第166話・ありがてぇ！
ティラノはダスプレトサウルスの一撃を受け流さず、そのまま押し返して反撃にでた。
——使い慣れている木刀が得物なら誰にも負けない。そんな自負が彼女の気持ちをあと押ししたのだと思う。
踏み込みながら横薙ぎに振り抜き、間合いを取ろうとしたダスプレトサウルスの足元に鋭い突きを放った。剣道ならいざ知らず、実践の、それも野生生物の戦い方としては、相手の機動力を奪う事は勝ちに直結する。
しかしダスプレトサウルスはティラノの行動を見抜いていたようだ。足元に来た突きを右足で踏みつけ、更に左足をティラノの手元ギリギリに乗せて体重をかけてきた。
「重っ……大爺っち岩でも背負ってんのかよ」
これはまさしく梃の原理だった。現代なら誰もが小学校で習う『支点・力点・作用点』で構成される物理的理論のひとつだ。
ダスプレトサウルスは、その支点に当たる左足をティラノの手元に寄せる事で、見た目からは想像できない重さをかけていた。
〔ほう。なんじゃ、ハンデでも欲しいのかのう？〕
もちろん彼ら英霊が、物理法則の理論なんて知っているはずがない。
それは何千年もの歴史や経験から学んだ『これを、こうしたら、こうなる』と言う、本能から発生した行動だった。
「アホか、そんな訳あるかよ！」
動きを封じられたティラノは突然木刀を手放し、回し蹴りを放つ。
ダスプレトサウルスは虚を突かれたが、それでも腕でガードしつつ飛び退く事で、ダメージを最小限にとどめていた。
「くう、やるじゃねぇか大爺っち。それでこそ俺様のご先祖様だぜ！」
〔ふん、この程度でなにを喜んでおる。本気をだせ、大孫娘よ〕
小枝でティラノを指し示して煽るダスプレトサウルス。視線が交差しバチバチを火花を散らす。
——しかし。
その時突然、目に見えないほどのスピードで、黒く細い軌跡が二人の間を割った。
それはダスプレトサウルスの闘気が籠った小枝を軽々と粉砕し、一直線に恐竜の骨の山に突っ込んで大穴を開けていた。
現代風に言えば、『黒いレーザービーム』と言ったところだ。
「アクロさん！？」
「え……なんでだよ」
メデューサの驚いた声に振り向いたティラノは、アクロの姿に愕然としてしまう。そこには、赤い髪、褐色の肌となったバーサーカーが立っていたからだ。
「ティラノ、爺さんの足元だ！」
ミノタウロスのひと言を受けて全員の目が注視する中、ダスプレトサウルスが足を上げると……そこには、踏み潰された花があった。
〔お、踏んでしまったかのう？〕
「おま、わざとだろ」
〔コラ大孫娘。爺ちゃんに向かってなんて口の利き方じゃ！〕
そしてこの状況において、あまりにも陽気であまりにも無責任なあの音が、どこからともなく聞こえてくる。……英霊たちのスタンピードの再来だ。
爆上がりしたアクロの闘気に反応したのだろうか、最初は一人から始まった足踏みが伝染し、やがて霊廟中に響くストンプが巻き起こった。
〔ほう、みな楽しそうじゃのう〕
「そんな場合かっての。アホか全く」
〔これこれ、爺ちゃんにそんな口の利き方は……〕
ティラノが放ったツッコミのミドルキックが、ダスプレトサウルスの尻に“ぺちんっ”と当たる。
「避けないのかよ……」
……ダスプレトサウルス、ツッコミは受ける主義のようだ。
〔それよりもほれ、これを渡しておこう〕
と言ってダスプレトサウルスはなにかを投げ渡した。思わず掴んでしまったティラノは、手の中にある”それ“を見て表情が固まってしまう。
〔おい、そこのアクロ嬢ちゃんや！〕
「……」
〔お主が愛でておる花はティラノが潰したぞい〕
「なにを言ってくれやがるんだお前はーーーー！」
〔爺ちゃんにそんな口の利き方はよくないぞ〕
と、ティラノの本気の蹴りを、見もせずに軽々と避けていた。
〔よい機会じゃ。大孫娘よ、あの者を止めてみせよ。それをクリア条件としよう〕
「もう、メチャクチャざますわね、このクソ爺は」
アクロは唸り声を漏らしながら、足元に落ちている小石を拾うとティラノに向けて投げつけた。彼女の手から放たれた瞬間、それは黒い線を描き始める。
——バーサーカーとなったアクロから吹き出す漆黒の闘気。
そんな禍々しい力が込められた石。これが、さきほどの黒いレーザービームの正体だった。
「もう、マジかよぉ……」
乱射してくるアクロに対して、ティラノはひたすら防御するしかなかった。
アクロが石を拾ったその瞬間から、それは黒い闘気武器に変容するのだから、とてもじゃないが手数で太刀打ちできるはずがない。
闘気を貯めるわずかな時間すらなく、このままじりじりと押されると思ったそのタイミングで、ティラノの身体にジュラたまブーストの力が駆け巡った。
「——ありがてぇ！」
急に増大した闘気に驚く魔王軍の面々。話に聞いていたジュラたまブーストがこれほどのものだとは思っていなかったのだろう。
「これがティラノさんのジュラたまブーストでありんすか。……たしかにこれは、とんでもない力ざますね」
「う～む……やはり強い。それでこそワシの好敵手だ！」
〔……ほう、なにやら面白い隠し玉があったようじゃのぉ〕
と、あご髭をしごきながら眺めているダスプレトサウルス。『やらかした張本人がなんで他人事なんだよ』とみんなの視線が語っていた。
「よし、これならアクロを怪我させずに抑えられそうだぜ」
——しかし、世の中そんな都合のよい事ばかりではない。
「ウオオオォォォォォッォ………………」
突然雄叫びを上げ、闘気が超新星爆発的に増大する褐色のバーサーカー、アクロ。
これは間違いなくジュラたまブーストの効果だと、ティラノは察していた。
「マジか……ジュラっちぃ～、なにやってくれやがるんだよぉ～」
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