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異世界にTS転生したので、好きに生きたいと思います!  作者: 加藤凛羽
第1章 天を喰らう龍〈アグナリア〉
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第11話 朝食


 翌日、目を覚ましたのは昼近くだった。


 昨晩は遅くまで、自分の邸を建てるならどんな部屋を作るか、という話題で盛り上がっていた。興が乗ったせいで小さめのお城の様になってしまったが──そんな理想のお家の設計図をいくつか描き、特許申請用の書類まで手をつけてしまい、結局、眠りについたのは夜が明ける寸前だったが、充実した夜だったと思う。


 幸い、すでに1ヶ月分の家賃は払ってある。誰かに叱られる心配もなく、ベッドに潜ったまま惰眠をむさぼることができたのは──カラクが即金で金貨6枚を出してくれたおかげだ。


 あれがなければ、今日は眠い目をこすりながら薬草採取の依頼に出ていたに違いない。


「……お金って、やっぱり最高だな」


 金さえあれば、だいたいの問題は解決する。

 正直、あのとき死んで、この世界に来られて本当に良かったと思っている。


 ──どうせ、向こうの世界には、父さんも母さんももういない。


 異世界転生さまさまだ。


 俺は冬の冷たい空気をかき分け、水差しの水で顔を洗った。

 脱ぎ捨てたパジャマをベッドの上に放って、ストレージから服を取り出して身支度を整える。


 ちなみに、パジャマの下はもちろん女物の下着だ。

 初日に風呂で見たときはさすがに戸惑ったが、人間の順応性は大したもので、2日も経てばすっかり慣れていた。

 誰かに見せるわけでもないのだから、気にする理由もない。


 階下の食堂に降りて、空いていたテーブルに腰を下ろす。

 この宿は少し値が張るぶん、泊まっている客も高ランクの冒険者か下級貴族ばかりで、騒がしい酒場とは違って、落ち着いた雰囲気がある。

 それが、俺がここを選んだ理由のひとつでもあった。


 メニューの品も、ガッツリ系からヘルシー系まで幅広く揃っている。どれもそこそこに洒落ていて、舌も満足してくれる。


「さて……今日は何にしよっかな」


 昨日はクロック・マダムを頼んだ。パンの上にハムとチーズ、目玉焼き。

 シンプルだけど、どこか満たされる味だった。


 卵料理、全制覇したいと思ってるんだよな、実は。


 だから今日は──エッグ・ベネディクト。そう、温かいポーチドエッグに、トロッとしたオランデーズソースがかかっているやつ。


 注文を済ませると、窓際の席から見える街路に目をやった。冬の陽射しは弱々しく、舗道の石畳の隙間にうっすらと霜が残っている。


 料理が届くまでのあいだ、昨日描いた設計図のことをぼんやり思い出す。


 書斎の窓から見える中庭に植える木は、やっぱり月桂樹がいい。春になったら、苗木を買いに行こうか──そんな未来の話を考えていると、やがて、皿を持った給仕がやってきた。


「お待たせいたしました。エッグ・ベネディクトでございます」

「ありがとう」


 目の前に置かれた皿の上には、黄金色に輝くソースのかかったポーチドエッグ。ナイフを入れると、中からとろりとした黄身が流れ出す。


「……完璧だ」


 一口食べるたびに、じんわりと幸福感が染み渡る。ベーコンの塩気とソースの酸味、そして黄身のコク。シンプルなのに、複雑な余韻がある。


 口に運ぶ手を止めるのがもったいないとさえ思えるが──


「おや、君もエッグ・ベネディクトとは、いい趣味だね」


 隣のテーブルから、そんな声がかかった。


 至福の時間を邪魔されたことにムッとしながら振り返ると、そこには青みがかった銀色のドッグタグを胸元につけた年配の男が、ウインクしながらパンをちぎっていた。


 彼の皿にも、まったく同じ料理が乗っている。

 ……いや、より正確には、本来パンの上に乗っていた具材が乗っている。


(この人、パンと具を分けて食べてる……変な人だな……)


 一緒に食べるからいいのに。


「そろそろ狩りの季節も終わる。こういう温かい朝食が恋しくなる時期だ。……冒険者なら、体は資本だぜ?」

「そうだね」


 俺は軽く会釈を返した。

 ミスリルランクか。

 こっちがアイアンと見て、助言をくれようとしているのだろう。


「今日はギルドに?」

「昼から依頼を見に行こうかと」

「ふむ、なら覚えておきたまえ新人君。

 ギルドには午前中に行けば、新しい依頼がいくつか張り出されるはずだよ。ちょうど報酬の割に人手が足りてない案件が出ていた」

「へぇ、それはありがたいね。ちなみにどんな依頼?」


 そういえば、昼前に行ったほうが美味しい案件を拾いやすいとラノベで読んだことがあった。

 ゲームだった頃はそんなこともなかったが……これも現実になった影響の一つなのかもしれない。


「温泉だよ、温泉」

「温泉?」


 おじさん冒険者が千切ったパンを片手に、こちらに指をさしながらいう。


「近くに火山があるのは知ってるか?

 ブラックフォレストから見えるあの山脈なんだが」

「あー、廃坑があるところだな」

「そそ」


 ゲーム時代、コボルドが大量に出るスポットがあって、初心者のレベリングによく使われたダンジョンがあった。

 彼の口ぶりによれば、今でも廃坑として残っているらしい。


「その近くに最近温泉が見つかったみたいでな。

 でもコボルドが沸きまくってるせいで開発できないみたいなんだわ」

「要するに、そのコボルドを減らしてくれって依頼か」

「そゆこと」


 コボルドの群れくらいなら数分もあれば殲滅できるはずだ。

 美味しい依頼だというなら、受けに行ってもいいかもしれない。


 最後の一口を飲み込んで、俺は立ち上がった。


「ありがとう、いい話を聞いた」


 俺は懐から銀貨を1枚投げ渡す。

 どんなことであれ、情報をもらったなら対価を出さなければなるまい。

 でなければ次は誰も教えてくれなくなる。


 右も左も分からない──訳ではないが、異世界において現地のリアルな情報源は大事にしておかないと。


 そんな俺の振る舞いに、おじさん冒険者はニッと笑みを浮かべる。


「冒険者の基本のコミュニケーションの取り方は、ちゃんとわかってるみたいだな。

 いや、感心感心」


 そう言って、おじさんはパンをちぎる手を止め、少し身を乗り出す。

 どこか照れ隠しのように眉を上げながら、けれど声は低く、落ち着いた響きを帯びていた。

 年季の入った装備にしては無駄がなく、彼が長くこの世界を生きてきたことを物語っている。


「俺はヘンブリッツ。ただのヘンブリッツだ」

「俺はユーリ。

 ただのユーリだよ」

「ん、覚えたぜ。また何かあったら聞きに来な。

 おじさんがいろいろ教えてあげよう」

「考えておくよ」


 俺は彼の言葉を背に受けながら、代金を給仕に支払って宿を後にした。


 外に出ると、少しだけ陽が暖かくなっていた。が、依然として吐いた息は白く曇ったままだった。

 転生した時期が冬なんてついてない。


 俺は頭の買い物リストに手袋を加えて、冒険者ギルドへと歩き出した。






次回もまた来週です。お楽しみに。

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