第18話 カタナ
「なら、遠慮なくいかせてもらうよ──〈驟天羅綦〉」
彼はそういうと、大上段にカタナを振りかぶった。
刀身に光が収束し、一気に振り下ろされる──が、白騎士がアッパーカットのように振り上げたタワーシールドによって、その腕は振り下ろされることはなかった。
大盾の縁で、彼の手首を下から押し上げたのだ。
──刀身から光が爆発する。
「大した反応速度だね、騎士君」
「……」
光の爆風に、俺とリディアは目を細めた。
目もくらむような閃光の嵐に紛れて、無数の金属音が聞こえる。
「驚いた、目くらましには動じないか」
隙間なく響く剣戟。
そのすべてを白騎士が受け止め、流しているのが、その音だけでも把握できた。
わずかに視界が戻り、様子をうかがってみると、どうやら青年が白騎士のシールドバッシュを受けて、大きく距離を取っていたところのようだった。
白騎士の盾や兜にについた薄い傷が修復されていくのを、体内の魔力のわずかな減少で知覚する。
(こいつ、俺の白騎士の防御を上回ったのか!?)
ブルーオーガの丸太の投擲にも、炎のブレスにも一切傷つかなかった白騎士の鎧と盾に、かすったような薄い傷とはいえ、ダメージを与えた。
完全に破壊するにはそれこそ何年もの時間はかかるだろうが、理論上倒しうると言えなくもない攻撃力を秘めていた証拠だった。
「硬いね。今まで斬れないものはなかったんだけど」
青年がカタナを鞘に納める。
「もう降参か?」
「まさか? 勝負はここからだよ──〈驟天羅綦・巳〉」
直後、地面が荒波のようにうねりを上げ──気が付くと目の前にカタナを振り抜いた姿勢で制止する青年の姿があった。
「何を──」
何をした?
そう言い切るかどうかという時だった。白銀に輝く金属の塊が宙を舞って、俺の目の前に落下したのは。
「……は?」
俺は目の前の光景に、しばし言葉を失った。
その直後にようやく、現実を理解する。
──白騎士の腕が、斬り飛ばされた。
白騎士を倒す可能性はわずかにあるかもしれない。
そう思った直後斬り飛ばされた白騎士の腕に、俺は驚愕のあまり目を見開いた。
「おや、ごめんよ。盾を斬ったつもりだったのに、腕が飛んじゃった。まぁ、大金はかかるけど、教会に行けば治るから許してね」
「……」
白騎士は召喚獣の中でも黒騎士と対になる、俺のステータスが反映された能力を保有する召喚獣だ。
黒騎士は俺のINTが攻撃力になるが、白騎士の場合は防御力に変化する。
つまるところ彼の攻撃力は、俺の基礎INT値を上回っていることになるのである。
レベル600の防御をかいくぐるなんてことがありうるのか?
いや、ありえない。
この世界では高くても多分レベル200が人類の限度のはず。
それは、人類最強と呼ばれていたウォーデンの存在が証明している。
もっとも、裏の世界では実はもっと強力な奴がいるという可能性も捨てきれないわけではない。
だから、常人としては100前半、高くとも200くらいだろうと予想していた。
前提条件が間違っていた?
もっと俺より強い存在か、それに匹敵する何かがいる可能性を、もっと慎重に考慮すべきだったか?
白騎士は失った腕を背後に隠すように腰に回すと、タワーシールドを正面に構えた。
「まだやるの? いいよ、その負けず嫌い。彼女たちを守る騎士の心得として不足はない……が」
青年は目を細め、再度カタナを鞘に納めた。
また、あの技が来る──。
「今度こそその盾を真っ二つにして、僕の勝ちを認めさせてあげよう。
そうすれば君たちも、諦めがつくだろう?」
不敵な笑みを浮かべた青年の手元が、先ほどとは異なる抜刀の構えを見せた。
(逆手抜き?)
白騎士がわずかに重心を上げる、その直後──。
「──〈驟天羅綦・申〉」
地面が荒波のように撓み──
「──ぐはッ!?」
青年が、白騎士のタワーシールドによって、組み伏せられていた。
……何が起こったのか、誰にも理解できなかった。
いや、きっとこの青年ならば、それを正確に把握できたに違いない。
「くそっ! その汚い手を今すぐ僕からどけろ!」
吠える青年。
乱れた髪に焼けた泥がついて、頬が黒くすすけているのが見えた。
「女の子に組み敷かれるならまだしも、おっさんにのしかかられて喜ぶ趣味は僕にはないんだ!」
ん?
今なんか変なこと言わなかったか?
俺の怪訝な眼差しに同調するように、白騎士が若干肩をすくめるようなしぐさを見せる。
もし白騎士の内側に生身の肉体があったりしたら、きっと盛大なため息をついているか、困ったように眉間に皺を寄せているに違いない。
「負け犬の遠吠えね。聞くに堪えないわ。
……ねぇ、ところで一体何があったっていうのよ?
私、全然見えなかったんだけれど」
リディアが青年の近くまで寄ると、煽るように杖の石突でその頬をつつきながら尋ねる。
「……斬ったはずの手が、いつの間にか再生してたんだよ」
青年は怒りを鎮めようと必死に深い呼吸を繰り返し、笑顔を取り繕いながらゆっくりと返した。
「まるで見切ったみたいに盾で受け流されて、振り切った直後にその再生した腕でつかまれて組み敷かれた。
まったく、とんでもない技量だよ……。こんなの、連邦騎士団ですら見たことがないね……」
青年の言葉を聞いて、ふと思った。
ウォーデンとの模擬戦の時、黒騎士は大剣の刃を木剣に食い込ませることで、ウォーデンの剣を受け流すという選択肢を排除していた。
一方で今回白騎士は、もしかすると最初に腕を切り飛ばされたのは二太刀目に対処するための布石としてわざと斬らせていたのかもしれない。
この青年は普通の鎧騎士だと思い込んでいるらしいし、鎧がすぐに再生するとは最初から考えていない。
その隙をついて、彼が予想しなかった復活した片腕による投げ技から制圧のコンボを行ったのではないか。
俺の、レベル600分のDEXが防御の技量として反映されているとはいえ……えげつない戦略の立て方だ……。
再生する能力を、ただの不死身性として捉えるのではなく、制圧の手段に用いるなんて、思っても見なかった……。
俺は、なんだか楽しくなって、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ところで騎士君?
君はいつまで、僕を組み敷いているつもりなのかな?
正直、そろそろ我慢の限界なんだけど。
尤も君の中身が無口な女性だと明かしてくれるなら、このまま何時間だって続けてくれてもいいんだけど……僕の直感が君を女性ではないというんでね……」
青年の苛立ちの篭った抗議に、白騎士が、もう放してもいいかとでも尋ねるかのように、首をこちらに向ける。
「解放してあげてもいいけど、条件がある」
「なんだい?
女の子の頼み事なら、交換条件なんてしなくても聞いてあげるけど」
爽やかな笑みを浮かべながらこちらを見上げる美青年──に、俺は少しうっ、と眉を顰めた。
こいつ、拘束されてるのになんでこんなイケメンオーラ出せるんだよ……。
「君のそのカタナを俺にくれないかな?」
あのカタナは俺にとって脅威になりうる。
別にあれが聖剣で俺が魔王というわけではないが、身を守るための一つの手段として、強力な武器は手元においておくに越したことはない。
……それに、何よりあの〈驟天羅綦〉の能力の詳細が気になる。
どんな魔術やスキルが封入されているのか考えるだけでワクワクするのだ。
戦闘中は、術式の展開が早すぎて読みきれなかったからな……。
一度じっくりこの目で確かめたい……。
そんな思惑があってのことだったが、青年はそのお願いを聞いた途端、困ったような笑みを浮かべた。
「ごめんね。
女の子の頼み事ならなんでも聞いてあげたいんだけど、これだけはダメなんだ。
……あ、そうだ!
それなら代わりに、僕とデートするというのはどうだろう!」
「……は?」
まるで名案を思いついた、とでも言いたげな表情で口を開く彼に、俺は思わずそんなふうに返してしまった。
「そうすれば、いつだってカタナを見放題だよ?
もちろん、一日中僕を好きにできるおまけ付きさ!」
「いや、そのオプションは遠慮したいんだけど」
「え!?」
あからさまにショックを受けた様子の青年。
それを見て何か愉悦でも感じたのか、リディアは口元に手を当てながら『ぷぷー! フラれてやーんの!』と小馬鹿にするような目を向けていた。
しかし、そうなると困った。
この男をそばに置くのは嫌だし、かと言って正攻法であのカタナを手に入れることは難しそうだ。
「……仕方ない、カタナは諦めるか」
俺は肩をすくめ、白騎士に目配せする。
すると彼は無言で青年の拘束を解いた。
「じゃあ〈白騎士〉、彼をエインズワースまで送ってあげて」
「え、ちょっと!?」
青年が声を上げる間もなく、白騎士はひょいと彼の体を肩に担ぎ上げた。
まさかそんな展開になるとは夢にも思っていなかったのだろう。青年は目を見開き、慌てて暴れ出す。
「ちょ、放せ! 1人で歩けるから!
お願いだから、これ以上男が僕の体に触れるのは──」
騒がしいので、さっさと行けと指示を飛ばすと、白騎士はこくりと頷いて、なぜか静かにクラウチングスタートの構えを取った。
その姿を見て、青年の顔がみるみるうちに青ざめていく。
「──おい、ちょっと、嘘だよな!?
嘘だと言ってくれ!
こんな運ばれ方でダッシュなんてされたら鎧が腹に食い込んで──ア ゛ア ゛ァ ゛ァ ゛ァ ゛ア ゛ア ゛ア ゛ア ゛ア ゛ア ゛!?!?!?!?」
青年の哀れな叫び声を残して、白騎士は一瞬で木々の向こうへと消えていった。
次回は正午更新です。