第170話・もやしのヒゲ
「ティラノ、ここは任せてお主はしっかりと体力を回復しておけよ」
ミノタウロスは白銀の大戦斧の柄を短く持ち、アクロの前に立ちはだかった。小回りが利く構えで防御に徹するつもりだ。
リザードマンはそんなミノタウロスの構えをみて、アクロを牽制しようと福井さんの煌弓に矢を番えた。
——その時。
「……え。なんでやんす?」
キョロキョロと周りを見回すリザードマン。
「どうした? リザード」
「なんか、声が聞こえて……オイラの頭の中? これはいったい……」
ミノタウロスにはリザードマンが戸惑っている理由が全くわからなかった。そもそも本人が、自身に起こっている現象を理解できていないのだから当たり前の話だろう。
〔安心するがよい、リザードマン。その声はお主に弓を与えた福井さんだろうよ。気持ちを落ち着けてその声に意識を集中してみろ〕
そんな彼に助言をしたのはカルノタウルスだった。
恐竜とトカゲ、そもそもがDNAレベルで親戚みたいなものらしい。直接脳波で語りかけられるのは、リザードマンが相当に気に入られた証拠だった。
「なるほど……そうでござる……ヤンスか。しかして……ふむ、心得たでござ……ヤンス」
相手の口調に引っ張られてしまうのは多々ある事。
とは言え、リザードマンの語尾が段々とおかしくなってく様を見るに、福井さん一家もかなりクセのある英霊らしい。
「この福井さんの煌弓は、矢を番える必要がないらしいでござヤンス」
「んじゃ、どうやって撃つんだよ?」
ティラノはバリバリとチョコを口いっぱいに頬張って噛み砕き、体力回復に必死だった。
「オイラの魔力がそのまま矢になるみたいでござヤンスよ」
そう言うとリザードマンは左足のつま先をアクロに向けて構えると、矢を番えずに弓を引き始めた。
ギリギリと弦を引く微音が聞こえ、右手が止まった瞬間、手元からシュッと光が伸び矢の形を形成した。
「これは……驚きましたね」
感嘆の声を上げたのはメデューサ。魔術師だからなのだろうか、福井さんの煌弓から感じ取れる魔力の特性を的確に把握していたらしい。
「オイラも信じられないでござヤンス」
「とんでもない代物でありんす。リザードマンの微弱な魔力量で、そう、初代さんの言葉を借りるなら『コンビニ弁当のレタス』程度のあなたの魔力量で、そこまでの矢を作りだせるなんて!」
言葉を失い顔を見合わせる面々。『それ、disってんじゃね?』と、目が物語っていた。
「最上級の魔術杖以上の性能、それも使う者を選ばない超特級魔道具レベルざます。例え使用者が”もやしのヒゲ“でも最大限の……」
「姉っちぃ、まだやんのか?」
……ツッコミを禁じ得ないティラノであった。
しかし当のリザードマンはまったく気にする様子もなく、あっけらかんと言い放つ。
「自分の魔力量はとっくにわかっているでござヤンスよ。だからオイラは弓術を鍛えて後方支援に徹しているんでござヤンス」
「うむ、ゆえにワシは背中を気にせずに戦えるのだ」
俗に言う”背中を預ける“仲間ってやつだ。もちろんこれは、よほどの信頼関係がないと成り立たない。
「なるほど……」
ティラノは、左手の平を右こぶしでポンッと叩くと言葉を続けた。
「俺様とルカみたいなものか」
お互いの思考を読み、無意識に行動を合わせられるのが理想のバディだ。その相乗効果はそれぞれの力を底上げし、普段以上の力を発揮できる。
人生においてそんな相方に出会えるのは稀な話で、ゆえに尊重しあえるのだろう。
「そう言う事で……ござヤンス!」
リザードマンは嬉しそうな顔でティラノをチラリと見ると、言い終わるのと同時にその手の中にある光の矢を解き放った。
アクロの足元に向けて一直線に撃ち込まれた光の矢。着弾と同時に光が破裂し、洞窟内を真昼のように照らし出した。
その光が放つ圧力に押されたアクロは、顔の前で腕を交差させながらバックステップで間合いを離していた。
「なあ姉っち……」
「なんざます? ティラノさん」
「本当に俺様の出番なのか?」
「ええ、なにか不満でも?」
「だって、ここにきてからよぉ……」
ティラノは木刀を肩にのせトントンと軽く叩きながら、苦笑いをして自身の“黒歴史”を口にした。
「セクシーポーズってのしかしてないんだぜ?」
(注)矢は本来“射る”ですが、その辺りの知識をティラノは持っていなかったようです。
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表紙及び作中イラストはNovel AIで生成後、加筆修正して仕上げており、著作権は作者に帰属しています。