第21話 異変の兆し
アグナリア廃坑へは、ここからさらに険しい岩肌を登っていく必要があった。
(この辺の道なりは、ゲームと一緒だな……)
パソコンのモニター越しに見ていた風景である。
もっとも、ゲーム時代はもっと魔物がひしめいていたわけだが……リアルになった影響で地形のスケールも多少変化しているのだろう。
遠目にレッドゼリーやガボット──赤茶色のローブを纏い、手にカンテラを持ったアストラル系の魔物──が遠巻きにこちらを見ている以外には、コボルドが集団になってうろついているくらいしか目立った変化はなかった。
「あれか」
25体の黒騎士が足を止める。
どうやらコボルドたちもこちらに気づいたようで、牙をむき出しに警戒態勢を取っている。
コボルドは二足歩行をした大型犬のような見た目の魔物だ。
白い胸毛に青い毛並み。
身長は今の俺より頭三つ分ほど高く、むき出しの牙や爪はすべて鋭くとがっている。
ゲームで見ていたのはかなり昔の話だったから細かい部分は忘れてるけど……あいつらって、あんなに目が真っ赤に輝いて、背中から黒い水晶みたいな棘が突き出しているなんていう、ファンキーな見た目をしていただろうか?
「なに、あの背中の水晶……」
リディアが怪訝に眉をしかめながらつぶやく。
どうやら俺が感じていた違和感は間違いではなかったようだ。
「……混乱系と発狂系の状態異常を付与する術式が込められてるみたいだな。
あとは……なんだこれ、見たことない術式まで書き込まれてるぞ。どういう効果だ?」
間違いでないなら、この騒動の原因の一端にもなっているかもしれない。
そう思い注視してみると、そのような術式が背中の水晶から発せられる魔力に刻まれているのがわかった。
ちょっとだけ好奇心を刺激されて、思わず口角が上がる。
「混乱と発狂?」
「術式的にも明らかに人為的な処置だね。今回の依頼は、ただの討伐じゃあ終わらなさそうだぞ」
ゲーム時代、そのような状態異常を引き起こす魔物もアイテムも、公式的には存在しなかった。
プレイヤーが開発していたならありうるかもしれないが、どっちにしろ人為的なものであることに変わりはなかった。
「テロってこと?」
「どっちにしろ、廃坑を調べないとわからないだろうね──〈黒騎士〉」
リディアの険しい表情に満面の笑みを浮かべると、俺は短く指示を出して黒騎士にコボルドを殲滅するように指示を出した。
黒騎士がコボルドたちを囲い込むように隊列を変形させて、追い込むように殲滅させていく中、リディアがため息を吐く。
「なんでそんなにうれしそうなのよ?」
「なんでって、そりゃあ、見たこともない術式に出会えたんだよ?
心が躍らない方が魔術師としてどうかしてるだろ」
「あなたって人はまったく……」
呆れた様子でため息を吐くリディア。
そうこうしているうちにコボルドの殲滅は終わっていた。
「ご苦労」
黒騎士たちが無言で隊列をもとに戻していくのを見ながらねぎらいの言葉をかける。
「まるで軍隊みたいね」
「というより騎士団でしょ」
「馬に乗ってないから歩兵団ね」
「たしかに。騎士って馬に乗ってこそだもんな」
そういわれると、黒騎士や白騎士を召喚した時に軍馬が同時に召喚されないのは違和感がある。
DFHの運営は、多分鎧を着た兵士を全部騎士だと思っているからこんな名前になったんだろうけど……いつか、軍馬の方も作ってみるか。
そんな風に雑談しながら向かうこと数十分。
俺たちはようやくアグナリア廃坑の前にたどり着いた。
「思ったより遠かったな」
ゲームだったころは1分くらいの距離だったのに、なんて思いながらつぶやき、ぐっと伸びをする。
「そう? 近い方じゃないかしら?」
「君感覚バグってない?」
「それはあなたの方でしょ? 冒険者にとってこれくらいの距離は散歩よ散歩」
肩をすくめるリディアに俺は呻いた。
きっと、現代社会という、部屋にこもっていてもある程度生活できる俺にとって、彼女たちの行動範囲の広さとの対比でギャップがあるのかもしれない。
それにしても暑い。
火口が近いからだろうか?
一応火山ガスには注意して、臭いには気を配っているが……硫黄のような臭いはまだそこまできつくなかったし、大丈夫だろう。よく知らんが。
俺はワインレッドのタイを緩め、ブラウスのボタンを一つだけ外した。
暑いが、念のためローブを脱ぐわけにはいかないのがつらいところである。
「リディア、体力はどう?」
「大丈夫よ。私ほとんど何もしてないし。
むしろあなたこそどうなのよ? 今日が初めての依頼なんでしょ?
アイアンなんだから、最初から飛ばし過ぎたら痛い目見るわよ?」
心配してくれているのだろうか。
リディアがこちらの顔を覗き込みながら尋ね返すのに、俺は足の具合を見るようにつま先で地面を軽くえぐった。
「問題ない。それに疲れたら黒騎士たちに運んでもらうから」
「……召喚魔法って便利ね」
「リディアも覚えてみる?」
詠唱の仕方は教えられないが、術式や構築理論なら教えられる。
魔法陣の書き方がわかれば、彼女だって詠唱せずに魔術が使えるかもしれない。
この世界の人でも、俺と同じように魔術が扱えるのか……いい実験台にできるかも。
そんな俺の思惑が透けて見えたのか、リディアは一瞬興味を示すように目を輝かせたものの、なんとも言えない表情を浮かべて首を横に振った。
「……考えておくわ」
よかった、フラれなくて!
俺はニッと笑みを浮かべると、『いつでもいいからね』と一言置いて、黒騎士とともにアグナリア廃坑へ足を踏み入れた。
次回は明後日の朝6時更新です。




