第156話・しれっと……
「次でボロ負けいたしんす」
突然メデューサから言われたひと言に、ティラノもミノタウロスもカチンときていた。
「いくら姉っちでもそりゃねぇぜ」
「うむ、言葉がすぎるというものだ」
気合や根性だけでなんとかなる相手でない事は、十分過ぎるほど身に染みてわかっていた。
しかし、それでも正面切って『負ける』と言われたら反論したくなるのは当然だ。
「そうはおっせえすが、キピオの時もデスマトの時も、あなた方だけで解決できたざますか?」
「う……」
黙るしかないティラノとミノタウロス。なんとなく場の空気を察したリザードマンが間に入り、二人をたしなめようと声をかけた。
「まあまあ、ティラノはんもミノはんも落ち着くでヤンス!」
「でもよ~」
「相手は正面から来ないって話でヤンスよ」
最もシンプルな言葉に直して伝えるリザードマン。
ミノタウロスとずっとコンビを組んできた彼にしてみれば、こういう配慮は自然と身についた事なのだろう。
「正面から来ない……か。なるほど……」
腕を組みながら、ウンウンと納得するティラノ。それを見てなんとなく不安を感じる面々。
誰ともなくツッコミを入れようとしたその時、なにかに気がついたアクロがボソッと呟いた。
「なんな、ちっちゃかもんがおんなぁ」
(訳:何か、小さいのが居るなぁ)
そのひと言でみんなの視線が前方に集まった。しかし、洞窟の先は薄暗くてなにも見えない。
洞窟全体を“ひかりごけ”がボワっと照らしてはいるが、ハッキリと視認できるのは二~三〇メートルが限度だった。
「アクロには見えるのか?」
「いや……しろしい臭いがしとっと」
(訳:鬱陶しい臭いがしているんだ)
ティラノは最初、アクロに暗視スキルでもあるのかと考えたらしいが、彼女の能力は視覚ではなく嗅覚にあったらしい。
それも実際のニオイと言うよりは、“刑事の嗅覚”と言う意味で使われる、直感的なものだった。
「灯りのひとつもだせればと思いましたが……ここはもう、魔力の流れが全くありません。この先もあちきは戦力外ざますわ」
「わっち姉さんは、そこにいるだけで華やけんね。気にする事なかとよ」
アクロとしては、特にフォローをするという意味で言ったのではないのだろう、しかし……
「あら、アクロさんも素敵ですわ!」
足取りが軽くなるメデューサ。そして上機嫌なウェアウルフ。
……なんともチョロい。
一歩一歩、歩みを進める一行。ティラノとミノタウロスを先頭に、ウェアウルフ、リザードマンと続く。最後尾にメデューサとアクロだ。
段々と強くなってくる肌を刺すようなピリピリとした感覚。しかしそれは殺気などではなく、むしろ純粋なエネルギーの波に覆われている感じだった。
「ところでダスプレトさん。ティラノさんの目的はご存知ざますの?」
〔うむ、自身の力に負けない武器であろう? わしに知らぬ事はないぞ〕
「そうですか。そこまでわかっているのなら、なぜこのような試練を?」
〔当然であろう。何百万年もの悠久の時を経て、ここにはありとらゆる力が集まっておる。それを引き継ごうというのじゃ、力量を測らずして無闇に与える事はできんよ〕
――その時、前を歩くティラノたち四人は同時に違和感を覚えた。
さっきまで洞窟いっぱいに響いていたダスプレトの声が、今はうしろから聞こえてくる事に。
ミノタウロスとウェアウルフは咄嗟に武器を抜き、飛びのきながら構えた。
「え、姉っち、そいつはもしかして……」
「もしかしてもなにも、ダスプレトさんでありんす」
振り向くと、そこにいたのは腰が曲がり杖を突いた老人。しれっとメデューサとアクロの間を歩き、普通に会話を交わしていた。
〔よう、大孫娘〕
ニヤッと笑うダスプレトサウルス。身長はティラノの半分くらいで、赤いちゃんちゃんこを着た、日本の昔話にでてくるような白髭の爺さんだ。
「……ったく、『よう』じゃねぇだろ。いつからいたんだよ」
「さっきからうったちの間にいとうよ」
(訳:さっきから私たちの間にいるよ)
暗闇からフッと現れた老人を、事もなく受け入れて会話をしていたメデューサとアクロ。
「……マジかよ、二人とも冷静すぎんだろ」
武器を収めるミノタウロスたち。さすがに気を張っていたのがバカバカしいと思ったのだろうか、『ハァ……』とため息をひとつついていた。
「んで、どこまで歩かせるんだよ、大爺っち」
〔ふん……気がつかぬか〕
ダスプレトがなにもない中空を見上げると、それに反応して“ひかりごけ”の発光が少しずつ強くなっていった。
薄暗くはあっても周囲の状況が確認できる明るさになると、その圧倒的な光景にティラノたちは息を飲んだ。
――どこまで見渡しても、壁も天井も見えない大空間。いつの間にか決戦の場に踏み入っていたらしい。
そこは先祖たちの何百何千という巨大な骨が静かに横たわる霊廟、なに事にも揺るがない威圧感と包み込むような力が、そこにいるすべての生命を見守っていた。
あまりの迫力に足が止まるティラノたちを一瞥すると、ダスプレトは数メートル進みでて振り返る。
〔よくぞここまで来た。我が血族とその仲間たちよ〕
(注)頭部の化石分析から『アクロカントサウルスは嗅覚に優れていた』と言われています。
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表紙及び作中イラストはNovel AIで生成後、加筆修正して仕上げており、著作権は作者に帰属しています。