第162話・雲散霧消
ミノタウロスが『簡単な条件』と言ったのは嘘でも強がりでもなく、計算に裏づけられたひと言だったのだろう。
多分、この部屋に来る前にメデューサに言われた『正面からの戦い方だけでは負ける』と言う言葉を、彼なりに咀嚼して自分の能力に組み込んだ結果だと思う。
……いや、彼の場合は反芻か?
――しかし今、ティラノたちの目の前にはミノタウロスの姿がなかった。
カルノタウルスが全力で放った鋭いミドルキックを受け、巨大な遺骨の中に蹴り飛ばされてしまったからだった。
♢
——ほんの数分前の事。
ミノタウロスは先程までの力押しではなく、武器を持つという“リーチで勝るアドバンテージ”を活かす戦法に切り替えていた。
大刃のつけ根を持ち、柄の方を槍や棍のようにして使う。超重量の先端よりも圧倒的に軽い柄を使う事で、攻撃スピードを上げる作戦だった。
〔ふむ、なんとも鋭い攻撃。さすがは我輩とタメを張るだけの事はある。だが惜しい、手数が増えてもその程度の威力では意味がなかろう〕
棒術の如く円を描き、鋭い突きを放つミノタウロス。
しかし避けるまでもないと判断したカルノタウルスは、左肩に攻撃を受けながらも全身の力を右足に集中し、体重を乗せた蹴りを放った。
ミノタウロスは咄嗟にガードするが、規格外のパワーで放たれた蹴りの重さは尋常ではなく、耐え切れずに巨骨の山に蹴り飛ばされてしまった。
ガラガラと崩れ落ちる巨骨の塊。ミノタウロスが叩きこまれてできた穴を中心に、またもや大量の白い骨灰埃が舞い上がる。
「カルっちすげぇな……」
カルノタウルスの力量に感心するティラノ。ミノタウロスの巨漢を蹴りの一発で吹き飛ばすそのパワーには、敬服の念すら抱いたようだ。
「さすがはご先祖様だぜ!」
ミノタウロスは決して鈍重と言う訳ではない。元々備えている類まれな体躯と有り余るパワー、そして今は解放により100%の力を出し切って戦っている。
それでもパワーもスピードもカルノタウルスに軍配が上がるのが現状だった。
——だがしかし、ミノタウロスはそこに勝機を見出す。
視界ゼロの中、崩れた骨の山から力任せに這いだした彼は、大戦斧を頭上で大きく振るうとハエ叩きのように地面に叩きつけた。
発生した衝撃波は、突風となって白い埃を拡散させる。まさしく雲散霧消だ。
そして吹き飛ばされた白い埃はカルノタウルスを包み込み、視界を奪った。
「え~、また見えねぇのかよ~」
「これは観ている方もストレスが溜まるざます……」
闘気を探り、ミノタウロスと白銀の斧との間に立つカルノタウルス。
〔さて、どうでるつもりだ? ジェントルメン〕
その時、カルノタウルスの肩になにか小さい物が当たり、カランッと乾いた音を立てて落ちた。
〔これは……骨か?〕
骨は続けて二つ三つと飛んできた。その全てが体のどこかに当たり、地面に散らばっていく。ミノタウロスはその音を確認し、口を開いた。
「お互いの位置は闘気でわかっても、このなにも見えない状況で飛んでくる物を避けるのは難しいようだな」
〔それを確かめる為に骨を投げていたということか? だとしたら滑稽だな〕
「なんだと?」
〔確かに視認できなければ避けようがない。だが、お主の動きを感じることで、どの方向に投げたのかの判断がつく。そして本当の狙いは、骨に紛れて斧を投げてくることであろうな〕
「ならば避けてみろ、これが最後の一手だ!」
〔ふん、容易いぞ、ジェントルメン〕
——真っ白な視界ゼロの中から聞こえて来た、骨が地面に落ちる微かな音。
——直後に高まる二つの闘気と、続けて響く、ダイナマイトが爆発したような破裂音。
……最後に、なにかが壊れる音と残響。
そして白い埃が晴れた時、そこには白銀の斧を持ち、カルノタウルスの喉元に刃を突きつけているミノタウロスの姿があった。
「いや、マジでなにがどうなったんだよ」
音しか聞こえない状況に退屈しまくっていたのだろう。地面に寝ころびながらボヤくティラノであった。
(注)タメを張る
実力や勢力において並ぶ、対等になる、などの意味。不良・ヤクザ用語と分類している辞書/サイトもある。
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