第29話 天を喰らう龍 - III
──轟音。
そして、暴風。
竜巻のように暴れ狂う魔力の奔流が、ドリルのようにアグナリアの逆鱗を穿った。
「キュラァァァァァァァエエエエエエエ!!!!!!!!」
アグナリアが悶絶するような悲鳴を上げて、衝撃で頭を仰け反らせる。
「っしゃあああ!! 予想通り!」
俺は思った以上の手ごたえにガッツポーズを極める。
──魔力にはエネルギーと質料、2種類の要素が含まれている。
エネルギーとは魔術を発動するための原動力を指し、質料とは誤解を恐れずに言うなら、魔力が物質に変化する性質のことを指している。
アグナリアが使っていた魔術妨害は、魔力に対して術式──つまり、魔力に対してどのように働いてもらうかという命令文──を書き込ませないというものだ。
だから結果として魔術としての形を持った魔力は一気に力を失ってしまっていたわけだ。
だが、今回は違う。
俺が今回試みたのは、純粋に魔力を固め、圧縮しただけの純粋なエネルギーである。
エネルギー保存の法則を応用して考えるならば、魔術を起動させるための原動力があるということは、同時に、純粋に物理的な作用をもたらすためのエネルギーも内包しているということになる。
俺が今回打ち込んだものの正体はまさしくそれで、そこに物理的に有利に働く螺旋と錐を応用して叩き込んだのだ。
名づけるなら、〈穿旋〉と言ったところだろうか。
「うぇ……。叫んだら一気に、気持ち悪いのが……」
こみあげてくる吐き気をそのままに、グリフォンの上から地上に吐瀉る。
「ふぅ、すっきりした……は、いいけど、これくらいじゃあ死にはせんよなぁ……」
案の定、アグナリアのステータスを確認してみれば、まだまだHPには余裕がある。
それでも一気に数万のダメージを与えられたのだから、これは思ったよりもいい武器になっているのかもしれない。
おそらくだが、クリティカルヒットしたというのも大きいのだろうが──。
「レイドボスにしては、ちょっと弱いか?」
アグナリアは今昏倒状態だ。
今のうちに魔力を回復させて、同じ個所にあと数十発くらい打ち込めば倒せるだろう。
それは流石に、レイドボスとして違和感があった。
そしてこの違和感には覚えがある。
──第二形態だ。
弱いレイドボスは大体、第二形態がある。
第二形態になればその強さはがらりと変わり、物によってはそれまで弱点だったものが全く効かなくなるものもいる。
俺が持っているアグナリアの情報はたしか……魔力反射か。
いや、だがそれは魔術妨害の誤解だったのではないか?
「……警戒するに越したことはないか」
気絶しているうちに、ある程度HPを削り切っておこう。
俺は吐瀉物の残る口に魔力回復ポーションを流し込むと、〈魔力継続回復〉をかけなおして〈穿旋〉を準備し、グリフォンに乗って顔面まで接近。白目を剥いたその眼球から一気に脳髄まで刻んでやろうと杖を振りかぶった──次の瞬間だった。
金色の瞳が、こちらを睨んだ。
「わっ!?」
アグナリアが急に動いたせいで狙いが逸れ、〈穿旋〉がアグナリアの左頬骨を木っ端微塵にしながら駆け抜けていった。
直後、唐突に左側からトラックにでも跳ねられたかのような重い衝撃が襲う。
アグナリアの短い腕が、鋭い鉤爪を以てフックを打ち抜いてきたのである。
「ぐっ!?」
白騎士が寸でのところで大楯で受けきるが、勢いにあてられて隕石のような速さで上空数百メートルの高さから地面に叩きつけられる。
「ガッ!?」
数度のバウンド。
衝撃で息がすべて肺から押し出されるような苦しさが襲い、全身の骨が悲鳴を上げる。
「ぐぅぅぅ……ッ」
顔をゆがめながら、ごっそりと魔力が減っていく感覚に倦怠感が伴う。
どうやら白騎士が盾で受けてくれたことと、グリフォンの体がクッションになったことで即死は免れたみたいだが、衝撃で頭がくらくらする。
起き上がってみると、頭がなぜか濡れていたようで、額を伝ってぱたた、と何かの液体が零れ落ちた。
「けほっ、かはっ……」
何かドロッとした液体が咳とともに吐き出されたのが、月光と星明りに照らされて映る。
胸が気持ち悪い。
口の中が麻酔をかけられたみたいにもわっとするし、なんだか鉄臭いしちょっと酸っぱい感じもする。
これは……血とゲロか。
ということはこのくらくらするのは……頭が割れたせいだな……。
俺は全身が軋むように痛むのに顔をゆがめながらHP回復用の赤いポーションをアイテムストレージから取り出す。
腕がちゃんと動いてくれて助かった。
意識が途切れなかったのは奇跡だな……。
俺は、クッションになって死んだグリフォンが、光の粒になって消えていくのを眺めながら感謝すると、ポーションを一気に呷った。
「これで一先ずって感じか……」
HPが全快したのを確認しながら、白騎士の様子を確認すべく視線を向けた。
「白騎士助かった。
お前がいなかったら死んでたよ」
「……」
白騎士が心配そうな様子で見つめてくる。
相変わらず表情は文字通りの鉄面皮なせいで分からないが……なんとなくそんな風に思えた。
「さて、どう倒したものかな……」
今の衝撃を経験した直後だ。
あそこに突っ込んでいって、また頭をかち割りに行くのは勇気がいる。
それを証明するように、再びグリフォンを召喚しようとすると、ひどく息が乱れた。
正直、今すぐここから逃げ出したい。
……が、あれを何とか出来るのは今俺しかいないのである。
やらなければ永遠に追いかけてきそうな気もするし何より──この背中の疼きがまた、あの龍と引き合わせようとするに違いないという、確信めいた予感があった。
今までは圧倒的な格下だったがゆえに調子に乗っていたが、そのツケが来たのだろう。
ツケは、支払わねばなるまい。
俺は二、三度深呼吸して心を落ち着けると、意を決してグリフォンを召喚し、その背中にまたがった。
「……いこう、やるしかない。
作戦を考えるのはあとだ。何が何でもとりあえずさっきの純粋な魔力による一撃をぶつける。
それだけに集中しよう。
あいつは紛れもなく生き物だ。なら頭を落とせば死ぬ。頭を積極的に狙っていくぞ!」
思い出したのはリディアの言葉だった。
魔物だって所詮は生物。
呼吸を止めれば窒息するし、首を落とせば死ぬのである。
一撃のダメージ量なんか今は考えなくていい。
積極的に、執着をもって、執拗に全身全霊を以て首を落としに行く。
それだけを考えるのだ。
白騎士が首肯して答えるのに俺はにやりと笑みを浮かべると、震える手を気合で抑え込んで、上空でこちらを睨んでギラギラと輝く龍を睨んだ。
「──征け、〈大鷲獅〉!」
「キュィィイイイ!!」
グリフォンが嘶き、一気に飛翔した。
数瞬遅れてアグナリアの光線が襲う──が、白騎士がタワーシールドでうまく受け流す。
アグナリアの喉元まであと少し。
俺は杖の先端に魔力を圧縮させて〈穿旋〉の準備を始めた。
「キュラァァァァァァァエエエエエエエ!!!!!!!!」
縦横無尽に枝分かれする光の咆哮を、ひたすらに避けて避けて避けまくる。
そしてついに、グリフォンはその喉元にまで到達した。
「貫けぇぇえええええ!!!!!!」
突撃槍を構えた騎士がごとく、勢いに任せてその逆鱗に向けて〈穿旋〉を叩きこむ!
「キュラァァァァァァァエエエエエエエ!!!!!!!!」
──轟音。
そして、暴風。
竜巻のように暴れ狂う魔力の奔流が、ドリルのようにアグナリアの逆鱗を穿った──が、俺達の反撃はこれでは終わらない。
「まだまだぁあああああ!!!!!!」
首が跳ねて仰け反るのを追いかけるようにして、白目を剥いたその眼球、砕けた頬骨の上に乗るその一点に向けて、俺は更にもう一度〈穿旋〉を叩きこんだ──が、どうやら2度目は通じないらしかった。
次回は明後日の朝6時です




