを吐いていたのを、ユーリ様が受け止めていたのが見えましたので、衛兵の方たちも簡単に納得いたしましたわ!」
「え、あの距離から俺の姿見えたの!?」
俺があの時エインズワースの方を振り返ったときには、都市自体のサイズはちょっと大きめのテレビくらいの大きさでしかなかったんだけど、そこから人を見分けるのってすごく視力が高いくらいじゃ説明できないのでは?
と思ったが、どうやらこの世界の人たちが使う魔法の一つに、望遠鏡のような効果をもたらすものがあるようで、それを使って確認したのだとか。
「あの時はドラゴンが急に現れて焦りましたわ……。
本当に、無事で何よりです」
「いや無事ではないけどな」
片腕と片目なくなったし。
コルセットを絞めるリディアにツッコミを入れる。
(コルセットってきついと聞いてたけど、そんなに言うほどきつくはないな……)
多分、俺を気遣って少し緩く締めてくれたのだろう。
俺は初めてつけた革製のコルセットの具合を確かめるようにドレスとの間に手を入れると、ちょっとだけ温かいことに気が付いた。
(裏起毛のコルセットなんてあるんだ……)
冬はお腹を冷やしやすいし、ありがたい。
「冒険者視点で言わせてもらえますと、仕事に支障のない状態で帰ってこられたというだけで十分ですよ」
「たしかに」
失ったはずの腕も眼球も、なぜか返却されずに残っている。
それは確かにありがたいことだったが……少し納得がいかない気がするのは、気のせいだろうか?
「……と、ここまでが前提のお話になります」
今度は俺を化粧台に座らせると、三面鏡を開いて化粧の準備を始めた。
「待って、俺化粧なんてしたことないんだけど」
「私はあるので大丈夫です」
「いや、でもこの時代のファンデって鉛白が入ってて危ないって聞くし。やだよ俺鉛中毒になるの?」
「鉛白?」
リディアが小首をかしげて見せる。
「鉛のことだよ。
あれ人体には毒なんだよ、鉛中毒と言って、不眠に始まって貧血や神経系の炎症なんかを起こしたりするんだ」
昔のファンデは白粉といって、鉛や水銀が使われていたという話は結構有名だ。
現代日本に住む人なら、たぶんきっと誰でも知っている常識である。
「知りませんでした……」
「まあ、すべてに鉛が入っているとは限らないんだけど、こういう金持ちが集まるところだと警戒しないわけにはね」
鉛は伸びがよく落ちにくい。
高品質を謳うものほど、多分よく入っているはず。
リディアが取り出したファンデを鑑定してみようと、コンパクトの蓋を開けた──瞬間だった。
頭の中に直接、ファンデの情報が流れ込んできたのである。
(〈情報操作解析〉が自動で働いた?)
知りたいと思った情報が、自動で頭の中に入ってくるその感覚は身に覚えがあった。
(もしかして、あの力がまだ継続しているのか?)
貸与期間が終了したにもかかわらず消えない右腕。
左目の視界も良好であることから鑑みるに、おそらくあの力はまだ生きているのだろう。
(名づけるなら、鑑定の魔眼……だとダサいか。魔眼というよりは義眼だしな、これ)
とりあえず名づけはあとにしよう。
今は、これに鉛白が使われていたということだけわかれば問題ない。
「……いいことを思いついた。
リディア、俺の化粧はファンデ抜きで始めてくれないか?」
不意に浮かんだ策を胸に、口元だけでにやりと笑う。
すると、リディアが一瞬だけまばたきを止め、何かを測るように俺の顔を覗き込んだ。
その視線は、まるで舞台裏を覗こうとする観客のようで――やがて何かを察したように笑みを浮かべた。
「承知しました。
ユーリ様はもともと肌が白いですし、形も整っていますから、眉を少し整えて、リップを薄くつけるだけにいたしましょう」
「頼む」
リディアが俺の前に回り込んで、軽くかがむ。
ふわりと香る花の匂いに少しだけ肩がこわばった。
指先で軽くワックスをつけて、マスカラブラシで眉を梳かし始める。
動きは無駄がなく、それでいて妙に丁寧で、道具ではなく宝物でも扱っているようだ。
「ほんと、改めて見ますとユーリ様って睫毛長いですしおめめぱっちりでうらやましすぎますわ……」
「そう?」
「はい。もうほんとうらやましくて嫉妬でミスって眉毛全剃りしたらごめんあそばせって感じです」
「おい、素が出てるぞ」
「おっといけませんわ」
オホホ、とわざとらしく笑って見せる彼女に、俺は小さく笑みを返す。
やはりリディアは少し生意気なくらいがちょうどいい。
「それで、前提の話は分かったんだけど、それがどうして俺が市長の屋敷で寝てたこととかにつながるんだ?」
「簡単に言いますと、市長が今回の功績に報いるべく褒章を出したいとのことでして。
ユーリ様が神様であるということは公言できませんから、未曾有の危機から救ってくれたお礼というのが、表向きの理由みたいです。あとは政治に関して色々含みがあるみたいですが」
なるほど、と心の中で呟く。
おおよその事情はなんとなく想像していたが、こうして言葉にされると、裏に潜む思惑の匂いが一層はっきりと感じられた。
道理で天井画も調度品も、どれも手間と金のかかったものばかり――まるで異国の舞台に立たされた役者のような気分だ。
納得と同時に、ほんの少し肩に余計な重みが乗るのを覚える。
「ユーリ様動かないでください手元狂います」
「はーい」
小さな鋏でチョキチョキとまゆを整えるリディア。
かなり真剣そうな表情で、なんというか肩が凝りそうになる。
「未曽有の危機云々は分かったけど、政治的な含みっていうのは何なの?」
眉を整え終えたリディアが鋏を置いたところで、俺は口を開いた。
鏡の中には、確かに少し整ったらしい俺の顔が映っている。
しかし、劇的な変化というほどでもなく、正直、まあ、こんなもんか。という感想だ。
化粧というものは、他人から見れば違うのかもしれないが、自分で見てもよくわからない。
そんなぼんやりとした気分のまま、話題を政治の方向に引き戻す。
「最近、どうやら国王の調子が悪いみたいで、継承権争いが活発化しているみたいなんです」
「継承権争い?」
どこの世界でも、上の座をめぐる争いは避けられないらしい。
王位だろうが議席だろうが、権力というのは人間──と、それ以外──を動かす最強の燃料だ。
俺はそんな場違いな感想を胸の内で転がしながら、続きを促した。
「次期国王候補が実は三人いるみたいで。
穏健派の第一王子陣営、軍拡派の第二王子陣営、そして教会主権派の第一王女陣営──この三つの勢力が、王座を巡って水面下で火花を散らしているそうです」
「え、待って教会主権派って言った?」
「はい。
第一王女のウェンデリンが聖女に選ばれたみたいで、教会がバックについて勢力を拡大しているみたいです」
「……それって、国としてどうなの? 内乱起きない?」
教会主権派が勝利すれば、国家の主権は名目上のものでしかなくなる。
実権は宗教指導者の手に渡り、国王は神託を代弁するだけの傀儡となるだろう。
さらに統治は世俗法から神法──教義を軸に置いた法律──へと置き換わり、異端審問や魔法研究の禁止、経済活動への宗教的制限が強まるのは明らか。
貴族や商人は教会に従わざるを得ず、反発は異端として処罰されるだろう。
故に、内乱が勃発する危険性が高くなるいわば地雷のような政策なのである。
「私も同じ考えです。
短期的には聖女は国をまとめるいいリーダーにはなりえますが、宗教対立で他国との関係悪化も考えられますし、現在特に国力が衰退していない今、聖女に国の舵取りをさせるのはリスクが大きすぎます……が、その聖女を正式に認めてくれというのが、どうやら市長の思惑だそうでして」
「マジか……」
俺は盛大にため息を吐いた。
「どういたしましょうか?」
「無論断る」
だって面倒くさいし、興味もないし。
関わればたぶん、俺の自由で気ままな異世界生活の邪魔になることは間違いないだろう。
俺のスローライフに政治は不要だ。
ここで突然の歴史豆知識!
今回は「継承権争い」についてのお話です。
継承権争いとは、王位や領地をめぐって親族や有力者が権力を争うことです。
中世ヨーロッパや日本の歴史でも頻繁に起き、血縁関係が複雑だと争いはさらに激化しました。
たとえば
・イングランドの薔薇戦争(1455〜1487年)では、ランカスター家とヨーク家が王位を巡って戦い、多くの王族や貴族が命を落としました。
・日本の戦国時代でも、将軍家や大名家で跡継ぎ争いが起き、内紛が戦国大名の勢力変動につながった例があります。
継承権争いでは、血筋の正当性だけでなく、有力な支持者の存在、軍事力、政治的駆け引きが勝敗を左右しました。
つまり、誰が王になるかは単に「長男だから」とか「正妻の子だから」だけでは決まらなかったのです。
こうした争いは、国や地域の歴史を大きく動かす重要な事件となることが多く、裏切りや同盟、暗殺や戦争が混ざり合うため、まるでドラマのような展開を見せます。
以上、歴史豆知識でした!
次回の投稿は明後日の午前6時です。
おたのしみに!




