第24話 アグナリア廃坑 - III
騒ぎに乗じて、地下三階に続く階段を駆け下りて岩の陰に隠れる。
黒騎士に先導させて、他のコボルドらが見ていないタイミングを見計らいながら、まるで忍びのように影から影へと飛び移り、方鉛鉱の乗ったトロッコを目指した。
「鎧なのに、とんでもない隠密能力ね……」
「それな」
想像以上に万能な黒騎士の行動を観察しながら、俺はトロッコの影でリディアの呆れ声に賛同した。
ちなみに20体の黒騎士の今の配置はというと、5体が俺たちの護衛役──1体が周辺のコボルドの監視、1体が監視からの連絡係、残り3体が先導と護衛──を務めており、残りの15体は各々坑道の岩場に散らばって隠れて待機している。
……え?
連れてきていたのは25体じゃなかったかって?
そうだよ。
あとの5体は階段の方に隠れている。
そこから全体のコボルドの動きを監視したり、地下2階から地下3階に来ようとした何かがいたら拘束あるいは討伐を命じている。
これにより、黒騎士たちは無言の情報伝達により、あの階段から見えるすべての情報を共有、必要があれば俺たちを護衛している黒騎士たちに連絡を飛ばすという、無駄に高度な情報網が敷かれていたのである。
まさに忍者。
祖父が生前、自衛隊でどこかの部隊に入っていた時、街中を住民にばれないように隠れながら行軍する訓練をしていた、なんて話をちらっと聞いたことがあるが……日本の自衛隊員がこの異世界に来ても、同じようなことができたのだろうか?
(え、なにそれ化け物過ぎない?)
日本の自衛隊員は優秀過ぎるという話をよく耳にするが……実際にできる存在を目の当たりにしてしまうと、案外嘘ともいえないのではないかと思ってしまう。
「それで、ここからどうするの?」
不意に、リディアが俺のローブの裾を引っ張りながら尋ねた。
奥に進むにつれて増してきた熱気故か、額に汗がにじんでいる。
「レールをたどって、方鉛鉱が集積されていると思われる倉庫に潜入する。
近くまで行けば、犯人グループの誰か一人くらい捕まえて情報を履かせられるかもしれない」
「……やっぱり、単独犯とは考えられないわよね」
リディアも同じことを考えていたのか、少し考えこむような顔をして同意する。
ここまで大規模な実験だ。
わざわざ街で鉛を買い漁るなんて足が付くような真似をせずに方鉛鉱を採掘しているところから鑑みるに、一人は必ず錬金術師がいる。
というのも、鉛は錬金術で魔道具を作るのに必要な部品である命令板を作るのに欠かせないアイテムだからだ。
加えて、あの水晶。
明らかに高レベルの付与術の知識がなければあんな術式は作れない。
付与術に特化した人ももちろんいるはず。
もし仮にそれらが両方同じ人物だったとしても、この鉛の量だ。
何かを作るというなら人員は必要。
コボルドに錬金の助手が務まるとは到底思えない。
俺はブラの中にたまった汗をブラウスでこっそりぬぐい取ると、重い腰を浮かせた。
黒騎士が何か合図を送ったのが目の端に映ったからだ。
「行くぞ」
「ええ」
先導する黒騎士の影に隠れるようにして、次の岩影に飛び移る。
朽ちかけたレールをたどって、坑道の奥へ──と、その時だった。
「きゃっ!?」
暑さにふらついたリディアの足が、レールに絡んで思わず高い悲鳴が坑道に反響し、しまった! と思わずリディアが両手で口を覆った──が、時すでに遅し。
「アオォォォォォォォオオオオオオオン!!!!!!!!」
リディアの悲鳴をしっかり鼓膜にとらえたアーク・コボルドが遠吠えを上げた。
「チッ!
〈黒騎士〉! 5体を残して奥に急げ! 逃げる奴がいたら捕縛! 絶対死なせるな!
残った5体はコボルドを殲滅! 1匹も逃すな!」
アーク・コボルドの遠吠えに負けないように声を張り上げて命令すると、そこかしこに潜んでいた黒騎士たちが一斉に大剣を抜いて道中のコボルドを薙ぎ払いながら坑道の奥へ駆け抜け始めた。
隠れることを放棄し、殺気を撒き散らせながらただ捕まえることだけに焦点を絞った黒騎士たちのその無言の形相は、召喚主である俺自身ですら恐怖心を覚えるほどである。
「ごめん、ユーリ!」
「いや、俺のミスだ」
あの考え込んでいた表情は、そうじゃなくて暑さで朦朧としていたのだろう。
あの時点でそれを見抜けず、水でも氷でもリディアに渡せなかったのがいけなかった。
その結果が今である。
まあ、とはいえ結果的に多少強引ではあるが犯人グループを捕まえられそうなので、怪我の功名……とは少し違うが、結果オーライなのでそこまで怒るほどのことではないだろう。
「敵が魔法使いだったとしても恨むなよ」
「ええ、もちろんよ!
恨むわけないわ!」
暴れだしたコボルドたちが、一斉にこちらに向かってくるのを、さっきまで俺たちの護衛と先導をしていた黒騎士たちが蹴散らしていく。
が、たった5体で数十匹のコボルドの攻撃をすべてカバーして俺たちを守れるわけではない。
中には遠くから矢を放ってくるコボルドもいて、一本が俺たちのすぐ足元に突き刺さった。
「念のため──招聘〈白騎士〉」
白銀に輝く魔法陣が展開し、白騎士がタワーシールドを構えた状態で召喚される。
「……私、ユーリの足を引っ張ってばかりね……」
「いや、正直居てくれて助かってるよ」
すねたようにつぶやくリディアに、俺は笑みを返す。
「おかげで、リディアといると暇しないからな」
「ユーリ……!」
うるんだ瞳でこちらを見上げてくるリディア。
本心を言うと、まったく逆のことを思っている。
正直、リディアの価値は暇つぶし用に雑談ができるくらいのものだと思ってるし、俺と比べて何もできないばかりかレールに足を引っかけて敵の注目を浴びるという、きわめて面倒なことをしてくれている。
仕事をこなすだけなら正直、リディアがいない方がスムーズに進んだことだろう。
そうやってイライラしている気持ちがある。
それが本心である。
……が、一方でこう考えている自分もいる。
リディアがいなければ、この異世界はそんなに面白いとは思えなかっただろうな、と。
やはり、雑談する相手がいるのといないのとでは、心の持ちようが大きく異なる。
どれだけ足を引っ張る仲間だろうが、共通の趣味を持つ雑談相手というのは、どんなつまらない仕事でも、幾分か楽しくしてくれる効果があることは否定できなかった。
だからきっと俺のこのイライラは、さっきから徐々に増してきている熱気のせい──ん?
「なぁ、リディア気づいたか?」
疑問を確かめるように、俺はリディアに尋ねた。
「気づくって何によ?」
「気温が上昇してる」
「っ!? そういえば!」
まるで、ふすまの隙間を少しずつ広げて、開いていることを悟られないか試す子供のように、気づかぬうちに坑道の気温は徐々に上がっていたのである。
──と、それに気が付いた直後だった。
体内の魔力が、急速に減少し始めたのは。
「まさか!?」
振り返る。
が、しかしそこには何もない。
しかし、耳をすませば小さな地鳴りのようなものが響いていて、地面に手を当てれば小さく振動しているのが伝わってきた。
「これは──ッ!? まずいぞ逃げないと!
〈白騎士〉、今すぐ俺たちを抱えて──いや間に合わんな、リディアこっち!」
「ふぇ!?」
俺は急いで彼女の体を抱きかかえると、素早くアイテムストレージを操作して一つのアイテムを取り出した。
小さめの水筒くらいのサイズの円筒で、中には青く輝くクリスタルが浮かんでいる。
俺はそれを思いっきり地面にたたきつけて、叫んだ。
「〈脱出〉!」
俺たちは地上へと転移した──その刹那、元いた場所がマグマの津波に呑み込まれるのを目にした。
まさに間一髪の出来事だった。
次回は明日0時公開です。




