第153話・ルール
「なんかよくわからねぇけどさ……」
ティラノは振り返り、ミノタウロスたちに問いかけた。
「止めた方がいい……よな？」
もちろんその問いに対して答えを持っている者などいない。
それでもアクロの異常な挙動を目の当たりにした五人は『このままだとなにかよくない事になるのではないか？』と、言い知れぬ予感に駆られていたらしい。
ひたすら防戦一方のデスマトは、『うお……』とか『うぐっ』とか言葉にならない声を発しながら必死でガードしていた。
すでに煽る余裕は全くないようだ。
「しかし、止めると言っても、どうするでヤンスか？」
リザードマンの問いは全員の意見の集約でもあった。
アクロは周りを気にせず無造作に武器を振り回している。当然、横にもうしろにも武器がブンブンと空を切り、近寄るだけでもかなりの危険をともなう。
「え～と……根性？」
「うむ、却下しよう！」
ティラノの言葉に即答するミノタウロス。実際に手のだしようがない事は、誰の目にも明らかだ。
「あれは、なんざますか……？」
メデューサの指差す先にみんなの視線が集中する。
バーサークした時、アクロはソードメイスを持ち、少ししてそれは一瞬の間に大戦斧に変わっていた。
――そして今、また新たな武器がアクロの手の中にあった。
それは魔王軍の誰もが、そしてダスプレトサウルスもデスマトスクスも初めて見る凶器。
「え～と……あれ？」
「どうしたティラノ」
唯一、ウチの知識の片鱗を持つティラノだけが、辛うじてそれがなにかを知っているだけ。
「いや、俺様の中にある知識だとあれって……木を切る道具のハズなんだが」
そう、アクロが手にしているのはあの有名な園芸道具。ギュルギュルギュル……と永続的な音を響かせながら動くアレだ。
「チェーンソーって名前で、草や木を切って『整いました！』って言うんだ。マスクをかぶって金曜日に使うらしいぜ」
なにやら“いらない要素”が含まれた説明ではあったが、そんなことは誰も気に留める余裕がなかった。
――そしてついに、アクロのチェーンソーがデスマトのトゲ角の防御力を凌駕し、切断した！
「マジか……アクロのヤツ、メチャクチャスゲーな」
「うむ、ワシらがあれだけてこずった角を破壊しおった」
しきりに感心するティラノとミノタウロス、そして魔王軍の面々。
もちろんこれは、ソードメイスや大戦斧の斬撃で細かな傷をつけたり、打撃で物質の芯に衝撃を与えたりと、ダメージを通すための布石をしっかりと打っていたからに他ならない。
高速回転する刃がわずかな傷に引っかかりガリガリと削る。
曲面に対して有効な攻撃手段がない中で、手数を増やして小さな傷を広げる方法は最も理に適っていると言えた。
トゲ角を破壊された衝撃で倒れるデスマト。アクロは乗り上げてマウントポジションを取り、チェーンソーを振り上げた。
「お、おい、待てよアクロ。そんなことしたら……」
意味もなく殺してしまったら、それは自然界のルールに反してしまう。
もちろんライズ化する前は弱肉強食の世界で捕食をしていたはずだ。
しかしそれは生きるための狩りであって、無駄な殺戮はしないのが“自然界の一部”としての絶対に変わることのない厳格なルール。縄張り争いですら、相手を殺すまではしない。
もちろん、デスマトスクスは英霊だから死ぬ事はない。しかし、だからと言って虐殺行為が許される話ではない。
ティラノが危惧しているのは、その超えてはいけない一線だろう。
ウチは、この時のティラノの判断は大正解だったと思う。
これは自然界に生き天寿を全うした恐竜たちからの試練だ。つまり、超えてはいけない一線を守れるかどうかを見ていた可能性があるのだから。
「——アクロ止めろ、戻れ！」
ティラノが全力で声をかける。
「やめてくださいな、あなたには似合いんせん！」
「駄目でヤンスよ！」
メデューサやリザードマンもそれに続いた。これはティラノの必死さが魔王軍の面々にも伝わったのだと思う。
なぜ止める必要があるのかわからなくても一緒になって声をかけ始めた。
——しかし皆のその声はアクロに届かなかったのだろうか。
彼女は無言のまま、デスマトスクスの頭めがけて……チェーンソーを振り下ろした。
予備知識として、チェーンソーが出てくる映画を検索したら……「なんだこの量は！？」と辟易してしまいました(; ・`д・´) マジで何種類あるかわかりませんｗ
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表紙及び作中イラストはNovel AIで生成後、加筆修正して仕上げており、著作権は作者に帰属しています。
