第31話 穿旋
グリフォンに乗って空を駆ける──。
何度も駆けるうちに慣れてきたのだろうか?
体に感じる風圧が、今はそよ風のように気持ちがいい。
重力の負荷も今はほとんど感じず、船酔いのような気持ち悪さを感じなくなっていた。
──いや、きっと慣れだけでは説明できないのだろう。
おそらくこの、何とかの力の副作用が影響しているのかもしれない。
おかげで何とか戦えそうだ。
「キュラァァァァァァァエエエエエエエ!!!!!!!!」
アグナリアが咆哮を上げる。
全身の輝きが口元に収束して魔力が練り上げられていくのが見えた。
今まで見えなかったものが見える。
まるで世界がコマ送りになったかのような、圧倒的な動体視力の向上に一瞬驚きながら俺はグリフォンの体を旋回させた。
直後、閃光が脇を掠めていく。
「なるほど、このグリッチみたいなブレはそういうことか!」
おそらく、左右の眼球で情報の処理量と処理速度が違うのだろう。
だからその差異が数瞬先を見通す未来予視となってぶれて見えるのだ。
数秒後、グリフォンは鎖の射程距離まで詰め寄った。
俺は腕を振りかぶると、あの天井画を思い出しながらその首に向けて黄金に輝く鎖をふるった。
「いけっ!」
鎖の束はジャララララ、と金属音を奏でながら伸長し、振るった腕の軌道に則ってアグナリアの首めがけて絡みつかんとする。
しかしみすみすそれを許すほどアグナリアも馬鹿ではない。
その蛇のような体を巧みにくねらせて鎖を回避すると、そのままの勢いに任せてその巨大な尻尾を叩きつけてきた──が。
「捕まえた!」
腕の引き戻しに合わせて鎖が引き寄せられ、尻尾に絡みつく。
すると尻尾の勢いによって俺の体はグリフォンの背中から宙へと投げ出され、今度は真下にアグナリアの脳天をとらえた。
「ここ!」
鎖の束を引き戻し、再度頭に叩きつけるように振り落とした。
「キュラァァァァァァァエエエエエエエ!!!!!!!!」
アグナリアが咆哮で応戦する。
「おらぁ!」
──が、体をひねって射線から回避。
同時に鎖の束がその頭を側面からとらえた。
鎖がそのまま勢いを殺さずに首に絡みつき、締め上げる。
すると、その周辺から徐々に黒い水晶がアグナリアの鱗からぼろぼろと剥がれ落ち始めた。
「金の鎖で封じ込めたってこういうことか!」
おそらくこの鎖には、アグナリアの第二形態を解除する力があるのだろう。
これで魔力反射さえ封じ込めることが出来さえすれば〈穿旋〉を当てられる!
落下する体。
しかし次の瞬間、鎧越しの腕に抱えられ、浮遊感が消えて重力が戻ってくる。
「ありがと、助かったぜ白騎士!」
俺は白騎士に手伝ってもらいながら再度グリフォンの背中に乗りなおした。
眼下を見れば、アグナリアが暴れているのが見えた。
黄金の瞳がこちらを睨み、再度咆哮せんと口を開こうとする。
しかし黄金の鎖が生き物のように顎に絡みついて、有無を言わさずに妨害した。
「グルルルルルルルルルルルルルルル……!!」
恨めしそうに睨みながら、爪で何とか鎖を剝がそうともがくアグナリア。
しかし、剥がそうとすれば剥がそうとするほど、その腕のあたりからも徐々に第二形態解除の効果が侵食していく。
鎖がきしみ、黒い水晶がバラバラと空中に散って、剥がれた下から、あの冷たい銀色の鱗が露わになった。
「……全部、剥がしきる!」
目だけを狙って、その奥にある脳髄さえ破壊できれば事足りることは知っていた。
しかし、安全のためにも念には念を入れておきたい。
もしとどめの一撃を外しても、また俺の腕が吹き飛んだりしないように、あの水晶はすべて剥がしきるに越したことはなかった。
グリフォンの翼が大きくはためき、俺の体をアグナリアの真横へと運ぶ。
鎖は生き物のように蠢き、伸長し、首から胸、胴、尾へと絡みついていった。
黄金色の鎖がぐるぐる巻きにアグナリアを拘束していくたびに、水晶がぼろぼろと剥がれ落ちていく。
「グルルルルルルルルルルルルルルル……!!」
そのたび、アグナリアが唸り声を上げ、鼻息荒く巨体をうねらせて振りほどこうと暴れる──が、鎖の束を振りほどくには力不足だった。
最後の水晶が砕け、粉塵となって散っていく。
もとの銀の鱗が完全に露になった瞬間、なぜかアグナリアの抵抗が止んだ。
「今だ……っ!」
俺は鎖を手繰り寄せ、その勢いのままグリフォンから飛び下りた。
視界の端で、黄金の瞳がこちらを捕らえる。
その中央──防御の薄い、濡れた光を放つ眼球。
もうその手に杖はなかったが、しかし魔力を操るだけとなった今ではもう不要である。
俺は左拳を起点に魔力を圧縮し、ドリルのように回転速度を上げた。
「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
──咆哮。
そして一閃。
突撃槍のように長く鋭く圧縮された魔力のドリルは、垂直にその光彩をとらえた。
「〈穿旋〉!!」
魔力の渦が眼窩を貫く。
何かが破裂するような手ごたえが、今は少し気持ちいい。
魔力の嵐が頭蓋の中で暴れまわり、アグナリアの穴という穴から脳髄が噴出し、そのHPを削り切った。
アグナリアの巨体が空中で痙攣し、咆哮ではない、濁った吐息を吐き出す。
「……」
重力に逆らえず、ゆっくりと落下を始める龍。
俺はそばまで飛んできたグリフォンの背に飛び乗ると、黄金の鎖を引き寄せて、火口に落ちそうになっていたアグナリアの巨体を引き上げた。
「あっぶな。
感傷に浸りすぎてそのまま捨てるところだった……」
この死体には聞きたいことがまだたくさん残っているし、それにこのまま火口に捨ててしまってはまたマグマがあふれてしまう。
危険だしそれ以上にもったいないことは、俺にはできなかった。
「懸念があるとすれば、アイテムストレージに入るかどうかだが……」
画面を開いて収納を試みる。
と、どうやら杞憂だったようで、問題なく収まった。
アイテムストレージに一度に収納できるものの体積はあまり関係ないようだ。
役割を終えた金の鎖が縮小し、触手の姿を介して黒い腕の形へと戻っていく──と、目の前にテキスト画面が展開された。
『■■の力貸与期間終了。
天を喰らう龍討伐を確認。
条件達成により信仰心を1獲得。
これにより権能レベル1〈蝕朱〉を個体名:カガミ・ユーリに譲渡。
条件達成によりレベルキャップ開放を申請』
「……ん? 何? どういうこと?」
読み終えた直後、ロード画面が目の前に表示されて、俺は怪訝に眉を顰めた。
最初の2行は理解できた。
要するにあの金の鎖とかを出していた、この右手の力の貸与期間が終わったということと、あのアグナリアを討伐したということだ。
それは分かる。
だが、そこから下がほとんど理解できなかった。
条件達成により信仰心を獲得?
権能の譲渡?
レベルキャップの開放を申請?
「……だめだ、今は疲れすぎて、頭が働かない……。
とりあえず今日は、もう宿に戻って寝よう……」
危機が去って安心すると、唐突に眠気が全身を襲った。
ああ、だめだ。
ここで寝てはいけない……。
俺は頭を振って眠気を飛ばすと、黒騎士たちを率いてエインズワース市へと帰還した。




