第28話 天を喰らう龍 - II
レイドボスは非常に強力な敵である。
故に、本来はパーティを複数組んで作られるレイドと呼ばれる大規模なパーティを組んで討伐することが推奨されており、それぞれの役割分担に則った戦闘と指揮官の裁量が重要視される。
DFHでも例に漏れず、そもそもゲームシステム上単独での挑戦は不可能だったが似たようなものだった──が、今は現実世界での話である。
そんな制約などないも同然とばかりに、俺は今、レイドボスを前に一人で戦わなくてはならない状況になっていた。
「レイドボスを独り占めだなんてやったことはないが……いいだろう、速攻で終わらせてやる!」
ワンドの先端をアグナリアに突き付けながら、そう宣言する。
速攻。
それを選択したのは、もはや必然の成り行きだった。
魔術師にとって生命線となるのは魔力量である。
魔力がなければ敵にダメージを与えることはおろか、防御することさえ不可能である。
俺の魔力の最大値は9,999とはいえ、アグナリアとは比べ物にならないほど低い。
通常であれば神朱の妙薬を使っても最大値は6000までである一方で、素の状態でこの値はなかなかにチートではあるが、残念ながらこの何倍もの魔力を消費してやっと討伐できるというのがレイド戦である。
しかもいくつものパーティが協力してやっと、だ。
それを、たった一人でやるというのだからどれだけMPがあったところで足りやしない。
故に速攻。
持久戦なんてしていたら敗北は必至の未来故に、そうせざるを得なかったのである。
「そのためにはまず、手勢をそろえる!」
背後に大量の魔法陣が現れ、中からグリフォンに乗った黒騎士が25体出現する。
消費した魔力はバカにならないが、魔術妨害を持っている以上物理攻撃手段を持つ戦闘員は多いに越したことはなかった。
アグナリアの鱗が再び月光を反射して輝き始める。
例のブレス攻撃の予備動作だ。
「全軍! ブレス回避と同時に突撃!」
「「キュィィイイイ!!」」
グリフォンの嘶きが夜空を満たす──刹那、アグナリアが劈くような咆哮とともに、その口から光線をまき散らした。
「キュラァァァァァァァエエエエエエエ!!!!!!!!」
今度は先ほどと違って、無数に枝分かれした光線が黒騎士たちを殲滅せんと暴れまわった。
俺は黒騎士たちの回避ルートに接触しないように逃げ回りながら、誰よりも高い位置までグリフォンを駆る。
「ぐっ……!?」
全身にかかる重力の負荷や、風圧でバチバチと当たる長い銀髪に唸り声を上げながらも、何とか戦場を俯瞰できる位置まで飛翔する。
途中、何度かミスって光線をかすめたが、白騎士を召喚しておいたおかげで何とか防ぐことができたのは僥倖だった。
「ここまでくれば、なんとか……」
空気が薄いせいで頭がくらくらする。
ジェットコースターみたいな上り方をしたせいもあるだろうが吐き気もひどい。
(高山病ってこんなにすぐに症状出るものなのかな……)
今倒れればすべてが水の泡である。
俺はつらいのを気合で飲み込むと、黒騎士たちがアグナリアに向かって突進していくのを眺めながら魔力回復用のポーションを呷った。
この世界に来る前がちょうどレイド戦終わりだったせいか、回復薬の在庫が心配になる。
(帰ったら作らないと……)
俺は空になった瓶を投げ捨てて、ショートカットから〈継続魔力回復〉の魔術を選択する。
〈継続魔力回復〉は付与術スキルレベル200で習得する、文字通り一定時間魔力を継続的に回復し続ける魔術だ。
10秒ごとに60点、それが約10分間続く。
回復速度は遅いが、他の魔力回復系の魔術と重複して発動できる点がこのスキルの最大の強みだった。
ゴリゴリとものすごい勢いで削れていたMPが、少しだけ緩やかになる。
眼下では黒騎士がアグナリアに尻尾攻撃や鉤爪、ブレスで吹き飛ばされては猛攻を続ける様が繰り広げられている。
だが、黒騎士は俺のMPが尽きない限り絶対に倒れたりはしない。
グリフォンの方はその限りではないが、よく見ればうまいこと回避しているようだ。
あるいは、黒騎士の操縦能力がすごいのかもしれないが。
俺は自分のMPの消費と回復が4000あたりで拮抗しているのを確かめる。
これなら、一発くらい魔女術をぶっ放しても問題はなさそうだ。
リスクを考えるなら、消費量2000点程度の簡易祭壇が限界そうではあるが──試すか。
俺はワンドの先端をアグナリアに向けて照準すると、その上空に巨大な緑の輝きを放つ魔法陣を出現させた。
黒騎士たちがそれを察知するや否や、大急ぎで退避していく。
「──〈簡易祭壇召喚・皓菁枝鴆津〉」
魔法陣からあふれ出す、無数の薄い青紫色の植物の蔓の束。
一本一本が大木並みの直径を持っており、月光に似た燐光を纏っている。
「キュラァァァァァァァエエエエエエエ!!!!!!!!」
アグナリアが咆哮を上げ、光線を吐き出して打ち消さんと迫る──が、まるで生き物のようにうごめき、魔法陣の中から次々に吐き出される蔓によって、やがて絡めとられ、動きが鈍くなっていく。
魔女術スキルレベル222で使用可能になる魔術〈皓菁枝鴆津〉は、大量の植物の蔓によって対象の動きを制限し、且つ10秒ごとに5000のダメージを1分間固定で与え続けるというものだ。
その効果範囲は広く、一本でも蔓が巻き付きさえすれば固定ダメージが継続的に与えられるため、防御力の高い取り巻きを出してくるボスモンスターを相手にするときなどはかなり重宝する魔術だ。
本来なら消費魔力量は4000なのだが、今回は消費魔力を半分に絞った。
効果時間は半減してしまったが、それでもかなりの威力がある。
何回か続ければ間違いなく討伐まで行けるはずだ。
──という考えは、少しばかり浅はかだったのだろう。
ギロリ、とアグナリアの視線がかち合った──次の瞬間だった。
「キュラァァァァァァァエエエエエエエ!!!!!!!!」
咆哮とともに、光線がこちらに発射された。
「ッ!?」
〈皓菁枝鴆津〉の燐光のせいで、予備動作の鱗の輝きが見えなかったのだろう。
白騎士の反応が一瞬遅れて、グリフォンの片翼が持っていかれた。
「あっぶな!?」
射線上に俺の腕もあったが、『夜天外套』のダメージ無効化でなんとか助かった。
もしこの黒いローブを装備していなければ、あまりの激痛のせいで確実に失神していたことだろう。
俺は落下するグリフォンの背中に乗りながらもう一度別のグリフォンを召喚すると、白騎士の体につかまって飛び移り、負傷したグリフォンを送還する。
「〈皓菁枝鴆津〉はだめだ、燐光が邪魔でブレスを見切れない!」
次のダメージ無効が有効になるまではあと10分もある。
それまでにあいつはあと何発もブレスを撃てるだろう。
俺は慌てて魔女術をキャンセルすると、ちょうどアグナリアが2発目の光線を放とうとしているところだった。
「〈白騎士〉!」
白騎士は盾を構えるのでは間に合わないと判断したのだろう。
グリフォンの首の羽毛をひっつかむと、錐揉み回転させるかのように重心を倒した。
「キュラァァァァァァァエエエエエエエ!!!!!!!!」
間一髪、光線がグリフォンのつま先を掠めるように抜けていく。
その間にも黒騎士たちが何とかしてアグナリアを攻撃せんと迫っていたが、しかし今となってはもはや気にする素振りなど見せずに、狙いを俺一人に定めてブレスを連射してきていた。
「ぐっ……ぅぅうう!!」
恐ろしいほどの激しい重力負荷がかかり、意識を飛ばしそうになる。
おそらくアグナリアは黒騎士が俺を倒さない限り永遠に復活し続けることに気づいてしまったのだろう。
それでブレスを俺に向けて連射することで、回避されたとしてもその衝撃でグリフォンから振り落とされるか、あるいは掛かる重力負荷で気絶することを狙っているのかもしれない。
俺は唇をかみしめながら唸り声を上げた。
この激しい動きでは、三半規管がやられてまともに戦略を立てられない。
(黒騎士はだめ、魔女術もダメ、離れればブレスの嵐でやられてしまう──なら、一か八か、もうこれにかけるしかねぇ!!)
俺は吐きそうになるのをこらえながら肩越しに白騎士を一瞥した。
白騎士が察したように小さく頷く──刹那、グリフォンが鋭く嘶き、光線の隙間を縫ってアグナリアに突進を開始した。
「キュィィイイイ!!」
内臓が激しく上下する感覚に耐えながら、ワンドを落とさないようにしっかり握りこむ。
そして杖の先端に魔力を圧縮、圧縮、圧縮、圧縮──!
合計1000点ほどの魔力を、自分の握り拳より小さく圧縮し、ねじり、固めていく。
そうしてアグナリアの懐、絶対にブレスが届かない顎下の死角に潜り込み──その魔力の塊を錐のようにねじりこんで、ほとんどゼロ距離から叩き込んだ。
「キュラァァァァァァァエエエエエエエ!!!!!!!!」
──轟音。
そして、暴風。
竜巻のように暴れ狂う魔力の奔流が、ドリルのようにアグナリアの逆鱗を穿った。
次回行進は翌日午前0時です。




