働きすぎなおっさん、追放されて幸せな家庭を築く
「おっさん、もうおれたちのパーティにいらねえよ」
宿屋に集まった仲間たちの前で、リーダーのアルフに言われた。仲間たちからも次々に不満が上がる。
「高ランクのパーティにおっさんとか華がねえんだよ。死んだ魚みてえな目をしやがって」
「ベテランだから置いといてやったけど、ぶっちゃけ用済みなんだよな。顔色がゾンビだしよ」
「これからはおれたちの時代なんだわ」
ああ、やっぱりか……。
冒険者パーティの古参として頑張ってきたけど、ランクの昇級があってからは疎外感が強くなっていた。
Sランク冒険者パーティ『ダラック』は、今でこそ王国の実力者集団として知られている。けれど、もともとは別の人たちと組んだ駆け出しパーティだった。およそ二十年間の努力が報われて有名になれたけれど、当初のメンバーは怪我や年齢を理由に引退していた。
今のメンバーは年齢層がずいぶん若くなっている。最年長のおれとは考え方が違った。活動方針も結成当初とは様変わりしている。
アルフたちの言い方は乱暴だけど、一理ある。
おれのやり方は古いのかもしれない。
もう、新しい世代だよな。引退時か……。
「わかった。じゃあ、今までの仕事を帳簿にまとめてあるから誰か引き継いで……」
「いらねえんだよ。さっさと出て行け」
余計な話だったか。
「一年間の報酬の取り分をまだもらっていない。金庫の鍵を貸してくれ」
「ほらよ」
「――は?」
一枚の貨幣が投げ渡された。宿屋の一泊分にもならない。
「ごくろうさん」
「ちょっと待て! まさか、これで終わりにするつもりじゃないよな!?」
命懸けの依頼をこなし、必要な準備や雑用も働いた対価が、たったのこれっぽっち?
「少なすぎる――ッ!」
息が詰まる。不意打ちでなぐられていた。さらに全身に痛みが走る。他のメンバーも加勢して袋叩きにあった。
「まだ文句あるか?」
うそだろ。仲間だと思っていたのに……。
考えていた以上に、おれの居場所はなくなっていた。
選択の余地はない。荷物をまとめると逃げるように宿屋を出た。
おれの冒険者人生は最悪な形で終わった。
◇◇◇
『ダラック』をやめて三日が経った。
一年分の報酬はもらえなかったけど、貯金があった。冒険の出費がかさんであまり貯められなかったが、しばらくは生活できるだろう。
とはいえ、宿屋暮らしである。働かないのだからお金が減るいっぽうだ。生きているだけで金が必要とは世知辛い。
いつものくせで日の出に起床する。やることがなかったので剣の素振りをした。
まずい。どうしよう。
働かないと。引退は撤回して別の冒険者パーティに入れてもらうか? いや、肩書きだけは立派なベテランに来られても扱いに困るだろう。アルフみたいにやり方の違いで衝突しかねない。とはいえ、今まで剣を振ってきただけのおっさんを雇ってくれるところがあるのか? 頭を使う仕事は無理だ。力仕事も若い人が中心だろうし……剣術指南ならいけるか? 道場を開くとか。畑仕事も人手が欲しいところがあるかもしれない。
「サクマはここにいるの!?」
突然、大声が響いた。
驚いて階下の酒場におりる。人が大勢集まっていた。ほとんどの男が武器を持っている。冒険者とは雰囲気が違った。一番手前にいる人物を護衛しているようだった。
「サクマ・ワーク!」
おれを呼んでいる……誰だ?
手前にいる人は少女だった。十代半ばくらいだろうか。見るからに気品がある。たぶん、貴族だ。
よくわからないけれど、ひざまずいておく。
「わたしになにか御用ですか?」
「顔を見せて! 立って!」
おれは立ち上がった。
改めて顔を見合わせると、ものすごい美少女だった。色の明るい長髪は輝くように艶やか、まつげが長くて顔が小さい。手足がほっそりとしている分、大きな胸がなおさら目立った。
「サクマ! 見つけた!」
抱き着かれた――なんで!?
貴族の人に抱擁される覚えなんてない。周りの目も痛かった。宿に泊まっていた人が騒ぎに集まって見物していた。
「覚えてる? わたし、サクマに助けられたのよ」
助け………………まさか。
「リーナ王女ですか?」
貴族からの依頼はいくつも受けたことがある。けれど、ご息女を助けたとなればかぎられた。
城から抜け出した第一王女の捜索だった。森で魔物に襲われているところを間一髪で救出できた。リーナ王女は才能ある魔法使いといわれていたけれど、実戦の経験はなかっただろうし、なにより幼かった。
五年前くらいの出来事である。そういえば城を抜け出したのは『ダラック』に会うためだったと聞いた。城から抜け出すなんてお転婆なお姫様だと思ったけれど、ずいぶん大人になったな。
……今も抱き着かれたままである。お願いだから離れてほしい。おれ、死ぬの?
「冒険者を引退したと聞いたわ」
「歳ですからね。よろしければそろそろ離していただけると――」
「もう我慢しなくていいわよね」
「はい?」
「結婚するわよ!」
宿屋中がどよめいた。
◇◇◇
おれは結婚した。
王女――リーナはずっとおれのことを想っていたらしい。憧れの冒険者で、助けられてからは本気で結婚を思い描いていたのだとか……信じられない。高ランクのパーティとはいえ、ただの庶民だぞ? 活躍していたメンバーだって何人もいたのに。
今では一日に十回は「大好き」と言われる。幸せすぎて、長い夢を見ているのかと疑ってしまう。
結婚にはやはり身分差が障害になった。が、リーナが押し切った。「認めてくれないなら駆け落ちするから!」と国王を泣き落としていた。国王は子煩悩だった。
形だけでも地位が必要だったようで、おれは冒険者の功績が認められた体で、伯爵――貴族の位をもらった。大変名誉だけど罪悪感で胃が痛い。すれ違う貴族からはつばを吐かれたし。幸い、冒険者だった頃に繋がりがあった人もいたから反発は少なかった。リーナが嫌がらせを知った時は犯人の爵位を剥奪しようとしたから全力で止めた。
「なにをしているの?」
朝。リーナがおれの隣で不思議そうな顔をしていた。
「税で徴収した作物の確認だよ。領地をいただいたからちゃんと管理しないと。あとは、防衛も気になるな。今の時期は国境付近で魔物が増えるから、ギルドとの連携を密にしないと。魔物の情報と信頼できるパーティをまとめておいたから、あとで騎士団に渡そうと思う。それと、経理の帳簿を見ていたんだけど、ちょっと数字がおかしくて。もしかしたら不正があるかもしれない。詳しく調べたいから担当の人を教えてほしいんだけど」
「……ずっと調べていたの?」
「ん? 迷惑だったかな」
「働きすぎ!」
どうやら、新参者がでしゃばったのを非難されたわけではないらしい。
『ダラック』のリーダーがアルフになってからは雑務をぜんぶ押しつけられていた。心配されたのなんてかなり久しぶりだ。
気づけば、リーナに抱きしめられていた。
「わかった。サクマは今までたくさん働かされていたから疲れた顔をしているのね」
「おれは平気だよ」
「無理して働くことがくせになっているのよ。なんて残酷な……もう、休んでいいのよ」
優しいな。これくらい大したことじゃないのに……あれ、涙が……。
国の資産を見直した結果、宰相を中心とした一部の貴族による汚職が判明した。彼らは罰せられ、宰相は役職を失うことになった。
おれの働きは認められて、正式に仕事を任せられるようになった。リーナには「働かなくてもいいのよ」と言われたけれど、お世話になってばかりで甘えるのはよくない。王国のため、そして妻に恩返しをしたかった。
ある日、王様からご子息の剣術の指南を頼まれた。今年で七歳になる王子はとても練習熱心で筋がいい。休憩中はおれの冒険話をよく聞きたがった。魔物との戦いや旅先の風景を語ると「ぼうけんしゃになる!」と目を輝かせていた。かわいい。しばらくすると練習とは無関係の時間でもたずねてくるようになって、妹の第二王女を連れてきた。冒険が好きなのは王族で共通らしい。リーナが「弟たちばかりに構ってつまらない!」とすねたのは困った。
さらにある日。冒険者だった頃から懇意にしていた貴族の人から、文官たちの教育を頼まれた。最初は断ったけれど、「ぜひ、サクマ伯爵のお力添えをいただきたい」と熱心に頼まれて了承した。
おれはしょせん庶民の生まれだ。高等な教育は受けていない。教えられるのは財産の管理、土地勘、戦術、魔物、薬草、他、冒険でつちかった地味な知識だ。城で役立つ教育になるかは疑問だった。それでも若い文官たちは集まってくれたし、真剣に学んでいた。どうやら今までの教師は評判が悪かったらしく、「サクマ先生で本当によかった」とまで言われた。期待に応えられるように頑張りたい。
自分を鍛えるのも忘れてはいけない。早朝は兵士たちにまじって訓練するのが日課になった。兵士の士気は高く、連携もよくできていた。中でも王宮を守護する近衛兵は強く、良い練習相手になった。
冒険者を引退した時には考えられないくらい充実した毎日だった。が、一つだけ気掛かりがあった。
ギルドからの知らせによると、アルフたちはずいぶん苦労しているらしい。実力者集団の『ダラック』が依頼をいくつも失敗していた。メンバーで多数の死傷者が出たようだ。先日に、ランクの降格が決まっていた。
ある日、パーティメンバーの一人から手紙が送られてきた。おれへの謝罪が繰り返しつづられていて、「頼む、戻ってきてくれ!」と切羽詰まっているのが伝わる文面だった。
いわく、おれがパーティを追い出されたあと、『ダラック』は調子に乗ってしまったらしい。さんざん遊んで財産を空にすると、儲けの良い危険な依頼を受けて失敗。そのあともアルフの独断専行によって失敗が続き、依頼人たちから信用を失っていた。
おれも仕事がある。あんなやり方で追い出されたのに戻るのはな……アルフがおれの意見を聞くとも思えなかった。
「自業自得! またいいように使う気だわ!」
手紙をいっしょに読んでいたリーナが魔法で紙を燃やしてしまった。
そのあとも『ダラック』の悪い評判は続いた。うわさがあまりにひどいものだから、こっそり街まで行って、ギルド長に事情を聞いてみた。
「最悪だな。弱くなったのもだが、仕事は雑でろくに後片付けもしないらしい。しかも礼儀知らずだ。『ダラック』はおまえが抜けて落ちぶれちまったよ……おっと、今は伯爵様だったな。失礼」
「やめてくださいよ。お飾りでもらっただけです」
こうなったら手遅れか。仲間たちと結成したパーティだったんだけどな……。
「サクマさん! 冒険者に復帰するんですか?」
「わたしたちのパーティに入ってください!」
「また剣を教えてください!」
復帰と勘違いした冒険者たちが集まってきた。こんなおっさんを勧誘してくれるのは嬉しいけど、今は別の仕事がある。丁重に断った。
「『ダラック』を汚すなんてひどいやつら……泣きたい時は泣いていいのよ」
夜、おれが落ち込んでいるのを察してくれたリーナは優しく抱きしめてくれた。
今のおれには家族がいる。新しくできた居場所を守るためにも、『ダラック』のようにはしないと誓った。
翌日、事件が起こった。
城内で何者かに襲われた。襲撃者は剣士で強かった。苦戦したけれど、おれだって冒険者として戦ってきた。今も訓練は続けている。徐々に攻勢に出た。
ところで、剣筋に覚えがあるような……って、まさか。
「アルフ?」
襲撃者の顔を隠していた包帯がとれると、見覚えのある人物だった。
久しぶりに会った『ダラック』のリーダーはみすぼらしくなっていた。自信に満ちていた顔はげっそりしていて不健康そうだった。
技のキレもずいぶん落ちている。鍛練不足なのは明らかだった。
「てめえのせいだ!」
つばを飛ばしてアルフがさけんだ。
「なにもかもがうまくいかねえ! なにをしやがった!」
どうしよう。アルフとは戦いたくない。パーティを追い出されはしたけれど、さすがに殺し合いをするほど恨んでいなかった。かといって手加減できる相手でもない。衰えたとはいえ元Sランク冒険者パーティのリーダーである。油断すればこっちがやられる。
「そうだ! 呪いだな! おれ様の活躍がねたましいからってよお! 人間の風上にもおけねえな! この、下衆野郎が!」
「あなたが悪いんでしょう!」
火球が飛んできて、アルフに当たった。
「ぎゃああああああ! あっちいっ!」
アルフが床をごろごろ転がる。鎮火したけど、髪が黒焦げのチリチリになっていた。
リーナが近衛兵たちを連れてきた。おれとよく訓練をしている人もいた。
「や、やべえ!」
アルフが焦った。
「評判は城まで届いていたわよ! サクマを追い出してから遊んでばかりで、受けた依頼もてきとうにしかやらないって! あなたは知らないでしょうけどね、サクマが必要なことをぜんぶやってくれていたの!」
リーナは今までにないくらい怒っていた。
「お金の管理も、ギルドとの交渉も、安全な旅の道を調べるのも、戦術を考えたのも、新人の教育も、サクマがずうううううっとぜんぶやっていたのに、感謝もせずに追い出したんでしょう! 『ダラック』を駄目にして、その上、逆恨みですって!? 許さない!」
アルフを指差した。
「捕えなさい! ブタには家畜のエサで十分!」
「ま、待て! おれ様だぞ!? ちくしょおおおおおお!」
勝ち目がない戦況にもかかわらず、アルフが暴れ出した。
妻や友人が命の危険にさらされて、おれの覚悟も決まった。
兵士たちに訓練で教えてきた戦術を駆使してアルフを追い詰める。最後まで抵抗をやめなかったため、やむなくとどめを刺した。
アルフを城内に入れたのは、汚職の元宰相だった。後日、裁かれた。
数年後、おれは空席だった宰相に就いた。子供もできて、幸せな家庭を築けている。
王国は今日も平和だ。少しでも貢献できているなら幸いである。
――さて、仕事をするか。
時刻は日の出前。おれはろうそくを換えて火を点けた。城暮らしではろうそくの節約を気にしなくていい。なんて素晴らしいんだ。紙の束を広げる。
「小麦の収穫が近いな。不作のところは税率を下げよう……交易をもっと強化するためにも商会に働き掛けないとな……財政はできるだけ無駄を減らして……西の領地で魔物が増えているから、ギルドに行ってくるか。王子の練習と文官の授業をしてから、子供たちに会って……他国との会談にも……それと……」
「サクマ宰相、あの、寝ましたか?」
「いや、仕事しなくちゃ」
「「「働きすぎーーー!」」」
おれは七日間の休養を強制された。働きぐせはなかなか治らない。