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異世界にTS転生したので、好きに生きたいと思います!  作者: 加藤凛羽
第1章 天を喰らう龍〈アグナリア〉
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第9話 聖アグナリア大聖堂


「そういえば、この後のご予定はお決まりですか?」


 関所で保証金の回収を終えた俺に、不意にサリエルが口を開いた。


「そうだな。まずは宿を探して、それから観光とかしてみたいかな。

 ほら、ここに来る時言ってた七大聖堂の──」

「聖アグナリア大聖堂ですね」

「そうそれ」


 その名前を聞いた瞬間、背中の一部が熱く疼くような感覚を覚える。


 やはりそうだ。

 この名前を聞くと背中が痛くなる。

 まるで、そこへ向かえと誰かから指示されているように。


 誰かはわからないが、きっと俺をこの世界に召喚した誰かにつながっているのは間違いない。

 掌で踊るのは癪だが、今は何も情報がないのだ。

 少しは乗ってやろうじゃないか。


「でしたら、私がご案内いたしましょうか?」

「え、いいのか? 仕事とか……」

「ええ、ちょうどサボりたかったんです」


 いたずらっ子のように笑みを浮かべてそう言う彼女の瞳は、まるで図書館に飴玉を持っていく子供の様だった。


 ***


 聖アグナリア大聖堂は、ギルド前の噴水広場から東に見える大きな教会だった。

 件の建築物は小高い丘の上に建っていて、巨大なドーム状の建築が密集している様子がここからでも確認できた。

 大学時代に建築の授業で習ったハギア=ソフィア大聖堂に雰囲気が似ている。

 まあ、ドームの瓦はオレンジ色だし、尖塔は7本あるしで、いろいろ異なる部分はあるのだが。


「ここが聖アグナリア大聖堂です」


 遠くから見るとドームの集合体に見えた聖堂も、正面まで近づくとコロッセオのような雰囲気のある、アーチ門が層状に並んだ城壁に見えた。

 アーチの並ぶ渡り廊下のような庇の下に駆け込み、笑顔で紹介するサリエルに笑みを返す。


「私、実はエインズワース市のギルドに就いて長いんですけど、まだ一度もこれたことなかったんですよね」

「もとは別の街にいたの?」

「はい、もっと西の湾岸都市で、セントポリア市にいたんです」


 セントポリアといえば、DFHがゲームだったころ──800年前はたしかただの漁村だった記憶がある。

 タコイカという素材アイテムがよく釣れる場所で、イベントボス、濬滔しゅんとう皓魔こうまと言うネームドのクラーケンがいた場所だ。


 クラーケン自体はレベル200台くらいで沖の方に結構出没していたが、イベントの時期になるとレベル300のクラーケンが出現してNPCを苦しめるのである。


 経験値がおいしかったから、俺も昔はよく挑戦したものだ。

 記憶喪失の設定があるから何もコメントできないが。


「いつからこっちに?」

「向こうを出たのが16の頃なので、もう4年になりますね……。今日の今日までずっと休みもなしに働いて働いて働いて働いて……はぁ」

「あはは……」


 冒険者ギルド、想像以上にブラックなのかもしれない。

 先ほどまでのスマイルがどんどん暗くよどんでいくサリエルの様子を見て、乾いた声が出る。


「なら、今日は目いっぱい羽を伸ばそう。

 俺でよければ付き合うから」

「ありがとうございます、ユーリさん……!

 よし、これでサボりの言い訳はたったわ……。これまで貯金しかできなかったこのお金で、今日は目いっぱい楽しんでやる……!」


 初めは、真面目そうな優しいお姉さんの印章だったのに、何だろうかこのギャップは……。

 根が真面目な分、たまに気が抜けると一気に崩れるタイプなのかもしれない。

 その落差に、妙な親しみと油断できなさを同時に感じてしまう。


 アニメや小説なんかでは、冒険者ギルドの受付嬢とこんなに仲良くなることってあんまりないから、ちょっと新鮮な気分だ。


 聖アグナリア大聖堂に入ると、高い天井が出迎えた。

 そう、今までに経験したことのない天井の高さだ。

 建物で言えば優に5階くらいの高さはあるだろうか?

 高さを抑えつつも幅広く開かれたこのドームは、光を取り込むために基部に連なる小いさなバラ窓が無数に配されている。

 このおかげか、太陽の光が幾重にも屈折しながら内部に差し込み、神秘的な輝きを放っている。


 このドームを支えるためには高度な建築技術が必要だったはずだ。

 古代から伝わる円形アーチや半ドームを巧みに組み合わせ、ドームの重みを分散させることで、壁や柱にかかる横方向の力を減らしている──穹隅と呼ばれる構造だ。


 海外旅行なんて碌に言ったことがないから初めて見たが……なんというか、こういう豆知識を知っている状態で見ると、感動もひとしおだな。


 天井の中央には神話の一部だろう壁画が描かれていた。

 雰囲気はミケランジェロの『アダムの創造』に近いが、天使に当たる部分が雲であることや、アダムに当たる部分に赤いたてがみと金色の瞳をもつ東洋風の龍がいること、神に当たる部分の人の手から金色の鎖が伸び、その鎖が龍の首に繋がれていること、そもそも壁画が円形であることなど、大きく異なる部分は多々あった。

 これがあの絵画のオマージュに見えるのは、元ネタを知っている異世界人だからかもしれない。

 あるいは、西遊記の孫悟空の話かも。


(よくみたら龍の目のところ、ステンドグラスだ……)


 パンテオンのドーム天井を思い出す。

 ドームの中心に空いた穴から光を取り込むあの構造だ。


 だが、なんだろう。

 この龍の瞳、中央から微妙にずれているような……。


「あれは、ミッツェルの『太陽の支配』と言う絵画らしいですよ。

 私も見るのは初めてなのですが……神々しくて、いい絵ですよね」

「『太陽の支配』?」


 俺の視線を追ったサリエルが解説を口にする。


「ヴェッリの『蝕陽記しょくようき』のお話をモチーフにした絵画だそうです。

 ある日、世界が闇に覆われるんですけど、主神ゴトシャがアグナリア火山の火口に引きこもった太陽龍を、あの手この手で無理やり引きずり出す、というお話ですね。

 ゴトシャは太陽龍の魔力反射の能力のせいでてこずるんですけど、龍の力を封じる黄金の鎖を使うことで、ようやく引きずり出すことに成功し、以降ずっと天上を走り回っているとか」

「……なんか、かわいそうだな」


 天照大神の天の岩戸に引きこもる話に似ていると思ったけど、日本では踊ったり騒いだりしておびき出すのに対して、こっちだと無理やり引きずり出して働かせてるのか……。


(ひどい話だ)


 そんな俺の感想が何かおかしかったのか、サリエルはクスリと笑みを浮かべた。


「そういう感想、はじめて聞きました」

「そうなの?」

「はい。教会では『神に仕えることを拒んだ罰だ』と教えられますから」

「あー……なるほど」


 神に仕えることを拒んだ罰、という点に、異世界との価値観の相違を感じる。

 今の部分だけを聞くと、龍が逆らったから神が罰したのか、神が支配しようとしたから龍が拒んだのかがはっきりしない。

 前世での宗教的な歴史を鑑みるとおそらく、その土地で信仰されていた龍がゴトシャ教に統合される際に起きた、騒動を寓話化したものである可能性が高そうだ。


 ゴトシャ教……。

 背中の疼きと言い、関わらないわけにはいかないんだろうけど……仲間にはほしくない存在だなぁ、と内心でぼやくにとどめた。



ここで突然の建築豆知識!


今回は「ハギア=ソフィア大聖堂」についてのお話です。

東ローマ帝国の都コンスタンティノープル(現イスタンブール)にそびえる ハギア=ソフィア大聖堂。

その名は「聖なる叡智(ホーリー・ウィズダム)」を意味し、まさに人間が築いた“知恵の宮殿”でした。


特筆すべきはその建築構造。

巨大な ドーム が空中に浮かんでいるかのように見えるのは、40本もの窓から差し込む光のトリック。

訪れた人々は「天が地上に降りてきた」と驚嘆し、まるで光そのものが神の化身のように感じられたと伝えられています。


さらに内部は、金色のモザイクで覆われ、まるで宇宙そのものを象ったかのよう。

壁や床に使われた大理石は、各地から集められた色とりどりの石で、まるで大地の精霊たちが一堂に会しているかのような荘厳さを放っていました。


また、中世の人々の間では「ハギア=ソフィアには聖杯や秘宝が隠されている」という噂も絶えませんでした。

一説には、十字軍によって持ち出された秘宝の数々がこの聖堂から流出したともいわれています。


魔術的に眺めるなら――

ドームは天、

大理石の床は地、

差し込む光は精霊スピリトゥス


つまりハギア=ソフィア大聖堂は「天地と精霊を結びつける巨大な魔術的装置」として、人間の叡智と信仰を凝縮した建築なのです。


以上、建築豆知識でした!


次回は来週です。

お楽しみに!

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