第17話 闖入者
「──〈祭壇召喚〉」
杖を振り上げ、ショートカットキーを打鍵しようとしたその時だった。
──轟音と共に何かが飛来し、ブルーオーガを真っ二つに切り裂いたのは。
「わっ!?」
「何!?」
轟音とともに、鮮血が舞い散り、俺たちはしりもちをついた。
すかさず、白騎士が血の雨から庇うように盾を掲げる。
(あぶねぇ、血まみれになるところだった……)
もしあの大量の血糊に塗れていたら、依頼どころの話ではなかっただろう。
俺は白騎士にありがとうと視線を送ると、白騎士は一瞬こちらを見た後、少し照れた様にそっぽを向いた。
(……前々から思ってたけど、こいつらって人格があったりするのかな?)
──それにしても、何が起きたのか、さっぱりわからなかった。
ただ分かったのは、魔力の気配も何もさせずに、稲光にも似た閃光が大気を切り裂いて、そのまま延長線上にいたブルーオーガを真っ二つに斬り裂いたというこの一点のみである。
(魔術じゃなかったよな……戦士系のスキルか……?)
近いものに心当たりはある。
〈天空裂波〉だ。
しかしこの世界で一番強いとされていたウォーデンは、DFHのスキルを使ってはこなかった。
使ったのは何者だ?
俺と同じ転生者?
それともその関係者か、あるいは俺の思い込みで、実はDFHのスキルを使うものは他にもいる?
いや、だとしてもあのスキルをこの世界で使える人がいるとは思えない。
〈天空裂波〉は『剣術』と『気術』のスキルレベルが200になることでようやく習得できるスキルだ。
ウォーデン程度のレベル──高が100代前半程度で世界最強なんて名乗られているこの世界で、〈天空裂波〉を習得している現地人がいるとは考えられない。
いろいろ言いたいことはあるが、しかしそれよりも──。
「危ないところだったね! 大丈夫? 怪我はないかい?」
優しい笑顔で手を差し伸べてくる美青年に、俺はむっとした表情を返しながら手を払いのけて自力で立ち上がる。
雰囲気は優しそうな美青年。
少し長めの前髪。
うるんだ碧眼。
左目の下には泣きぼくろがある。
一言でいえば白馬の王子様と形容できそうな中性的な見た目の金髪の男だった。
きっと、並の女性ならばその甘いマスクと男にしてはやや高めな美声でメロメロになるのだろう。
実際、中身が男の俺でもちょっとエロいと思ってしまう雰囲気が、その艶がかった唇や細い首筋から感じられる。
「邪魔しやがって」
俺は嫌悪感と苛立ちを隠そうともせず吐き捨てた。
「邪魔?」
「今魔術の試験中だったんだよ! それなのにお前のせいで台無しじゃないか!
どう責任取ってくれるんだよ?」
杖でブルーオーガを指し示しながら、頭1つ分は高い位置にあるきれいな相貌をにらみつける。
「ご、ごめんよ!
遠くからじゃ、アイアンの女の子二人が襲われてるようにしか見えなかったから、つい……」
「アイアンが二人?」
彼の言葉に一瞬怪訝に首をかしげて、リディアのほうに視線を向ける。
「……なるほど、確かに銀って、遠くからだと鉄と区別がつかないか」
近くで見れば、その光沢の違いで見分けがつくものだが、遠くからでは同じ金属にしか見えないのも頷ける。
彼の判断は、一般的には正しいとされる模範解答だと、第三者視点的には言えるかもしれない。
これは誰にも責められまいな。
まがりなりにも、この世界においてブルーオーガはアイアンが相手にしていい相手じゃない。
しかもこっちは少女で、おまけにメイジである。
俺は実験を邪魔されたことによるいら立ちを、理性で黙らせるように大きくため息をついた。
「わかった。これは悲しい事故だと受け取っておくよ。
だけど君、次からは援護するとか何とか言ってから参戦しろよ? もし射線上にだれか突っ込んできたら巻き添え食らう危険があるだろうが。ちゃんと頭を使いなさい」
「あはは、そうだね。次から気を付けるよ」
さわやかな笑みを浮かべて謝罪を口にする。
まったく反省しているように見えないのは気のせいだろうか?
ゲーム時代でも、助太刀する時はスイッチだのシザースだの、合図をしてから割り込むのが通常だった。
それを知らないということはこいつ、あまり実践経験がないか、ずっとソロでやって来たに違いなかった。
「ところで、どうしてアイアンの君達がこんな森の奥にいるんだい? 道に迷ったなら、僕が案内してあげられるけど」
甘いマスクの笑顔を崩さず、手を差し伸べる美青年。
「結構よ!」
──リディアが割り込んだ。
「どうしてだい? 女の子2人じゃ危ないだろう。ましてや前衛のいない──」
「私はアイアンじゃなくてシルバーだし、それに前衛ならこの騎士様2人で十分間に合ってるわ!」
少し苛立っているような声音で、リディアが白騎士を紹介した。
「騎士様──?
あぁ、そこの木偶の坊か。全然気づかなかったよ」
にべもない声色で、冷えた言葉が吐き出された。
その口調には、さっきまでの穏やかな笑みはもうない。
気づかない?
そんなわけないだろう。
こんなに大きくて目立つ存在が、目に入らないわけがない。
どうやらリディアも同じ意見の様で、嘲笑する様な態度の彼に食ってかかった。
「あなた節穴なのかしら?
こんなに大きなものを、どうやったら見逃すわけ?」
「君達があまりにも可愛らしくてね。
眩しすぎて見えなかったんだよ。許してくれるかい、子猫ちゃん?」
「……うげぇ、何こいつ。
私、こういうタイプ無理なんですけど……」
怖気というものを体現したかの様に、大袈裟に震えて吐き気を催す様なそぶりを見せながら、俺の背後に隠れるリディア。
「同感。俺もこいつちょっと嫌いだわ」
軽蔑する様な目を青年に送ると、しかし彼は軽率な視線で肩をすくめながら
「えぇ、それは困ったなぁ」
と言った。
「どうすれば、挽回できるだろうか?」
「私たちの目の前から消えてくれれば完璧ね」
ピシャリ、と跳ね除けるリディア。
「すまないが、そうはいかない。
僕はこう見えても教会騎士団の一員だからね。
ブルーオーガ如きに苦戦する様な騎士2人しか連れていない女の子を、このままここに放置なんてできないんだよ」
教会騎士団という言葉を聞いて、顔をしかめる。
彼が言う教会とはおそらくゴトシャ教のことだろう。
あそこの関係者とは関わり合いになりたくないな、なんて思ってたのに何というフラグ回収……。
「はぁ……」
俺はため息を吐きながら、両手で顔を覆った。
それにしてもブルーオーガごとき、と言ったか。
たしかにブルーオーガは戦士職にとってはちょっと強いくらいの印象しかないだろう。
あいつは魔術耐性が尋常でないだけで、物理的には再生能力を上回る攻撃を叩き込み続けるだけで勝ててしまうのだから。
その再生能力が、サービス初期は結構厄介だとか言われてたわけで、当時は支援系の魔術師が重宝されたわけだけど……。
「そこまで言うなら、勝負してみるか?」
俺は、試す様な口調でリディアとの間に割って入った。
「さっきからうちの白騎士を木偶の坊だのなんだの言われて、ちょっと腹が立ってたんだ」
白騎士は黒騎士と同じく、俺のステータスを反映させた防御特化の召喚獣だ。
つまりこいつを馬鹿にすると言うことは、俺のことを馬鹿にするも同然。
ブルーオーガを雑魚と言い放つ実力があると言うなら──この世界でそこそこの実力を持つというなら、その鼻っ柱をここで折って、魔術の実験ができなかった八つ当たりを兼ねてお仕置きしてやろう。
「ごめんよ、怒らせるつもりはなかったんだけど……。
わかった。そこまで言うなら受けてたとう。
だけど僕が勝ったら、彼女たちを護衛する資格なしとして、一緒にエインズワースまで帰ってもらうよ?」
「いいだろう。こっちが勝ったら、黙って消えてもらう」
俺がそう言うと、白騎士が一歩前に進み出た。
対する青年は剣を抜いた。
反りのある片刃のロングソード──一瞬、カトラスかと思ったが、その刀身に輝く刃文を見て確信する。
あれは、ゲーム時代、『サムライ』のスキルツリーを保有しているものだけが装備できた武器カテゴリ──カタナだ。
「本気でやってもいいんだよね?」
鍔や柄、鞘のデザインが洋風だったから気が付かなかったが──ということは、さっきのスキルは装備の効果ということか。
カタナは、錬金術と鍛冶のスキルがそれぞれレベル500に達してようやく作れる特殊な武器カテゴリで、ひとつだけ魔術やスキルを登録できる仕組みになっている。
魔力を消費せず発動できる上、装備者のDEXの高さで性能が向上する性質を有しているので、高レベルのプレイヤーほど優れたカタナを装備していた。
どこで見つけてきたかはわからないが……イニシエール古金貨の件もある。
ゲーム時代のアイテムが、遺物として発掘されていたとしても不思議はないか。
「かまわない。どうせ君の攻撃じゃ、白騎士に傷一つつかないさ」
まぁ、だからと言って俺が負けることはないだろう。
「なら、遠慮なくいかせてもらうよ──〈驟天羅綦〉」
彼はそういうと、大上段にカタナを振りかぶった。
次回は来週です。